真の闇と、最終決戦の地
セレスが展開した秘術結界が、シグムントの放出する凄まじい魔力によって、軋み、亀裂が入り始めていた。
結界が破られれば、シグムントは再びチート級の力を取り戻し、連合軍は一瞬にして壊滅する。
「もう限界です!セレス様、秘術が持ちません!」神官の一人が叫んだ。
アリアはヴァルカンと共にシグムントに肉薄していたが、能力が抑制されているとはいえ、勇者の身体能力は依然として凄まじい。
アリアの剣は何度も鎧に弾かれ、彼女もまた傷を負っていた。
「くそっ、あと少し!あと数秒でいい!」アリアは歯を食いしばる。
その瞬間、遠方の丘にいた魔王ガルフが動き出した。彼は、自らの身を護るための最低限の護衛だけを連れ、祭壇へとゆっくりと歩みを進めた。
「ヴァルカン、退け」ガルフが静かに命じた。
「魔王様!ご冗談を!奴の力が戻れば危険です!」ヴァルカンが制止する。
「心配するな。私は武力で奴を討つのではない」ガルフは淡々と答えた。「私は、奴の精神を討つ」
ガルフは結界のすぐ外に立ち止まった。シグムントは、結界の内側で魔族の攻撃を避けながら、ガルフを激しく睨みつけた。
「魔王ガルフ!貴様のような絶対的な悪が、私に近づく資格はない!」シグムントは叫んだ。
ガルフは落ち着いた声でシグムントに語りかけた。
「シグムントよ。貴様は自らを『絶対的な善』だと信じている。だが、貴様がこの世界に来て何をした?奴隷を解放した。それは善だ。だが、その後の衣食住という面倒な現実は、全て彼らに押し付けた」
「それが自由というものだ!私は、自立の機会を与えた!」
「否。貴様が与えたのは、**『自立できない人間を、悪だと断罪する権利』**だ」ガルフは論理的に突きつけた。
「貴様は、弱者が社会に適応できないのは、社会の構造的な問題ではなく、彼らの心にある『悪』のせいだと決めつけた。そして、彼らを討伐することで、自己の正義を再確認し、悦に浸った」
ガルフは、シグムントの鎧の光を指差した。
「貴様の正義は、**『結果責任』**を負わない、無責任なものだ。貴様は、世界をより良くしようとしたのではない。世界を『貴様にとって都合の良い、悪のいない世界』に作り変えようとした、独善的な破壊者だ」
シグムントの顔が激しく動揺した。彼の絶対的な自己確信に、ガルフの言葉が初めて風穴を開けた。
「黙れ!私は、私は悪を憎んでいる!私は、世界を救うために召喚されたのだ!」
「貴様の使命は、世界を救うことではない」ガルフは微笑んだ。
「貴様の使命は、『勇者』というロールを全うすることだった。悪を滅ぼし、英雄として凱旋し、そして満足して去る。貴様が求めたのは、**『正義の勇者である自分』**という偶像の完成だ」
ガルフの言葉は、シグムントの深層心理にある、**「他者からの承認欲求」と「自己満足」**を抉り出した。
「貴様は、奴隷解放の後に彼らを支援する地道な作業よりも、魔王軍を討伐する派手な戦場を選んだ。なぜなら、地道な善行には『英雄の輝き』がないからだ」
「貴様は、弱者に寄り添うセレスの神殿を破壊し、弱者を討伐するアリアを追い詰めた。なぜなら、貴様の正義に異議を唱える者が、存在してはならなかったからだ」
シグムントの瞳から、光が消えかけていた。彼の全能感と自己正当性が、崩壊し始めていた。
「貴様こそが、この世界で最も始末に負えない**『善意で動く邪悪』だ。なぜなら、貴様は自分の行動に『正しさ』**という免罪符を常に付けているからだ」
「う、うるさいっ!」
シグムントは、叫びとともに最後の魔力を振り絞った。
バリィン!
セレスの秘術結界が、遂に砕け散った。抑制されていたシグムントのチート能力が、一気に解放される。祭壇全体が、勇者の力によって吹き飛ばされそうになる。
「セレス様!結界が!」神官たちが悲鳴を上げる。
シグムントは解放された力で、魔族と人間を一掃しようと剣を振り上げた。彼の顔は、憎悪と混乱で歪んでいた。
「私は、正しい!正しいのだ!貴様ら全てが悪だ!私が、私の正義で、貴様らを――!」
その一瞬の隙を、ガルフは逃さなかった。彼はシグムントに背を向け、祭壇の広場へと身を投げた。
「ヴァルカン!総攻撃!シグムントの心が揺らいだ、今この時だ!」
魔王の指示に従い、ヴァルカンは魔族の精鋭部隊を再編し、シグムントに向かって突撃を命じた。
シグムントは圧倒的な力を取り戻したが、ガルフの言葉によってその心は完全に混乱し、集中力を失っていた。
そして、シグムントの背後から、血の滲んだ剣を握りしめたアリアが、叫び声をあげながら跳躍した。




