終演
この学校にはまことしやかに囁かれる『物語』がある。
文化祭を破壊しようとした生徒の物語。
しかし、文化祭は破壊されなかった。
体育館の出し物が中止になっただけだ。
来年も再来年も文化祭は開催された。
なぜ彼等が文化祭を破壊しようとしたのか。理由は判明しなかった。
「文化祭は破壊されるべきだったのか?」
誰かが疑問を発した。
「文化祭は破壊されるべきだった」
誰かが呟いた。
「文化祭は何のためにあるのか。学外との交流? 生徒の自主性? それらは正当な理由になるのだろうか」
誰かは続ける。
「あの『秘密の暴露』が文化的でないというのなら、僕らはなんのために文化祭をやるのか」
「しかし、秘密の暴露は多くの人を傷つけた」
反論が上がる。誰かはそれに答える。
「誰も傷つけない表現など意味はない。優しいだけの表現など、堕落に向かうだけだ。あの秘密の暴露は、たしかに文化的表現だった」
教室は静かになる。
しかし、その沈黙は同意ではなく感性での拒絶だった。
誰かは孤立した。
「文化祭は破壊されるべきだったのか?」
誰かが疑問を発した。
「文化祭は破壊されるべきだった」
誰かが呟いた。
「予算ばかりかかって起こるのはトラブルばかり、学校でやることではない」
誰かは続ける。
「生徒の自主性などに任せるからこうなるのだ。文化祭など徹底的に破壊されるべきだった」
「しかし、文化祭がなければ文化系の部活はどうしたらいい」
「部活などなくていい。子供は外で活動すべきだ」
教室は静かになる。
しかし、その沈黙は同意ではなく知識での拒絶だった。
誰かは孤立した。
「文化祭は破壊されるべきだったのか?」
誰かが疑問を発した。
「文化祭は破壊されるべきだった」
誰かが呟いた。
「あの事件は子供たちを危険に晒すことになりました。そうでなくても無茶な展示や火災などの危険は後を絶たない」
誰かは続ける。
「生徒たちは保護されるべきです。文化祭は破壊されるべきでした」
「しかし、それでは生徒たちはいつ課題に挑戦すればいい」
「それは、大人たちの監督の下、完璧な安全の中で」
教室は静かになる。
しかし、その沈黙は同意ではなく抑圧への拒絶だった。
誰かは孤立した。
「文化祭は破壊されるべきだったのか?」
誰かが疑問を発した。
「文化祭は破壊されるべきだった」
誰かが呟いた。
「表現は破壊されることで発展する。文化祭は破壊されることで次のステージへ進むべきだった」
誰かが続ける。
「次のステージとは、なんだ」
「なんでもいい。私たちが次へ行くために必要な表現、それが存在する場所だ」
誰かの両眼は遠い空を見ていた。
「世界は求めている」
教室は静かになる。
「文化祭は破壊されるべきだった」
誰かが断言した。
「そうかも」
「私もそう思う」
「ていうか、常識」
誰かの言葉に口々に同意の声が上がった。
「なぜ文化祭を破壊しようとしているんだ?」
誰かが疑問を発した。しかし、その言葉は届かなかった。
「文化祭は破壊されるべきだった」
「だから、理由を言ってくれよ。大事なことだろう」
「本当にそう思うのか? 理由を言えば、お前は納得するのか」
教室は静かになる。
視線が一点に集中する。疑問が発されたその場所に。
「文化祭は……破壊されるべきだと、思う」
誰かは孤立を免れた。
生徒たちが夏休みを満喫している頃、生徒会は定例の予算会議を行っていた。
比較的品行方正な生徒たちが円状に座り、水筒を右手に教師が用意した書類を眺めている。生徒会長兼風紀委員の巫鳥このえは冷却シートを額に貼ったまま書類を読み上げた。
「文化祭を来年から廃止します。これに賛成する人は手を上げてください」
次々と手が上がる。
このえは冷却シートに指先を当てて、厳かにその言葉を発した。
「満場一致。では、これを決定とします」
かくして文化祭は破壊された。
了