002
境鳥村立中学および小学校
野咲ミク 中学担任
相原リョウコ 小学担任
霧山ユリ 中2
藤アラシ 中2
藤タイスケ 中2
星ホクト 中1
霧山アン 小6
藤サクラ 小5
星ミナミ 小4
天城マヤ 小2
射手ヒロ 小1
境鳥村立境鳥中学校。
ここよりずっと都会の小学校を卒業してすぐに
母方の実家である饅頭屋「湯の星」に居候が決まった。
三歳下の妹はずっと不平不満を口にし、
かつては母が使っていた実家の部屋を独占し
ホクトは物置きと化した小さな部屋に追いやられた。
それでも気が済まないようで
祖父から「得意先に挨拶に行け」と言われてもついて来なかった。
荷解きは終わってはいなかったが
元々荷物は少なく衣服類は出した。もう一箱あるがたいした物は入っていない。
饅頭屋なのに店の商品ではなく菓子折りを渡され向かうのは
看板商品「八手饅頭」を委託販売している旅館「霧山荘」。
春休みの平日の午前。
霧山荘の正面玄関前では
数人の従業員が並び、宿泊客の見送りをしていた。
ホクトは何となく物陰に隠れて人がいなくなるのを待った。
一瞬、端の女性と目が合ったような気がしたが
すぐに旅館に戻ったので気の所為だと思って気を取り直して旅館に向かた。
裏口から入るべきなのだろうか。
などとうろうろしていると
正面の戸が開き、先ほど目が合った女性が現れ
「ホクト君。ホクト君でしょ。」
霧山荘の女将、霧山カオリは笑顔でホクトの名を呼んだ。
誰?
ホクトは必死に記憶を辿るが思い出せない。
「懐かしいわね。4年?5年ぶり?」
「ミナミちゃんは?1人で来たの?まあいいわさあ上がって。」
菓子折りだけ渡してすぐに引き上げるつもりだったがどうやらそうはいかない。
諦めて女将の後ろについて歩く。
宿泊客用の正面玄関ではなく、建物の脇へと案内される。
最初に目に入った少し重そうな扉の前に来ると
「ここは搬入口だから間違えないでね。でも外からは開かないから大丈夫ね。」
穏やかそうな顔をしているが何だか燥いでいるようにも見える。
次のドアから中に入ると、そこが来客と従業員兼用の玄関なのはホクトにも判った。
スリッパが数組置かれている横にネームシールの貼られた大きなシューズロッカーとその横のタイムレコーダー。
入って3つ目の部屋の前で
「すぐに戻るから中で待っていてね。」
女将は奥へと小走りで去ってしまった。
応接室か休憩室なのだろうと何も疑わず、気にもせずその襖戸を開けるホクト。
部屋の中から少しだけ温かい風がホクトの頬にあたる。
背を向けた、上半身下着姿の少女。
少女以外の何もホクトの目に入らない。
開けられた戸と、自分の着替えを見ている少年を見たその少女は
驚いて大きな声を上げるでもなく
「ホクト君?」
ホクトはその声で自分が何を見ているのかをようやく理解して
「ごめんなさいっ。」
慌てて襖戸を閉めた。
一歩後退りすると何やら視線を感じたので顔を向けると
待っていてねと言って去ったはずの女将が通路の角から慌てて顔を引っ込めた。
着替えを覗かせた?
逃げるか?逃げるべきなのか?
どうして?なんのために?
ほどなく、眼の前の襖戸が開く。
少女は黒く長い髪を後ろで束ね留め、旅館の仲居の格好に着替えていた。
「こっちよ。」
「え?あ、はいっ。」
何事も無かったかのようにホクトを案内する女性。
少女のように見えたが歩く後ろ姿はとても姿勢が良くて、「颯爽」に見えた。
「あの先程は」
ホクトが謝罪しようとすると彼女は遮るように
「気にしないで。母の仕業なのは判っているから。」
そう言って案内したのは玄関からすぐの部屋。
開けると応接セット。
「すぐに母がお茶を持って戻るから座って待ってて。」
「はいっすみません。」
少女はホクトを中に入れると、ドアを閉めながらボソリと呟いた。
「これで創部できる。」
ソウブ?
ホクトにも聞き取れたがそれが何を意味するのかは判らない。
すぐにドアの外から二人の声が聞こえる。
「ユリちゃんユリちゃんっ。どうだった?ねえどうだった?」
「どうって何。」
「ホクト君小さい頃と変わってなかった?」
「知らないわよ。まだ話なんてしていないから。」
「えー何それ。せっかく着替え」
「止めなさいよ。中に聞こえる。」
会話がピタリと止まる。
「じゃあヘルプ入るから ちゃんと謝りなさいよ。」
「えー。ホクト君だってラッキーだったんだからいいじゃない。」
「またそんな事言って。」
ラッキーって何だ。
今の二人の会話の内容だと、母親が娘の着替えを覗かせた事になる。
しれっと母親が応接室にお茶を持って現れる。
顔は似てなくはないが、母娘の口調と雰囲気はまるで違う。
娘は凛々しくハッキリと言いたいことを言うような。
母親は賑やかではあるが穏やかでゆったりとしているような。
二人共、僕を知っている。
「ミナミちゃんは元気?」
妹も知っている。
ホクトは二人を必死に思い出そうとするが無駄だった。
それを遮るように小さな地震が起こる。
「揺れてる?」
目眩かと思ったが霧山カオリの言葉でそうではないと判った。
「温泉街だからね。小さな地震は多いわ。」