17 苛立ちは募る
あれから1週間以上が過ぎたけど、倉田さんは未だに学校に馴染んだ様子はない。
よく早退をし、石原達は心配してたけど話しかけてもビビるばかりで話しにならないらしい。
そんな倉田さんに俺は次第に苛立ちを感じていた。
17 苛立ちは募る
倉田さんも少しは周りになじもうとしないのか。確かに前の環境を考えると外に出るのは怖いかもしれない。
だけど話しかけてる相手にあんな反応はない。
俯いて返事もしないで、ただ困ったような顔をして……石原の友達もからかうのを止めて困り果てている。
次第には会話がないって言って違う所に行ってしまった。
それを悲しそうに倉田さんは視線だけで追いかけてるけど、自らアクションは起こさない。
その癖に……
「お、おはよう」
「……おはよう」
俺には声をかけてくるんだから不思議だ。
まぁ俺は倉田さんが二重人格だったって事を知ってる、だから向こうも安心して声をかけてくるんだろうけど、ハッキリ言って倉田さんを見るのは俺がきつい。
姿かたちを幸に重ねてしまう。
今はまだ気持ちを整理できないから必要以上にかかわりたくない。
支えなきゃいけないってわかってるのに、それが上手くできない自分にも腹が立つし、それに全く気付かない倉田さんにも腹が立つ。
でも苛立った態度を見せて怖がらせるのは避けたい。だから普通に返せば倉田さんは安心したような顔をする。
「き、昨日何してた?」
「ずっとバイトだったな」
そうなんだ、そう言って笑った倉田さんは幸と同じだけど同じじゃない。
幸はこんな遠慮気味に笑ったりしない。もう少し小馬鹿にしたように笑うのに。今の倉田さんは愛想笑いを浮かべているだけ。
無理して会話探さなくてもいいよ。俺だって探すの疲れるんだから。
無くなってしまった会話に倉田さんは困った顔をしている。そんな顔をしたいのは俺なんだ、あんたじゃないだろ。
溜め息をついた俺に倉田さんは肩を震わせた。
昼休みの屋上は生徒が多いけど、授業がもうすぐ始まるから、今この屋上に生徒は俺たち以外いない。
もうこのままさぼっちまえ。そう思って横になった俺の側を倉田さんが離れる気配はない。
ここにいる気なんだろうか?
「もどんないの?」
「う、うん。もう少しここにいたいな……駄目、かな」
「駄目じゃないけど」
そう返せば嬉しそうに笑った。
そのまま何かの会話をする訳でもなく2人でボーっとする。授業開始のチャイムが鳴り、俺と倉田さんは完全なサボリに突入した。
倉田さんはボーっと屋上からの景色を見ながらポツリと呟いた。
「この間からね、幸と話ができないの?」
「……」
「ずっと話しかけても返事をしてくれない。もういなくなっちゃったのかな」
そんなの俺が知る訳ないじゃないか。
俺にそんな事を言ってくるなんてどういう神経してるんだ。俺が幸の事を好きだって事を倉田さんは知ってるはずなのに。
悪気がないのか知らないけど、倉田さんはポツポツと声を出す。
「幸はあたしを怒ってきた。すごく怖かった……あたしはまだ外の世界に出る勇気がないの」
「は?」
「だから話しかけて元の暗い世界に戻りたいのに、返事をしてくれない」
何が言いたいんだ?外の世界に出たくない?幸がどんな気持ちで倉田さんに体を譲ったと思ってるんだ?
あんなに消えたくないと泣き叫んでいた幸が消えて、外の世界に出たくないって言ってる倉田さんが外の世界に出てくる。
そんなのおかしいじゃないか?なんで?倉田さんが1番最初の人格だからか?幸が後からできた人格だからか?
後とか前とか、そんなのが本人格と別人格を分けるのか?
消えたいって言ってる奴を本人格にして、生きたいって言ってる奴を別人格として消滅させなきゃいけないのか?
俺と幸がどれだけ受け入れがたいと言うのが分かってないのか?2人で泣いて約束までして、必死になってきた物をあっさり奪っていったくせに、そんな弱音を吐く。
そんな奴のために俺たちは!!
握り締めた拳が痛みに悲鳴を上げている。
そんな俺の気持ちに気付かないのか、倉田さんはまだ自分の思いを打ち明けて行く。
生きるのが怖いとか、周りに馴染めないとか、いつの間にか周りが変わってしまったとか。そんな事ばかり。
自分を嘆くばかり。
幼いころに幸を作り出して、怖い世界から逃げるために幸を表の世界に押し出して隠れておいて、周りの世界が変わってしまったと嘆く。
周りは皆気を使ってるじゃないか!
石原達だって倉田さんに今でも話しかけてるじゃないか!それに返事もしない癖に周りに馴染めないってあるか?努力しないからじゃないか。
怖いのは分かる。数年ぶりに世界に出てきたんだ。でもあんたは周りに何を求めてるんだ?
どう動いてほしいんだ?
周りにばかり期待して自分が変わる事もない。そんな奴が嘆いてばかりいて誰が助けるって言うんだ!
幸は自分で行動を起こした。他人とかかわるのが怖くても頑張って今まで生きてきた。
なのに倉田さんは何もしないのに自分の不幸を嘆くばかりいる。
こんな奴のために何で幸は消えなきゃいけないんだ!何で俺たちの幸せを奪われなきゃいけないんだ!
そんなに籠っときたいなら籠っとけよ!幸を表に出せよ!
なんでっなんで……!
自然と涙がこぼれて落ちていたらしい俺に倉田さんは驚いていた。
何も分かってくれない倉田さんがむかつく。幸が消えたのに、幸のために生きる気のない倉田さんが憎い。
抑えたはずの声だったけど、口から出た声は思った以上にいら立ちを隠せない声になった。
「じゃあ戻れよ」
「え?」
「戻れよ。自分の中に、幸を表に出せばいいだろ」
「一之瀬、君……」
呆けている倉田さんに俺は胸の内に隠している想いを打ち明けた。
あんたはただ嘆いているだけだって。俺たちは2人で頑張ってきたのに、あんたは周りにばかり求めて自分の事は棚に上げる。
次第に声に抑えが利かなくなっていき、思い切り俺は辛辣な言葉を倉田さんに浴びせた。
「俺と幸がどんな思いでいたかあんたは知ってるのか?幸は消えたくないって泣いてたんだ。でも頑張ろうって2人で決めてたんだ。なのにあんたはそれをあっさり奪ったくせに他の奴にばっか変化を求めて、自分は変わろうとしない」
「……」
「石原達が話しかけてるのに倉田さん返事すらしないだろ。それなのに周りに馴染めないとか甘え過ぎなんじゃないのか?」
「だって……」
「俺は正直、こんなことになるなら、ずっと幸のままでいてほしかったよ」
倉田さんの目から涙が落ちる。
自分でも最低な男だと思う。倉田さんにとっては縋れる相手は事情を知ってる家族と俺しかいないのに、俺はそれを突き放そうとしてる。
でも倉田さんに関わりたくなかった。
憎かったんだ。俺から大切な幸を奪ったこの子が……憎かった。
憎しみに染まる月曜日、
君の流した涙なんて見向きもしなかった。