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偽善の聖域(サンクチュアリ)  作者: マイン


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正義の降臨と、最初の解放

空を裂くような閃光が、アルベド帝国最大級の奴隷収容所「黒鉄の檻」に叩きつけられた。


収容所の管理者たちは、それが単なる落雷ではないことを直感した。彼らの目の前で、高さ10メートルを超える鋼鉄の壁が、豆腐のように音もなく、水平に切り裂かれたからだ。


「な、何事だ!」


パニックに陥る衛兵たちの前に、一人の青年が降り立った。


彼の名はシグムント。異世界から召喚されたという、世界の命運を握る「勇者」である。


シグムントの姿は、まさしく伝説通りだった。光をまとった白い鎧、一切の迷いを許さない透徹とした瞳。そして、その手に握られた剣は、衛兵たちの持つどの武器よりも、清く、強く、輝いていた。


「私はシグムント。この世界の不条理を断ち切る者だ」


彼の声は静かだったが、その一言が、収容所全体に響き渡る。


「貴様らがその不当な力を背景に、弱者を搾取する構造は今日で終わりだ。アルベド帝国は、奴隷制を即時廃止せよ」


シグムントに迷いはなかった。彼の知識には「奴隷制は絶対悪」と刻まれている。ゲームや歴史書で学んだ通り、悪の根源を叩き潰せば、世界はより良くなるはずだった。


衛兵たちは彼の持つ圧倒的な力の前に抵抗すらできず、次々に地面に膝をついた。



その日の夕方までに、「黒鉄の檻」に繋がれていた数千人の奴隷たちが解放された。


アリアもその一人だった。彼女は異国の部族の出身で、故郷を滅ぼされ、この檻に入れられて五年。肌に刻まれた奴隷の証と、心に焼き付いた屈辱の記憶だけが、彼女の全てだった。


解放された奴隷たちは、シグムントの周りに集まっていた。彼らは、その奇跡的な出来事を目の前にして、泣き、笑い、そして祈っていた。彼らにとってシグムントは、神そのものだった。


「勇者様!我々を救ってくださり、感謝いたします!」


年老いた男性が震える声で感謝を伝えると、シグムントは優しく微笑んだ。


「顔を上げなさい。貴方が私に感謝する必要はない。私は、当然のことをしたまでだ」


シグムントは剣を鞘に納め、集まった人々を見渡した。


「今日、貴方たちは鎖を断ち切った。これより、貴方たちはアルベド帝国の奴隷ではない。自由の民だ!」


歓声が上がる。アリアも涙を流し、その言葉を全身で受け止めた。


「自由だ!私たちは自由になったんだ!」


シグムントは満足そうに頷いた。彼の正義が世界に勝利した瞬間だった。



夜が深まる頃、シグムントは解放された人々の前に立ち、最後の言葉をかけた。


「さて、私にはまだ魔王軍を討伐するという使命が残っている。もうここを去らなければならない」


彼は周囲を見回した。数千の解放奴隷たちは、疲労と興奮の入り混じった顔で、彼を見つめていた。


「皆に告ぐ。貴方たちは今日、自由を手に入れた。自由とは、自分の意思で生きる場所、生きる道を決める権利だ。もう誰も貴方たちを縛ることはできない」


シグムントは朗らかに言い放った。


「故郷へ帰る者もいれば、新しい街で職を探す者もいるだろう。あるいは、この解放運動に参加し、共に戦うことを選ぶ者もいるかもしれない。貴方たちは、どこへ行くのも自由だ!」


彼はそう言って、彼らの背中を押した。彼の認識では、奴隷制という「悪」を排除した以上、残りは「自己責任」で解決できるはずだった。彼の頭の中には、**「住む家がない」「金がない」「この国の言葉がわからない」**といった、現実的で面倒な問題は存在しなかった。自由とは、それだけで全てを解決する万能薬だと信じていたからだ。


「さあ、胸を張りなさい!貴方たちの未来は、貴方たち自身のものだ!私は貴方たちの自由を信じている!」


高々と剣を掲げ、シグムントは再び光を纏って夜空へと飛び去った。



静寂が戻った収容所の跡地で、アリアは立ち尽くしていた。


「自由……」


彼女は呟いた。手元には、解放の証としてシグムントが置いていった、粗末な布切れと、衛兵の死体から取った使い古しの水筒一つだけ。


周囲を見渡すと、皆が同じように呆然としている。


「どこへ行く?故郷はもうない……」


「街へ行っても、俺たちに仕事なんて見つかるのか?奴隷の刻印は消えないんだぞ」


「金がない。このままだと、数日後には飢え死にする」


不安の声が、すぐに囁きとなり、やがて寒々しい空気に溶けていった。


アリアの隣にいた老人は、力なく地面に座り込んだ。


「あの方の言う自由は、あまりに眩しすぎたな」老人は言った。「俺たちは、自由なまま飢え死にする権利を与えられただけかもしれない」


その言葉は、アリアの胸に突き刺さった。


夜の闇の中、数千の解放奴隷たちは、自分が自由であることの重さを初めて痛感した。彼らには知識も、財産も、この社会で生きるための居場所もなかった。


生きるためには、どうするべきか。


アリアは、自らの肌に刻まれた奴隷の刻印を強く握りしめた。彼女の瞳は、シグムントへの崇拝から、生への本能的な渇望へと変わっていた。


(生きる。何を犠牲にしてでも……)


こうして、勇者シグムントが残していった**「中途半端な善意」**が、この世界に新たな悪の連鎖を生み出すこととなった。その最初の萌芽を、シグムントは知る由もなかった。

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