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偽善の聖域(サンクチュアリ)  作者: マイン


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5/10

魔王の観察と、共闘の萌芽

シグムントによる神殿破壊から数週間。世界は急速に分断と混乱を深めていた。


シグムントは、自らの正義を絶対視し、反対する勢力を「旧弊の悪」と断じて、各地の貴族や領主の体制を次々に武力で破壊していった。

彼の行動は、一部の純粋な解放者からは依然として熱烈に支持されたが、多くの一般市民にとっては、予測不能な破壊者以外の何物でもなかった。


一方、辛うじてシグムントの手から逃れたアリアは、瀕死の重傷を負いながら、数少ない生き残りの団員と共に帝国領の最南端、魔王領との国境付近の山岳地帯に潜伏していた。


「くそっ……あいつは化け物だ」


傷を癒やしながら、アリアは呟いた。彼女はもはやシグムントを「勇者様」とは呼ばなかった。


「生き残っても、もう帝国領内には戻れない。シグムントの奴は、俺たちを徹底的に追い詰めるだろう」


団員たちは絶望していた。彼らが頼れるものは、もはや何もない。


その時、一人の団員が震えながら報告した。


「アリア、見ろ!あれは……魔族の旗だ!」


国境の向こう側、本来は敵地であるはずの魔王領側の検問所から、魔族の兵士たちが隊列を組んで山を下りてきた。

野火団の生き残りたちは戦闘態勢に入ったが、魔族の隊列は戦闘を意図しているようには見えなかった。彼らは、食料や薬草のような物資を運んでいるように見える。



魔族の指揮官は、野火団の隠れ家に近づくと、武器を下ろすよう合図を送った。


「落ち着け。我々は貴様らを襲いに来たのではない」


指揮官は流暢な人間の言葉で話した。


「我々は魔王ガルフ様の命により、勇者シグムントの追手から逃れてきた被害者を保護しに来た。貴様らが勇者シグムントから逃げてきた者たちであることは知っている」


アリアは疑いの目を向けた。「魔族が、人間を助けるだと?冗談じゃない」


「冗談ではない。勇者シグムントの破壊行動は、我々魔族にとっても無視できない混乱を生んでいる」指揮官は冷ややかに言った。

「彼は、我々が数十年かけてもなしえなかった人類社会の信頼関係の破壊を、たった数ヶ月で成し遂げた。我々の魔王は、それを**『人類の病巣』**と呼んでいる」


そして、指揮官は驚くべき提案をした。


「魔王様は、貴様らの指導者アリアに会いたいと仰っている。共通の敵、シグムントを討つための話がある」


アリアは一瞬躊躇したが、シグムントへの憎悪と、このまま帝国領に留まれば全滅するという現実が、彼女の背中を押した。


「わかった。その魔王とやらに、会ってやろう」



同じ頃、神殿を追われた神官長セレスもまた、追手から逃れ、国境近くの隠れ家に身を潜めていた。

彼女の周りには、神殿の破壊によって信仰を失った人々、孤児、そして一部の知識層が集まっていた。


「シグムントの暴力は、人々の心にある**『救い』の概念**そのものを破壊しました」セレスは憂いに満ちた顔で語った。

「彼が残した瓦礫は、物理的なものだけではない。人々の間で、信仰も、文化も、信頼も、すべてが崩壊しています」


セレスは、シグムントの正義が**「独善的な暴力」**であり、人類の未来にとって最大の脅威だと確信していた。


そんなセレスの元にも、アリアの時と同様、魔王軍の使いが接触してきた。


「魔王ガルフ様は、貴方の知識と影響力を必要としておられます。勇者シグムントが掲げる**『偽りの絶対的な正義』を、『真の知恵と歴史』**で対抗できるのは貴方しかいない」


セレスは悩んだ。魔族との協力は、神殿の歴史において許されない行為だった。

しかし、シグムントの暴走を止めなければ、この世界に残された全てが消滅する。


「魔族の手を借りるなど、神に背く行為かもしれません」セレスは静かに言った。

「ですが、今、神殿が守ろうとしたものが、勇者によって滅ぼされようとしている。ならば、私は人類の未来のために、神の教えを一時的に棚上げします」


セレスは、**「悪」**であるはずの魔族との共闘を決意した。



魔王城の謁見の間。


アリアとセレスは、別々のルートで魔王ガルフの前に連れてこられた。

二人は互いの存在に驚いたが、すぐに状況を察した。


魔王ガルフは、予想に反して威圧的な姿ではなく、冷静沈着な学者然とした佇まいだった。


「ようこそ、シグムントの被害者たちよ」ガルフは皮肉を込めた歓迎の言葉を述べた。


「私は貴様らの敵だ。それは変わらない」ガルフは続けた。

「だが、シグムントは私の邪魔をする。彼は、世界が安定した状態で徐々に腐敗していくのを楽しむ私の趣味を、根底から破壊しようとしている」


ガルフは、アリアとセレスを交互に見た。


「アリア、貴様はシグムントの正義の傲慢さを知っている。セレス、貴様はシグムントの文化への無理解を知っている」


「シグムントは強大だ。魔族単独でも、人類単独でも、彼は討てない。だが、勇者の暴走によって生み出された憎悪を一つに束ねれば、我々は彼を打倒できる」


ガルフは立ち上がり、二人の人間に向かって手を差し出した。


「私は魔王として、シグムント討伐後、人類との間に一時的な不可侵条約を結ぶことを約束しよう。ただし、条件はただ一つ。我々、人魔が協力して、正義の暴君シグムントを討つことだ」


アリアは、シグムントの独善的な微笑みを思い出し、憎悪に燃える目でガルフの手を握った。

セレスは、人類の未来を守るために、祈りを捧げるかのようにその手を重ねた。


ここに、「正義の勇者」を討伐するための、人魔連合の萌芽が結ばれた。

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