悪の連鎖と、人魔連合の結成
魔王城の地下深くに設けられた作戦会議室。
アリア、セレス、そして魔王ガルフの腹心である魔将ヴァルカンらが顔を合わせていた。
魔族と人間が同席しているという異様な光景だが、彼らの目は皆、共通の目標、シグムント打倒に焦点を合わせていた。
「勇者シグムントの強大さは理解している。彼の能力は、この世界を支配する法則を超越している」魔将ヴァルカンが、冷徹な声で状況を分析した。
「正面からぶつかれば、我々の全兵力をもってしても、彼の力は削りきれまい」
アリアは腕を組みながら言った。「奴の強さは力だけじゃない。奴の持つ『正義』という名の、揺るぎない自己確信こそが、一番厄介だ」
セレスが静かに頷いた。「勇者殿の攻撃パターンは、『悪』を見つけ次第、即座に、容赦なく、完全に破壊するという一点に尽きます。彼の目には、悪の背後にある理由や事情は映らない」
ガルフからの指示を受けたヴァルカンは、人間の意見に耳を傾けた。
「ならば、我々はシグムントのその**『正義の独善』を逆手に取る**必要がある。彼の正義は、彼自身を最も縛り、最も脆くする鎖だ」
会議は、シグムントを討つための具体的な戦略へと移った。
セレスは、古き神殿の書物に残されていた「召喚された勇者の能力を一時的に抑制する秘術」の存在を明かした。
それは、特定の場所に強力な結界を張り、儀式を行う必要がある、非常に複雑な術だった。
「この秘術を完成させるには、膨大な魔力が必要であり、それには魔王軍の協力が不可欠です」セレスは言った。
「術が完成すれば、シグムントのチート能力を数分間だけですが、無効化できる」
「数分あれば十分だ」アリアが即座に反応した。「奴の能力が消えた隙に、一斉に叩く」
問題は、どうやってシグムントをその結界の中へ誘い込むかだった。
「奴を誘い込むには、彼にとって**『無視できない絶対的な悪』**を、特定の場所で演出するしかない」ヴァルカンが提案した。
「彼にとって最高の悪とは何か?大規模な虐殺、奴隷制の復活、あるいは、世界の破滅に繋がる古代の遺物の悪用だ」
アリアの目つきが鋭くなった。「奴は、自分が解放した元奴隷が再び悪行に走るという事実を、何よりも許せない。なぜなら、それは奴自身の**『善意の失敗』**を証明してしまうからだ」
最終的に、連合軍は以下の三段階の作戦を決定した。
餌付け(フェイク・クライシス): 魔王軍の協力のもと、魔王領と帝国領の国境付近で、**「元奴隷たちが異国の古代遺物を悪用し、大規模な虐殺を企てている」**という偽の情報を、シグムントが信頼する情報源を通して流す。
誘引: シグムントが必ずその「悪」を討伐しに来ると予測される場所(かつて彼が召喚された場所に最も近く、秘術結界の構築に適した古代の祭壇跡)に、秘術結界を完成させる。アリアの野火団の生き残りが、囮となってその祭壇を占拠する。
討伐: 結界発動と同時にシグムントの能力を抑制し、魔族と人間の精鋭部隊が一斉に攻撃を仕掛ける。アリアが、シグムントに彼の正義の虚妄を突きつけ、引導を渡す。
「これより、我々は『勇者シグムント討伐連合軍』として、正式に活動を開始する」魔将ヴァルカンが宣言した。
「我々は、勇者シグムントの破壊から世界を守る最後の防衛線である」
アリアは、セレスと静かに視線を交わした。立場も信念も違うが、彼らの間に生まれた連帯は、シグムントの独善的な正義よりも、遥かに現実的で強固なものだった。
「私たちは、人類の歴史を破壊する勇者を討つ」セレスは厳かに言った。
「これは、未来を守るための、止むを得ない罪です」
一方、シグムントは、連合軍の動きを知る由もなかった。
彼は、自分が破壊した神殿の瓦礫を背に、残りの「旧弊の悪」を討つための旅を続けていた。
彼の評判は地に落ち、住民たちは彼を見ては隠れ、恐怖と憎悪の視線を送っていた。
しかし、シグムントはそれを「悪が正義を恐れている証拠」だと解釈した。
「私が正しすぎるのだ。だからこそ、愚かな人間どもは私を理解できない」
彼の周りには、最早、彼自身の正義を盲信し、彼の破壊行為を賛美する、ごく少数の狂信的な信者しか残っていなかった。
その信者の一人が、シグムントに報告した。
「勇者様!奴隷解放を行った南の地域で、元奴隷たちが古代の禁忌の遺物を発掘し、それを悪用して、魔族の軍隊を招き入れ、大規模な反乱を企てているとの情報が!」
シグムントの顔が怒りに歪んだ。
「やはり、彼らは私に与えられた自由を悪用したか!しかも、最も邪悪な魔族と手を組むとは……」
シグムントの頭の中で、情報が「真実」として確定された。彼の思考回路は単純だった。
**「解放した奴隷が悪に堕ちた」という事実は、彼にとっての最大の「裏切り」であり、絶対に許されない「悪」**だった。
「許さん。これは、世界を破滅に導く、無視できない絶対的な悪だ」
シグムントは、魔王領との国境付近にある古代の祭壇跡へと、迷うことなく向かった。
彼は、知らず知らずのうちに、連合軍が仕掛けた**「正義の罠」**へと足を踏み入れていた。




