Grimoire and Grimoire
――戦場報告書 No.13-B「理式戦」概要
発行:連合国情報局 特異戦略課
《グリモア》
世界の“外”より現れ、一定の条件下で人間と“契約”を結ぶ存在。
契約者は「理」を一時的に逸脱し、現実を改変する“能力”を得る。
能力の性質は契約時の精神構造・価値観・願望に強く依存する。
代償はない。ただし使用範囲は“精神の総容量”に比例して制限される。
《契約者》
グリモアと契約を交わした者の通称。
国家は契約者を戦略兵器として登録・管理し、戦争遂行の柱とした。
その運用は“理式戦”と呼ばれ、通常兵器の戦場とは分離された特異戦域で行われる。
《リ・ジェネシス》
国家の支配構造そのものを否定し、“正しい理”の再構築を掲げる反体制組織。
各国がグリモアを独占することで生まれた格差と支配を打ち砕くべく活動する。
中心人物は契約者のレク。その能力は“トリガー”――
“レク本人の眼球の視認”を媒介に、他者の意識行動を任意に書き換えていると思われる。
《ヘリオス》
リ・ジェネシスが独自に再生した旧式機動装甲体。
人間搭乗式と無人式が存在する。AI制御を排除し、レクの戦術運用に特化。
理式干渉を極端に嫌う構造を持つため、契約者との戦闘にも対応可能。
以上。
――国家政府地下中枢。
封鎖された深層区域に、異様なほどの緊張が張り詰めていた。
「状況を報告せよ」
重厚な革張りの椅子に腰掛けた男――国防長官ヴィンセント・クレイフォードが低く命じる。
額には皺が寄り、疲労が滲んでいる。しかし、その目に宿る光は未だ衰えていない。
「……再構築者による奇襲は、ほぼ完全な奇襲となりました。
第3中隊および支援部隊17名が死亡、負傷者多数。生存者はゼロです」
報告をする通信将校の声には明らかな動揺があった。
「敵は依然として所在不明。……グリモア能力者レクによる仕業である可能性が極めて高いです」
「やはり奴か……」
クレイフォードの眉がぴくりと動く。
「“視認”による“行動改竄”のグリモア。報告通りなら厄介すぎる」
彼は机上の地図を睨みつけながら拳を握り締める。
「国家の正義を守る我々が、こうもたやすく……!」
その言葉は怒りよりも無念の色が濃かった。
「失態などありません」
副司令官ルイス・カレンが毅然と言い放つ。「レクという存在は想定を逸脱しています。
我々はこれまで理の中に留まってきました。彼らはすでにその外に立っている。
ならば我々も――同じステージに上がるべきです」
「…つまり、何が言いたい?」
クレイフォードが鋭い視線を投げかけると、少しの間を開け口を開いた。
「理式班。」
「グリモア保有者による反乱に対する唯一の対抗手段は――
こちらもグリモア能力者を投入することです。
レクを潰すには“同レベル以上の理外者”が必要不可欠です」
一瞬の沈黙。
その後、司令室全体がざわめき始めた。
「まさか……あの者たちを?」「それは禁忌では……?」「しかし……」
「――いいだろう」
クレイフォードが断固として宣言する。
「再構築者に対抗するため、“理の外”にいる者を国家権力に取り込む。
今こそ我が国で収容、収監していたグリモア能力者――“特殊作戦部隊・理式班”を動員する」
その夜――国家の最深部に封じられていた六つの影が動き出す。
それぞれ異なる契約を持ち、異なる理由で国家の檻に捕らえられた“理の外”の存在たち。
理式班――彼らの目的は国家秩序の回復ではなく、“自らの生存”。
任務遂行中に自殺行為に出ても一切関与しない。その為の“切り札”。
かつて国家により“危険因子”と判断され隔離されていた者達。
今この瞬間、理に反抗するレクと同じフィールドに立つ。
雨上がりの街に霧が立ち込めていた。
破壊されたビル群の影が靄の中で蠢き、崩れかけた舗装の亀裂からは地下水が湧き出している。
レクは廃ビルの屋上に立ち、双眼鏡を覗いていた。
「動きが鈍いな」とレクが言うと、
「国家軍もついに根負けか?」
と望遠鏡で遠くを見ていた隊員が言葉を漏らす。
だがその余裕はすぐに消えた。
眼下の通りを進むのは通常の機甲部隊ではなかった。
「A1、あの増幅機構の型番を知ってるか?」
「いえ、見たことがないタイプです。新型でしょうか?」
通信機越しに女性の声が返ってくる。
『その装備品……過去ログには該当なし。新規配備です』
レクは双眼鏡越しに兵士たちの動きを凝視する。
(妙だ)
標準的な装甲ではない。
各部の関節に組み込まれた黒光りするパーツには異様な曲線美があった。
そして何よりも不自然なのは――兵士たちの目元だった。
「全員が…バイザーを?」
「何か、バイザーで有利不利が分かれるものなんですか?」
「俺の契約、トリガーは相手が自分を"直接"視認する必要がある。バイザー越しだと効果がない」
「じゃあ、トリガーが使えないと?」
「そんなことは些細な問題だ。だが、この情報を相手がどうやって…」
──爆発音。
突如として視界が閃光に包まれた。
直後、屋上のコンクリートが爆ぜる。
「くそっ!」
素早く飛び退きながら遮蔽物を探す。
『すぐ近くに熱源検出!敵の奇襲です!』
レクは崩れた壁面を背にして身を屈める。
「奇襲!?バカな、あそこまで少なくとも4kmはあったはずだ。明らかに敵の射程外…なぜ!?」
その疑問は次の瞬間氷解する。
黒い人影がビルの隙間からゆっくりと姿を見せたのだ。
一人の男だった。
全身を覆う漆黒の外套に身を包み両腕には巨大なガトリング砲が装着されている。
だが最も特異だったのは顔だ。
近づき、バイザーが開くとその両目は――金色に輝いていた。
「そう来たか」
レクは静かにつぶやく。
それはグリモア契約者特有の証だ。
理から逸脱し"外側"へ踏み出した者だけが持つ特異点。
「なるほど。“理”を使って“理”を壊す。そういうわけか」
黒衣の男は問いへの答えの代わりに無言で引き金を引いた。
猛烈な連射音と共に弾幕が降り注ぐ。
レクは咄嗟に横転して回避しながら叫ぶ。
「総員!!相手は契約者だ!能力は今のところ分からない!慎重に行動しろ!」
同時に思考を巡らせる。
(奴は何をした?どうやってここまで接近できた?そもそも何故このタイミングで――)
その疑問に応じるように通信が入った。
『敵影確認!マッチング結果、旧国家犯罪者名簿NO.036!』
『本名ランベール・ハイド、契約名ステイシスです!!』
レクの表情が僅かに硬くなる。
(ランベール?どこかで…。)
レクは懐から小型端末を取り出して暗号を打ち込み命令を送る。
「撤退する!撤退の援護を!」
返答は即座に帰ってきた。
『了解しました。援護します』
その指示を出した後、レクはその場から離脱しようとする――
だが突然彼の体はピタッと静止したように動かなくなった。
(なんだこれは……)
足先から指先までのすべての筋肉が麻痺したかのような感覚。
まるで時間が凍結されたような錯覚さえ覚える。
その直後、背後の影から冷笑のような息遣いが聞こえてきた。
「まさか!」
レクは思い出した。かつて、共に過ごした仲間の、その面影を。
《ステイシス》――体感時間を止めるグリモア。
要するに、対象の動きを拘束する能力。
時間そのものを止めるわけではないが、事実上はそれに近い効果を生む。
そして、黒衣の男――ランベールがゆっくりと歩み寄る。
「そのまさかだよ。久しぶりだな、“トリガー”」
低い声音には微かな懐かしさが含まれていた。




