8 君の結論
“話したい事があるから、放課後教室残ってもらっていい?”
倉田さんからそんな内容のメールが授業中に来た。
そのメールを見た瞬間、心臓がヤバいくらい跳ね上がった。
8 君の結論
その後の授業は集中できなかった。
もうすぐ期末テストだったから、先生が特に大事だと言った場所をクラスメートたちは真剣に写している。
そんな中、俺はボケーっと手を動かす事も無く話を聞いている。
時間は刻一刻と過ぎていき、このまま放課後になっていく。嫌だと思っても時間は止まらないし待ってもくれない。
ただ憂鬱な気持ちを引きずって放課後になるのを待った。
「じゃあ春哉また明日」
「じゃあな」
雅氏やクラスメートの奴らに手を振って椅子に腰かけケータイをいじる。
HRが終わって放課後になり、教室に生徒はどんどんに無くなっていく。
最初はクラスの奴らと話してたけど15分も待てば数人程度しか残っていない。
倉田さんから来たメールに書かれてた通り、俺は放課後教室で1人ぼんやりしていた。皆はもう帰ってしまった。
でも倉田さんが待っててって言うから仕方なく俺は教室で待機している。
バイトが今日は無いから時間は特に気にしないけど、あんまり学校に残るのもあれだ。
お袋が確か病院に行ってて親父が連れて帰るから、6時30くらいまでには家に帰りたい。
現在の時刻は5時35分。かれこれ20分は待ってる事になる。
向こうはまだHR終わんないのか?これ以上遅くなるんなら俺ももう帰りたいんだけど。
それに正直あまり乗り気じゃない、倉田さんに会うのは。
こないだあれだけブチ切れておいて今更どの面下げて会えるって言うんだ。
倉田さんはあの後どうしたのかな?メールの文面だけじゃ全ては分からない。
怒ってるのかな?だとしたら今日俺を呼びだして文句をつける気でいるのかもしれない。
それならそれでもしょうがない。急に切れた俺が悪いんだから。
そう思ってケータイをいじっていると教室のドアが小さく音を立てた。
顔を向けるとそこには気まずそうに教室に入ってくる倉田さんの姿があった。
倉田さんは黙って俺に近づいて来る。
「……ごめん、遅くなって」
「あ、いや平気だけど」
それきり無くなった会話。
倉田さんは口をモゴモゴ動かして何かを放そうとしているみたいだが上手くいかないらしく、つっかえてばかりだ。
そんな倉田さんの姿を珍しいなと思いながらも俺は根気よく待った。
するとゆっくりだが倉田さんが話しだした。
「さっき、さ……石原に返事してきたんだよね」
「へぇ……そう」
返事。それが分からないほど俺は馬鹿じゃない。
思わずぶっきらぼうな返事になってしまったのを反省した。倉田さんの肩が軽く跳ねたから。
倉田さんは視線をせわしなく移動させ、俺を見ないようにしてる。
何でそんな事を俺に報告してくんだよ。
「あ、あのさ、結局付き合わなかったんだ。友達としてはいい奴だけど、恋愛的にはやっぱ好きになれなくってさ……」
「え?」
今度は目が丸くなった。
石原を振った?てっきり付き合うって報告をするんだと思ってた。
茫然としてる俺に倉田さんは少しずつ俺に視線を合わせていく。
顔を真っ赤にさせてるけど視線だけは逸らさない。逆に俺が今度は視線を逸らしそうになった。
次にくる言葉が分からない。聴きたくないけど気になってしょうがない。
教室が真っ赤に照らされてるお陰で顔が真っ赤なのはお互い夕日のせいにできそうだ。
心臓があり得ないほど早く鼓動を打っている。それと同時にキリキリと締め上げられる感覚がして息を飲んだ。
そして倉田さんは少しだけ泣きそうな顔をした。
「今更言える立場じゃないけど、さ……石原は多分もう一之瀬にキレたりしないと思うからさ、もう怒らないでよ」
「……」
「こ、今度はちゃんとハッキリするから怒らないでよぉ……」
グスグス泣き始めた倉田さんに心臓が再び痛いくらいキリキリ音を立てた。
そんな顔をさせたい訳じゃないのに。
どうやら俺が放った言葉は予想以上に倉田さんを傷つけてたみたいだ。
思い切り椅子から立ち上がった俺に倉田さんは目を丸くする。
「ごめん!そんなんじゃなくて……なくて……俺も調子に乗ってたんだ」
「一之瀬?」
「倉田さんが話しかける男子は俺しかいないって調子乗ってた。自分が特別なんだって優越感に浸ってた。だから石原と仲良くなってく倉田さんに苛々した」
「……」
「ごめん、俺最低だよ」
頭を下げれば倉田さんが首を振るのが一瞬見えた。
再び顔を上げた先には相変わらず泣いたままの倉田さん。
「あ、あたし初めてだったよ。家族以外にキレられて悲しくなったの……」
「うん……」
「でも悪いのはあたしで、一之瀬はもうあたしの事嫌いになったんだなって思って……」
それ以上言ってほしくなくて、俺は無意識に倉田さんに手を伸ばしていた。
抱きこんだ体はちっちゃくてか細い。
そのままギュウギュウ抱きしめれば倉田さんが俺の腕の中でモゾッと動いた。
見上げて来る腫れた目が俺を映し出す。
あぁどうしよう。もうここまで来て誤魔化すなんてできないようだ。
「ごめん倉田さん、俺まだ倉田さんの事好きだ」
倉田さんの瞳が大きくなる。
でも今度は目を逸らさなかった。
「嫌なら突き飛ばしてくれればいい。ごめん、友達って言ってたのに結局俺はこんな奴だったんだよ」
その時、倉田さんがゆっくりと俺の背中に腕をまわした。
その間隔に驚いている間に倉田さんは顔を俺の肩口に隠してしまった。
お互いの心臓が痛いくらいに音を打っている。
このまま拍動数が上がれば死んじゃうんじゃないかってくらい忙しなく活動してる。
そして倉田さんがぽつりと呟いた。
「い、一之瀬がいいって言うなら、あたしと……つ、付き合って下さ……い」
願ってもない言葉だった。
更に力を入れて抱きしめれば倉田さんが苦しそうに身を捩る。
でもごめん。こうでもしなきゃ喜びを現せれないんだ。
かろうじて絞りだした「お願いします」それだけ言って俺は倉田さんを抱きしめ続ける。
時計の針は6時を指している。
早く帰らないと行けないんだけど、まだ家には帰りたくなかった。
現実だと言う事を確認するように、ただただ倉田さんを抱きしめ続けた。
願いが叶った金曜日、
顔を赤くしてる彼女がどうしようもなく愛しい。