20 新世界より、愛を込めて
あれから1カ月が過ぎて11月も下旬に差し掛かった。
本格的な寒さが続き、そろそろコート出してもいいんじゃないのかな?いや、まだ早いか?そう思える季節にまでなった。
あと1カ月で冬休みを迎えて、年が明けたらもう4月からは高校3年生になる。
20 新世界より、愛を込めて
お袋はパートを週3のペースで始め出した。
最初は久しぶりの仕事でくたくたになって帰ってきたから、俺と親父も家事を手伝って一緒に頑張った。
その甲斐もあってか、今回はパート先の人と仲良くなったらしくて、時々日帰りでバス旅行や温泉旅行に向かっている。
楽しそうなお袋に親父も一安心。もちろん俺もだ。
未だにバイトは続けてるけど、今までとは違い、シフトは大分少なくなった。
先輩達から今までは俺が入ってくれてたから楽だったって言われるくらい俺は毎日バイトに行ってたからな。
幸がラーメン屋に来なくなった事から、別れたのか?と聞かれた先輩に適当に返事をすれば、なぜか俺は振られたことになってしまい、先輩に泣かれてしまった。
幸がいない季節は少し物足りないながらもどんどん過ぎて行き、俺たちはもうすぐ修学旅行だ。
まぁもうすぐって言っても年明けなんだけど。12月になんか色々決めなきゃいけない事があるみたいだ。
旅行代の請求も12月にくるみたいだし。
幸が入院してるって事だけクラスに告げられてる石原達は幸は修学旅行に間に合うのかなぁ、と良く話している。
間に合ってほしい。でもそれは幸次第だから俺にはどうしようもできない。
あれ以来幸に家に入ってない。幸の情報も何も手に入らない。何も分からないまま、俺は今まで生活していたように普通の高校生活を送っている。
バイトのシフトは少し減ったけど、でもそれでもバイトは今でも続けてる。主に小遣い稼ぎになってるけど。
そう言えば、この間ぶつかった拓也君と俺は友達になった。
拓也君の友達の広瀬君と中谷君もだ。個人的には何だかんだで中谷君と一番仲が良くなったのかもしれない。彼は面白い奴だ。
拓也君達は彼女とはどうなったんだって、しきりに聞いてきたけど、そこは適当にごまかしておいた。
言う必要もないし、言うのは躊躇われた。
幸が帰ってくるまで、この気持ちはずっと封印しておくつもりだ。幸が返ってきた時に初めて幸に話す事で全てが綺麗に追われる気がするから。
そして学年末の授業が終わり、冬休みが始まった。
生憎にも今日は12月24日。クリスマスだ。今年は家族でしがないクリスマスになってしまった。初めて彼女とクリスマスを過ごせるかもしれないってワクワクしてたんだけどな。
修学旅行のお金は幸のお母さんが出したらしい。参加するかは分からないけどって。
俺も何とか母さんが出してくれたおかげで人生初の海外に行けそうだ。嬉しいけど、どこかもどかしい。
少しだけ友達とダベッて、俺は鞄を肩にかけて学校を出た。
外は凍えるように寒い。帰りにケーキを買ってくるようお袋に頼まれてたからホールケーキ買って帰んなきゃな。
つってもほとんど俺が食うんだろうけどなぁ。
適当に5号のケーキを買って家に帰る。なんだかケーキの箱を持って帰るのは少し恥ずかしかったけど、揺らさないように慎重にチャリを漕いで帰った。
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「ただいま」
「お帰り春哉」
出迎えてくれたお袋にケーキの箱を渡して鞄を床に置いた。
お袋はケーキの箱をテーブルに置いて、俺をジッと見つめている。
「何?」
「春哉、さっきお客さんが来たの。貴方に用があるって言ってたんだけど、貴方は帰ってきてないって言ったら、じゃあまた来ますって。まだ間に合うかも」
「え……」
「とても可愛い子だったわよ」
何が言いたいんだ?まさか、そんなまさかだよな。お袋が言いたいのは……いや、勘違いするな。調子のいい自分は勘違いをしてしまうから。
お袋は優しく笑って、早く迎えに行ってあげなさいと言った。
平静を装って「誰をだよ」って少し茶化して言ったんだけど、お袋の返事を聞いていても経ってもいられなくて、俺はそのまま家をかけ出した。
全速力である場所に向かう。もしかしたらまだいるかもしれない。
5分くらい全速力で走って目の前に見慣れた姿が見えてきた。
ずっと会いたかった姿、ずっと助けたかった姿。おばさんが言った通りだ。俺に会いに来てくれたんだ。
「幸……幸!!」
大声で叫んだ俺の声が聞こえたのか、幸が俺に振り返った。
立ち止まった幸の肩を無意識の内に掴む。どこにも行かないように。
でも無意識に叫んだ後に失敗したと思った。倉田さんだった、こんなに無理やり方を掴んで怖がらせたのかもしれない。
でも聞こえてきたのはクスクス俺を小馬鹿にするように笑う声だった。
「倉田、さん?」
「えらい他人行儀だね春哉」
「さ、ち……」
「他に誰かいる?」
これは夢なのか?目の前にいる幸は本当に俺が大好きだった幸なのか?
この笑い方にこの喋り方。間違いなく幸だ。
だらしなく腕の力が抜けて、その場に座り込んでしまいそうになった。だけど幸は笑ったまま。
「え、どうして……俺……」
「話があるんだ。行こう」
幸が俺の手を握って歩き出す。何が何だか分からないままついていった先には人通りの少ない河川敷だった。
あ、あれ中谷君じゃね?
少し離れた場所で中谷君の姿を発見した。金髪の子供とキャッチボールして遊んでいる。酷く楽しそうだけど、あんな小さな子供の髪を金色に染めて……
なんだか2人の姿を見て、少しだけいやされた。
そのまま少し離れた場所に腰掛ける。
「幸……」
「ただいま春哉、あたしさ、精神病院にずっと入院してたんだよ。そこで幸と話し合った」
凛とした話し方だったけど、幸の声はどんどん湿りを含んでいく。目には水滴が溜まっていく。
それほど幸にとっては辛い事があったんだ。
幸は全て話してくれた。倉田さんが酷く追い詰められてた事、2人で決めた事、最後は倉田さんが幸に体を譲って消えて行った事、全部話してくれた。
やっぱり俺は倉田さんを追い詰めてたんだな。最低な事をしてしまった……
謝っても許される訳じゃない、でも俺のせいで倉田さんを傷つけてしまった事が悲しかった。綺麗事だし、自分なんかが言うなって感じだけど。
無意識に幸を抱きしめて、一緒に泣いた。
「幸は消えた。あたしに身体を渡して消滅する道を選んだ」
俺の腕の中で泣きじゃくる幸は本当にか弱い女の子に見える。
そんな幸を強く抱きしめて俺は必死で感じる。この幸は俺の大好きな幸だ。
幸は真っ赤に泣きはらした顔を上げて俺を見つめた。涙に濡れた目は光に反射してキラキラ光ってた。
「だから幸と約束した。絶対に幸せになるって」
「うん」
「……幸せにしてくれる?幸が羨ましがるくらいに」
「約束する。精一杯愛してやる。絶対に幸せにしてやる」
倉田さんは最後、幸に自分が羨ましがるくらい幸せになれって言ったそうだ。
俺はその約束を守らなきゃいけない。幸を幸せにしなきゃ。
「幸せにするよ絶対。今度さ、修学旅行あるんだぜ」
「知ってる」
「自由行動さ、一緒回ろうよ。もう幸が隠すこと何もないよ。幸は幸なんだから」
「うん、うん……」
「俺が知ってる幸だ。やっと手に入れた」
「あたしもやっと手に入れた……」
人がいない事を確認して軽く幸にキスをした。幸は目を丸くしたけど、顔を赤くして笑っただけだった。
なんだか俺も恥ずかしくなって、そのまま手を繋いで笑いあった。初めて交わしたキスは少ししょっぱかった。
――――――― 新世界より、愛を込めて ―――――――
「うわ~すっげぇ!生チュー見ちゃった!」
「中谷ぃ~何で俺たちが隠れるの?あの人たち誰?」
「黙ってろってヴォラク、ばれちゃうだろ」
「ぶー……早くキャッチボールしようよぉ~」
ここまで読んでくださってありがとうございます^^
2人に幸あれ。