7 混乱
あの後ラーメン屋でも集中できなくてオーダーを間違えたりして店長に怒られた。
でもその説教すらまともに聞き入れる余裕すら俺には無かった。
7 混乱
家に帰ってぼんやりとベッドに横になって考える。
石原は相当焦ってんだよな。それもそうか、もう2週間だもんな。
倉田さんも早く返事をしてあげればいいのに。でも駄目か、倉田さんは真剣に考えてるんだ。
でも何で倉田さんは今更もう1つの人格の事を話題に出したんだろう。
ずっと眠らせとく。そう言ってたのに……石原と付き合えばもう1人の幸が起きるかもとか言ってたな。それってどういう事なんだろう。
ごろんと寝がえりを打って考えても答えは出てこない。
それもそうだ。俺は倉田さんでも石原でもないんだから、2人の深層心理が分かる訳もない。
結局俺は被害者なのか加害者なのかどっちなんだろう。
確かに倉田さんとはただの友達だ。それ以外の何でもない。でも本当に何の下心もナシでって言われると答えはNOだ。
だって俺は倉田さんが好きだから。まだ諦めれなくてズルズル情けなく引きずってるから。
俺はもしかしたら倉田さんと距離を置いた方がいいのかな?
石原は確実にそれを望んでるし、そうした方がきっといいって事も分かる気がする。
でも自分自身がそれでいいかって言われたらきっとそうじゃない。
誰かが譲らないと解決が出来ないんだな。
時計の針が23時を指す。
明日も学校だし早く寝なきゃな。あ、やべ。課題やってねぇし。しょうがねぇな、写させてもらおうっと。
次の日の朝、いつもより少しだけ早く学校に行って宿題を写す。
できるだけ早く手を動かしていたら案外宿題は10分で写し終わった。
20分も早く学校に来たんだけど逆に時間が余ってしまった。
仕方ないから、そのままクラスメートとくだらない会話に花を咲かす。
昨日のお笑いがどうだったとか、先生に怒られてムカつくとか、今週号のジャンプが凄かったとか、何でも無い会話だけど楽しくて時間はあっという間に過ぎていく。
気づいたらあと5分でHRが始まる時間になっていて、少なかった生徒も大部分がそろっていた。
「そろそろ席戻るかな。宿題さんきゅーな」
「おー。間違ってても文句言うなよ」
「いわねーよ」
軽くお互い笑いあって席に着く。
その後ちょうど5分後に担任が入ってきて、いつもと同じHRが始まる。
それを欠伸をしながら何となく聞き流していく。
早くHR終わんねぇかな?ってか学校終わんねぇかな?あ、でも今日バイトがあるから学校終わってものんびり出来る訳じゃないんだけど。
でもそれでも学校に拘束されるよりはマシだ。少なくとも石原と倉田さんの間に挟まれること無いし。
やっぱ直接あんな事を言われると苦手意識っつーのが出来てしまって、できれば石原には、石原だけじゃない5組には近づきたくない。
あーでも5組には購買行く時絶対通らないといけないから面倒くさいなぁ。
また睨まれちゃうじゃん。
憂鬱な気分のまま授業がスタートした。
「なぁ春哉、お前購買だろ。飯買いにいかね?」
昼休み、クラスメートの奴らが教室を出る際、俺に声をかけた。
雅氏は今日コンビニで買ってきたらしい。くそ、俺もそうすれば良かった。
仕方ないのでクラスメートの奴らと購買に向かう。
相変わらず購買に向かう前に5組の前を通らなきゃいけない。
そしてそいつらが俺を見る視線は同じ。倉田さんにちょっかいを出す最低な奴。
流石にこれが2週間続けば精神的に参る。
石原に言いたい放題言われたのも相まって苛立ちはどんどん募っていく。
大体俺が何をしたって言うんだ。俺はただの友達で、倉田さんが石原に返事をしないだけなのに何で俺が悪いみたいになってんだよ。
心の中でそう呟いて購買に向かう。
購買は相変わらず生徒がごった返しになってて、この中から好きな物を買うのはかなり大変そうだ。
俺とクラスメートは揉みくちゃにされながらも、何とか買いたい物をゲットして教室に戻る。
その時、一緒に歩いてたクラスメートは友達を見つけたらしく手を振った。
「あ、うーす。お前も購買?」
「あぁ、もう結構売り切れてる?」
「焼きそばパンは完売してた」
「えーマジで!?これだから4限目に南ババァの授業は嫌なんだよ」
「あの先生、授業開始5分前に来て、授業終了5分後に終わるからな」
「マジであいつが4限に来た時、ぜってー購買でいいもん売り切れてっからな。マジいい加減にしろババァって感じだぜ」
2人は楽しそうに話してるけど、正直俺はその中に入れない。
だってそいつは5組の奴だったから。
そいつはクラスメートから俺に視線を寄こしてくる。少しだけ緊張してしまった俺に、そいつは軽く笑った。
「そんなに警戒すんなよ。色んな噂流れてっけど、こいつから話は聞いてるからさ。お前もついてねぇよな。倉田が石原に未だに返事しないせいで迷惑かぶってんだろ」
意外だ。そう思ってる奴もいたんだな5組に。
「倉田も付き合う気が無いなら石原さっさと振ればいいのによ。待たすのも可哀そうだよなー」
「……」
そいつはそのまま手を振って購買に向かって行ってしまった。
やっぱ俺は被害者なのかな?倉田さんがいつまでも返事をしないから、石原がいつまでも焦るから、だからこんな事になってるのに。
段々苛々してきて、俺は小さく舌打ちをした。
学校も終わり、皆が教室を出ていく。
バイトまで少し時間があった俺は20分程度教室に残ってバイトに行く準備をした。
「じゃーな、また明日」
「おう」
友達に軽く手を振って教室を出ると、たった20分しか経ってないのに廊下の人はかなり少なくなっていた。
その中を1人で歩いていると後ろから声がかかった。
「一之瀬」
その声は今一番聞きたくて聞きたくない物だった。
倉田さんは何も分かってないように笑って俺の横に歩いてきた。
「一之瀬帰るの?あたしも帰るんだ。一緒帰ろうよ」
「俺はバイトだよ」
「途中まで一緒だったらいいじゃん」
ニコニコしてる倉田さんに苛立ちが募っていく。
俺がこんなに悩んでるのに倉田さんは何ニコニコしてんだよ。倉田さんがさっさと返事さえすれば俺はこんな目に遭わなかったのに。
そう思ったら倉田さんに言いたくて堪らなくなった。
「まだ返事してないんだって?石原に」
「え……まぁ」
倉田さんが気まずそうに頬を掻く。
まだ悩んでるのか、どんだけ人を焦らせたら気が済むって言うんだよ。
「早く石原に返事しろよ。石原可哀想だろ」
「……一之瀬に関係ない」
ムッとして倉田さんの機嫌が悪くなる。
でもそれ以上に俺の機嫌の方が悪くなった。
関係無い?どの口がそう言ってんだ。俺は石原にキレられてんだぞ。5組の奴らに陰口言われてんだぞ。なのに関係無い?
ふざけるなよ!
「関係無くないし。俺は5組の奴に嫌われてるんだよ」
「は、何で?」
「いつまで経っても倉田さんが石原に返事をしないから、倉田さんと仲がいい俺が倉田さんを盗ったんだってさ」
「はぁ?何それアホくさい」
「確かにアホくさいけど、実際陰口言われりゃ頭にくるよ。倉田さんはいつまで経っても返事しないしさ」
「……それは」
「それはじゃないだろ。倉田さんがはっきりさせないのが悪いんだろ?迷惑なんだよ」
そう言い終えた後、ハッとした。
倉田さんの目が丸くなって、その場に立ち尽くしている。
あ、今何て言った?俺酷い事言ったんじゃないのか?
罪悪感だけが募り、謝ろうにも謝れない。その場から逃げ出したくてたまらない。
でも悪いのは倉田さんだ。倉田さんがいつまでも石原に返事をしないから、俺にかまってくるから。
だから俺と噂を立てられて、俺が石原に切れられたんだ。
全部の責任は倉田さんにあるんだ。倉田さんがはっきりしないから!
石原と付き合うならさっさと付き合えばいい。石原だって流石に2週間も返事を待たされたら切れたくもなるだろう。
俺はその場の気まずさから謝る事もせずに、その場から逃げてしまった。
倉田さんの声は聞こえない。もしかしたら怒ってるのかもしれない。
気の強い倉田さんの事だ。俺の事うざい奴って思ってるに違いない。あーぁ、マジで嫌われた。
大体お門違いだったんだ。
俺がマドンナに恋した自体が。俺には高根の花だったんだ。なのにただ単に相談ができるから仲良くなっただけ、倉田さんは何も考えてなかったんだろう。
それを俺が調子に乗っていいように考えたからそうなったんだ。
ラーメン屋までの道のりを必死でチャリを飛ばす。
何も考えたくない。胸がキリキリ痛んで、訳もなく大声を出して暴れたくなった。
でもそんな事が出来ない事を俺は知ってる。
少しずつ、上手く自分で代謝するしか解決策がないって事も分かってる。
でも泣き叫びたい。暴れたい。何でもいいから大声を出したい。言いたい、倉田さんにもう一度、好きだったって。
視界が滲んで、周りの景色が何重にも見える。
彼女に振られた時だってこんな事なかったのに、俺はどんだけ倉田さんの事が好きだったんだろう。
初めてだったんだ。一目ぼれしたのなんて。
見ただけで顔に熱が集中したのなんて、話してみたくて堪らなかったなんて……全部初めてだったんだ。
涙にぬれる木曜日、
俺の恋はきっと叶わない。