5 殺伐ごっこ
あれから倉田さんは俺を見つけても話しかけてくれないし、メールも全く来ない。
どうやら俺はついに倉田さんに嫌われてしまったみたいだ。
5 殺伐ごっこ
倉田さんが俺を置いて行って学校に向かってから一週間ちょい。まったく倉田さんとの会話が無くなった。
だからと言って倉田さんが石原と付き合ったと言う噂もなく、ただ単に俺が嫌われただけの様だ。
最初は騒いでいたクラスの奴らも流石に一週間なんの変化もなければ皆忘れて、それぞれいつもの話題に戻っている。
その中から外れた様に、いつまでもその事を考える俺はなんて女々しいんだろう。
雅氏もいつものふざけた話題を提供してきて、俺はそれに相槌を打ちながら、ぼんやりと倉田さんの事を考えていた。
結局倉田さんは本当にどうするんだろうな。
あまりにも返事を待たせるのは石原も気分がよくないだろう。嫌なら嫌だと断って、いいならいいで付き合えばいい。
はっきりと二人が付き合いだしたら、俺もきっぱりと諦めれる気がする。
どちらにせよ俺は振られてるんだから、いつまでも倉田さんに恋してるのが間違いだ。
授業開始のチャイムが鳴り、先生が教室に入ってくると生徒達は一斉に自分の席に着く。
それは俺も例外ではなく、席について教科書を机の上に出した。
「なー今日昼飯屋上で食おうぜ」
雅氏の誘いに乗り、俺達は今日の昼飯は屋上で食う事にした。
屋上か……そういやここで倉田さんと仲良くなったんだよな。今回はケータイ忘れないようにしねぇと。
雅氏と他愛ない会話をしながら弁当を平らげていく。
やっぱりもう7月に入ったせいか、生徒の数はまちまちだ。日なたは生徒はほとんどおらず、日陰に生徒が密集している。
俺達も何とか日陰に場所をとる事が出来たからいいんだけどね。
弁当を食い終わって、くだらない会話をしていれば時間は早く過ぎていく。
いつの間にか後5分で授業開始だったらしく、生徒が皆屋上を出ていく。
俺と雅氏も弁当を片づけて教室に戻ろうとした時、屋上のドアが開いた。
それは紛れもなく倉田さんだった。
倉田さんはそのままフェンスに寄りかかってぼんやりと景色を眺めている。どうやら授業を受ける気はさらさらないようだ。
「あの子マジで変わってんな。変な奴」
雅氏がぽつりと呟いて、屋上を出ていく。
でも俺は縫い付けられたように、その場から足が動かなかった。
「春哉ー?」
「わりぃ雅氏先行ってて」
「はぁ?」
雅氏は首をかしげたが、動く気のない俺を見て「早く来いよ」とだけ告げて階段を下りて行った。
屋上には俺と倉田さん以外の生徒がいなくなり、さっきまでの賑やかな笑い声は全くなくなった。
残ったのは少し気まずい空気だけ。
でもなぜか動く事が出来ず、俺は倉田さんの少し離れた場所に腰を下ろした。
倉田さんは腰を下ろした俺をジッと見つめている。
それにいたたまれなくなった俺は軽く笑って、勇気を持って倉田さんに話しかけた。
「迷惑なら出てくけど」
「別に。いいんじゃない?居ても」
「どうも」
それきり無くなった会話。
倉田さんはボーっと景色を眺めている。一体何を考えてるんだろう。
倉田さんにそれ以上話しかける勇気もなく、俺は倉田さんをぼんやりと眺めていた。
やっぱ可愛いよな倉田さんは。横顔も綺麗だ。
変態じみた事を考えている俺に倉田さんが不意に会話を振ってきた。
「一之瀬ってさ……誰かと付き合ったことある?」
意外な質問に目が丸くなった。
倉田さんはいつものハキハキした雰囲気はどこに、モジモジと手を合わせながら少し顔を赤くしている。
あ、石原の返事をするのかな。それと同時に胸がチクリと痛んだ。
でも倉田さんの問いかけを無下にする訳にもいかずに、俺は自分の今までの経験を倉田さんに教えた。
「あるよ。中学の時に2人、長く続かなかったけど」
「どれくらい続いた?」
「1人は半年、もう1人は3カ月。短いっしょ?」
「どこまで行った?」
「どこまでって……キスまでは行った」
「……そっか」
それきりまた無くなった会話。
倉田さんは溜め息をつきながらフェンスから景色を眺めている。
何で倉田さんはこんな事を聞いてきたんだろう。石原とは全く関係なさそうな質問だけど。
倉田さんを見つめていると、再び倉田さんがポツポツと話を振ってきた。
「石原ってさ……幸が如何にも好きそうな奴なんだよね」
「幸って……もう1人の倉田さん?」
倉田さんは黙って頷く。
一体どうしたって言うんだろうか。
「小学生の時にさ、幸が初めて好きになった奴が石原そっくりだったんだよね。スポーツマンで明るくてクラスの中心で、幸はあいつといると楽しそうだった」
「うん」
「もしかしたらあいつと付き合ったら幸は起きるのかなーって思ってさ」
倉田さんの言葉に目が丸くなった。
倉田さんはもう1人の倉田さんを嫌ってたはずなのに、急にどうしたんだろうか。
何も言えない俺に、倉田さんはまた言葉を続けていく。
「そしたら速攻で断る事が出来なかったんだよね。気づいたらいつまでもズルズル引き延ばして期待させて……最低な奴だね。あたし」
「倉田さんは……石原が好きじゃないのか?」
「わからない。付き合ってみたら好きになるかもね。告白されてから話すようになったけど、いい奴だと思う」
「だったら……「でも向こうがあたしを受け入れてくれないと思う」
受け入れてくれない?石原が倉田さんを?
そんな事はないと思う。石原はいい奴だって雅氏が言ってた。
俺は話した事がないから分からないけど、倉田さんとの噂を聞いて石原に視線が行くようになって、見ている限り石原の周りは笑いに溢れている。
その中心にいるのは石原で、見ているだけでいい人って感じだった。
そんな石原に倉田さんは何が不満なんだろう。
少なくとも俺よりも格好いいし、運動できるし、いい所をいっぱい持ってる気がする。
「受け入れてくれないって……向こうが好きだから告白してきたんだろ?」
「……二重人格だって知ったら気味悪がられそうじゃん」
「それは……」
「中学生の頃、初めて好きな人が出来て付き合った事があったんだよね。でも二重人格だって事を言った途端ふられた。次の日にはクラス中に気味悪がられた。それ以来かな、誰とも付き合いたくないって思ったの」
倉田さんはそれがトラウマになってるんだ。
それは仕方がない事だと思う。そんな事が起これば誰だってトラウマになってしまいそうだ。
倉田さんは顔を俯かせ少し泣きそうだ。
そんな倉田さんを励ます事が出来ない自分が情けない。
「倉田さんは付き合いたいんじゃないのか?石原と……」
「わからない。今は別に好きじゃないから……」
「早く返事しねぇと可哀そうだよ。石原もドキドキしてんだからさ」
「わかってるよ」
そのまま無くなってしまった会話。
もどかしくて息苦しい。もうこのまま目を瞑って眠ってしまいたい。
「一之瀬」
「何?」
「……何でもない」
倉田さんが何かを言いかけて、言うのを止める。
でもそれを咎めることなく、俺はその場に横になった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「石原」
「んー?」
「倉田さんさー、3組の一之瀬と出来てるって噂らしーぜ」
「は?」
「あり得なくね?マジうぜーよな」
俺は何も分からなかった。
倉田さんの気持ちも、石原の気持ちも、今の自分の状況も。
やっぱり自分の気持ちに嘘つくとロクな事がないと言う事だけこれから理解する。
自分に嘘つく木曜日、
それは君の為?それとも自分の為?