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夢想少女  作者: *amin*
9/20

9 名前を呼んで!

俺と倉田さんが付き合いだしたのは誰にも言ってない。

倉田さんが石原に言っただけだった。

石原はいい奴だった。顔を合わせた俺に少し気まずそうにしながらも「おはよう」と挨拶してくれたから。

今日から新しい学校生活が始まる。



9 名前を呼んで!



「なんだよ春哉、ニヤニヤして気持ちわりぃな」


もうすぐ期末が始まる事で、俺は今までボケッとして取っていなかったノートを雅氏に見せてもらっていた。

雅氏はニヤニヤしながらノートをとる俺に気味が悪そうな視線を送っている。

でもしょうがないだろ。

1年間片思いし続けていた子と両想いになれたんだ。こんな嬉しい事は無いだろう。

笑って返事をしない俺に、雅氏は顔を顰めケータイをいじりだした。


これから恋人同士の生活ができるんだよな。

制服デートとか、つか気兼ねなくメールも送れるし電話もできるんだよな!俺彼氏になれたんだから。

気持ちが舞い上がりまくってる俺のケータイにバイブが鳴る。

ノートを取るのを中断してメールを開くと、そこには愛しの倉田さんからのメールが。


“今日途中まで一緒に帰ろ”


そんなの返事はOKに決まってる。

俺は即効で倉田さんに返事のメールを返した。

ケータイを閉じた先に視線を感じ、顔を上げると目を細くして俺を見ている雅氏。


「お前、何ニヤニヤしてメール打ってんだよ。誰からだよ」

「いいだろ別に。今日は気分がいいからこんななんだよ」

「あぁそうですか」


教える気が無い俺に聞く気が失せたのか、雅氏は肩をすくめケータイをいじるのを再開させる。

そんな雅氏に心の中でごめんと謝って、俺は再びシャーペンを握りしめた。

もうすぐ期末テストが終わって夏休みが来る。勿論補講があるから実際は2週間程度だが、それでもやっと訪れる長期休みが嬉しくないわけがない。

長期休みはかき入れ時だ。朝から晩までバイトに入れるからかなり儲けれそうだ。

どうせ夏休みになったところで予定が入ってない日のほうが多分多いんだから全部バイトを入れてしまえばいい。

上手くいったら1ヶ月で10万以上稼げるかもしれない。


バイト代の1割が俺の小遣いになるから1万円。これは頑張らなくては!


心の中で闘志を燃やしている俺の傍ではクラスメート達が夏休みの予定を話し合っている。

近場に旅行に行こうとか、バーゲンに行こうとか、それぞれ楽しそうだ。

今年は男友達と遊ぶしけた夏休みから脱却できるんだ。

だって彼女いるんだぜ!しかもマドンナって言われるほどの美少女が!ちょっと口は悪いけど、でも可愛くて仕方が無い彼女が!

あー早く放課後になんねぇかな。こんなノート写してる場合じゃねぇよな。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「なんかニヤニヤしててキモい」

「……相変わらず容赦ないね倉田さん」


やっとこさ放課後になって一緒に帰れるって言うのに倉田さんの第一声は辛辣な一言だった。

どうやら顔が緩んでたようだ。キモいと一括されて倉田さんはどんどん歩いていってしまう。

慌てて追いかけて隣に並ぶ。

やばい、これが青春ってやつかぁ。


「……なんでさっきからそんな顔なの?」

「え、これは地顔なんですけど」

「そんなキモくなかった」

「……俺1日にこんなにキモいキモい言われたの初めてだよ」


倉田さんはなんとも思わないのか?あの日のしおらしい倉田さんは一体どこに?っていう程ツンツンしてるし。

もしかして付き合いだしたからって雰囲気変えたくないって奴か?だとしたら俺もいつも通り……したいけどこの顔が邪魔すんだよ。


そのままちょこちょこ会話をしながら岐路を一緒に歩く。それだけで結構幸せ。

やっぱ俺って倉田さんのこと好きだったんだなぁ。しみじみ思うよ。


「あれ?倉田さん曲がんねぇの?家あっちじゃない?」

「今日は病院に行く日なの。何しても変わんないのに」


これ以上この話を続けるのはタブーなんだろうな。

俺はただ何も言わずに気にしない振りをして話題を逸らした。

そうだ、これからは俺も倉田さんを支えていかなきゃいけないんだ。倉田さんは今もずっと戦ってるんだから。


「あーもう駄目だ。もう俺死ぬ。勉強に稽古に両立できるわけが無い~」

「拓也諦めないでよー。1とか取ったら夏休み補修だよ」

「澪はいいよ頭いいんだから。もう俺本格的に喋ってる間にも眠気が……」

「寝るなら家でね。こんなとこで寝たら拓也見捨てて帰るから」

「……夏なのに心が寒い。澪も冷たい……」


俺と倉田さんの横を通り抜けて言ったのは確か桜ヶ丘の奴だっけ?今時珍しいセーラーと学ランだから多分そうだ。

今の2人はカップルだろうか?かなり仲良さげって言うか、俺と倉田さん見てるみたいだったし。

特に男を完全にスルーしてたあの女。できる。


そういえば俺と倉田さんってお互い苗字だよな。もう付き合ってるんだから名前で呼んでも……

倉田さんの名前って確か……


「幸か」

「は?」


しまった声が出てた!どんだけうっかり者なんだ俺は!

急に名前を呼ばれた倉田さんはぽかんとした顔で俺を見ている。

そりゃ苗字よびだった奴がいきなり名前読んだらビビルだろうけどさ。


「一之瀬の名前って何だっけ?」

「え」

「知らないんだよね。一之瀬の下の名前」

「そ、そんな……告る際にちゃんと名乗っただろぉ」

「そん時は一之瀬の事どうでも良かったからさ、どうでもいい事なんて覚えるわけ無いじゃん」


そうだよな、それが倉田さんだよな。でも少しショックだ。

付き合って1週間は経ったのに未だに名前を知られてなかったなんて。しかも知ろうとしなかったんだから、本人完全に名前呼びなんてどうでもいいんだな。

明らかに俺が一方的にうぬぼれてる展開じゃないかコレ。

何となくテンションが下がってきたけど、倉田さんに聞かれたことはちゃんと返事をした。


「春哉、一之瀬春哉」

「ふぅん」


倉田さんはどうでもいいのか、相槌だけ打ってこっちに向けてた視線を元に戻した。

甘い雰囲気にはとことんさせてくれなさそうだ。まぁいいけどね。

その後も何気ない会話をしている内に倉田さんの病院の近くに差し掛かった。

ここでさよならだな。あーぁ、もう少し話したかったなぁ。でも焦る必要は無い。だってこれからも変える機会はいっぱいある訳だし。

結構未練たらたらだけど、俺は表情を作って倉田さんに声をかけた。


「倉田さんあっちだろ。じゃあまた明日な」

「そうだね、じゃあね春哉。また明日」


……はい?

目を点にしてる俺に倉田さんは悪戯が成功した子どものように笑ってる。


「呼んで欲しかったんじゃないの?急に人の名前呼んできてさ」

「え、いや、そのぉー……」

「正直に言いなよ」

「……その通りです」


やばい、見透かされてた!なんかかなり恥ずかしいんだけど!マジ1人ちょー空回ってんじゃん!

倉田さんはクスクス笑いながら俺を見ている。


「倉田さ……」

「幸」

「え?」

「あたしの名前。知ってるじゃん」


それは名前を呼ぶ許可を得たって事か!

なんだか俺なんかが呼んでいいのかって思ったけど、勇気を出して呼んでみる。


「さ、幸。また明日」

「はい、また明日春哉」


倉田さんはそう言って俺に背中を向けて歩いていく。

その姿をポーっと見てたら急に振り向いてきて、かなりびびった。


「あ、そうそう。あんま他人を凝視しないほうがいいよ。変態みたいだから」

「へ?」

「随分羨ましそうにしてたけど」


その言葉に顔が青くなっていく。

もしかしなくても俺、かなり顔に出てた……?


「あのー倉田さん」

「幸っつってんじゃん。あたしは何も知らないよ。春哉が桜ヶ丘の生徒をすんごい羨ましそうな目で見てたなんてね」


見られてた……

倉田さ……じゃなかった。幸はそれだけ言って今度こそ本当に病院に向かって行った。

なんだかかなり恥ずかしい姿を晒したけど、それでも幸が俺の名前を呼んでくれた嬉しさがでかかった。

とりあえず俺は先輩に冷やかされないように、赤くなった顔をどうしようか考えてみることにしよう。




新たな一歩を踏む土曜日、

 自分の名前がこんなに新鮮に聞こえる経験なんてそうないはずだ。


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