偽りの聖戦と、包囲網
シグムントは、古代の祭壇跡に向けて一直線に飛翔した。彼の心は、怒りと、**「再び正義を証明する」**という使命感で満たされていた。
数時間後、目的の場所――かつて神々への儀式が行われたという、古い石造りの広大な祭壇跡に到着した。
祭壇は現在、アリア率いる野火団の生き残りによって占拠されていた。
彼らは魔族の物資で武装し、いかにも「悪の結社」然とした様相を呈していた。
アリアは祭壇の中央に立ち、シグムントの到着を待っていた。
彼女の左肩の傷はまだ癒えていないが、その目には一切の動揺がなかった。
「来たか、偽善の勇者よ」
アリアが静かに叫ぶと、シグムントは祭壇の頂に降り立った。
「アリア!やはり貴様か。私の善意を裏切り、挙げ句、世界を破滅に導く古代の遺物を悪用するとは!貴様の罪は万死に値する!」
シグムントは、アリアの背後にある、魔族の術によって怪しく光る偽の古代遺物を見た。
彼の瞳には、それこそが世界を危機に陥れる「絶対的な悪」だと映っていた。
「悪用ではない」アリアは冷ややかに答えた。「これは、あんたという最大の悪を葬り去るための、最後の手段だ」
「戯言を!」
シグムントは剣を構えた。彼の周りの狂信的な信者たちも武器を構える。
「貴様らが正義を冒涜するならば、私はこの場で貴様らを完全に根絶する。それが、私の――世界の正義だ!」
その瞬間、祭壇の周囲の茂みから、無数の兵士たちが姿を現した。
彼らは魔族の戦士団と、セレスが率いる元神殿騎士や信仰者、そしてアリアの野火団の残党たちだった。彼らは統一された人魔連合の旗印を掲げ、シグムントと、彼を包囲するように円陣を組んだ。
シグムントは驚愕した。
「魔族だと!?貴様ら、人間でありながら魔族と手を組んだのか!そこまでして、私の正義を邪魔したいのか!」
セレスが群衆の中から進み出た。彼女は神官の装束ではなく、防具に身を包んでいた。
「勇者殿。我々は貴方の正義を邪魔しているのではない。貴方の独善的な暴力から、この世界を守ろうとしているのです」
シグムントは怒りで顔を歪めた。
「セレス!貴様までもが!貴様らは、魔族という『絶対的な悪』と手を組んで、私という『絶対的な善』を討とうとしている!貴様らこそが、真の世界の裏切り者だ!」
「裏切り者で結構!」アリアが叫んだ。「あんたに救われて、生きるために悪に堕ちた人間と、人間を助けて世界を守ろうとしている魔族。どちらが真の悪か、この場で証明してやる!」
シグムントは、自分の周りの全てが「悪意」に満ちていると確信した。彼にとって、この光景こそが、世界が悪に支配されている決定的な証拠だった。
「ならば、全て滅ぼす!」
シグムントは全魔力を解放し、剣を振り下ろした。その一撃は大地を抉り、連合軍の隊列を分断しようとする。
その時、セレスが素早く祭壇の古代の石碑に手を触れ、大声で詠唱を開始した。
同時に、魔族の魔術師たちが魔力を集中させ、セレスを援護する。
セレスの詠唱が頂点に達した瞬間、祭壇全体を覆うように、青白い光の結界が展開された。
「今だ!秘術発動!」
結界は瞬時にシグムントを包み込んだ。シグムントは自分の身体から、今まで感じたことのない異様な重さを感じた。
彼のチート級の魔力と身体能力が、結界の中で急速に抑制され始めたのだ。
「な、何だこの力は……!?魔力が、光が、うまく制御できない!」
シグムントは動揺した。彼の力は常識を超越していたが、セレスの秘術は、召喚時の歪んだ法則に直接作用する古代の力だった。
「勇者様!我々がお相手いたす!」
魔将ヴァルカン率いる魔族の精鋭部隊が、シグムントに襲いかかった。彼らは、シグムントの能力が抑制されているこの数分間に全てを賭けるつもりだった。
激しい戦闘が始まった。シグムントは必死に応戦するが、いつものような圧倒的な力は出せない。
彼の攻撃は弾かれ、魔族の部隊によって傷を負わされていく。
「何故だ!なぜ、私の正義が通用しない!?」
シグムントは混乱していた。彼は、力が正義であり、正義が力であると信じていた。力が弱まることは、すなわち正義の敗北を意味した。
その時、魔王ガルフが、遠方の丘の上から姿を現した。彼は、シグムントが結界の中で苦闘する様を、まるで劇を見物するかのように静かに見下ろしていた。
「シグムントよ」ガルフの声が、魔術によって祭壇全体に響き渡った。
「貴様は、最後まで自分の正義が正しいと信じている。だが、貴様が今日、討伐すべき『悪』と見なしている者たちは、貴様という最大の悪から世界を守るために、仕方なく結びついた連帯だ」
「貴様の正義は、世界を救うものではなかった。貴様自身の自己愛を満たすための、最も無責任な暴力だったのだ!」
シグムントは血反吐を吐きながら、ガルフを睨みつけた。
「黙れ、魔王!貴様のような絶対的な悪に、私の正義を語る資格はない!」
シグムントの憎悪は頂点に達し、彼は最後の力を振り絞って、結界を破ろうと試みた。結界の青白い光が揺らぎ始める。
秘術の時間切れが近づいていた。アリアは、これが最後の機会だと悟った。彼女は折れた剣の柄を捨て、別の剣を握りしめ、シグムントに向かって走り出した。




