15 受け入れる覚悟はできてたのに
「すっごく楽しかった!」
「良かったな」
ルンルン気分でディズニーから出た幸の顔を本当に楽しそうだった。
エレクトリカルパレードも終わってグッズを買うために買い物して、そしてディズニーも閉園。
ギリギリまでいた人たちも皆、駅に向かって歩き出す。
今の時刻は午後の10時。このまままっすぐ帰ったら11時前にはつくだろう。
でもエレクトリカルパレードを見るために最前列に初めから席を取ってたから夕飯を食べてない。
俺と幸は軽くマックかどっかで飯を食って帰る事にした。
電車はすごい人で入るのもやっとの状態だ。
これで東京駅まで行くのはしんどいな……葛西あたりで皆降りてくんないかな。
でも駅に到着する度に少しずつ人が降りて行き、東京駅に着く頃にはある程度のスペースを確保できていた。
降りた俺たちは駅の中にあるマックで一休みしてお互い家に帰る。
近くに止めたチャリの後ろに幸を乗せ、いつもの見慣れた道を漕いで帰る。
これから新学期までは休みだ。バイトで忙しいから幸とは会えないけど連絡を取り合うから大丈夫。
いつもの道を曲がり、幸の家の前まで送った。
そして幸を下して帰ろうとした俺の服の袖を幸が引っ張った。
「春哉、ありがとう」
「俺こそめっちゃ楽しかった」
「あたし絶対に忘れないから。ありがとう」
幸が本当に嬉しそうにしてくれた。それだけで満足だ。
幸が服の袖をはなして家に入っていく姿を確認して俺も家に向かってチャリを動かした。
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家に帰った俺をお袋が出迎えてくれた。父さんは今風呂に入ってるんだそうだ。
最近お袋の状態は前に比べてかなり良くなった。
外にも出れるしテレビも見れる。まだ薬は飲んでるけど、でもだいぶ前のお袋に近づいた気がする。
本人も働く気力がわいてきたらしく、もう少ししたら職探しをしたいと言っていた。
後藤先生もそれに賛成している。社会に出るのはいいことだと。
少しずつ元の生活に戻ってるんだ。
お袋が働きだしたら、俺はバイトの数を少し減らそう。辞めるまではいかないけど。
あそこは中々居心地もいいし、時給も高いし小遣い稼ぎになるから。
お袋はソファに座ってテレビを眺めている。
その近くに腰をおろして鞄を床に置いた俺にお袋は声をかけてきた。
「幸ちゃん喜んでた?」
「すごく楽しそうにしてた。連れて行って良かったよ」
「そっか」
お袋は幸の事を知ってる。病院で何回か見た事があるらしい。
可愛い子がいるなぁと思ってたそうだ。そんな子と俺が付き合ってるのを驚いてたけど、でも幸を助けてあげてね、と言ってきた。
言われなくても分かってる。幸は俺が支えればいいんだ。周りが理解しなくても俺が理解してやればいい。
幸はこの間、もう1人の自分が目覚め始めてると言っていた。正直ショックだった。
でも俺が幸を支えればいいんだ。俺だけでも幸を理解してやるんだ。
今の幸ももう1人の幸も全部受け入れる。
それで幸が安心して笑ってくれるんなら、俺が頑張って理解すればいい。今日みたいに2人でどこかに出かけて、幸を幸せにできたらいいな。
あんなに楽しそうにしてくれるって思わなかった。本当に誘ってよかった。
また夏休み明けたらだけど、どこかに行きたいな。近場でも何でもいい。学校帰りでもいい。少し時間があったら2人で出かけたい。
「幸ちゃんね、前までは無表情で俯いてる姿しか見た事なかったの」
「お袋?」
「でもこの間はね、診察室から出てきた先生と楽しそうに話してた。幸ちゃんも少しずつ良くなってるのね」
「どうなんだろうな」
良くなってるって言うんだろうか。
本人格の幸が目覚めてるってのはいい事なんだろう。客観的に見たら。
でもそれは俺と幸ではいいと思えない。幸が奪われてしまう、そう感じてしまった。
考えた所で仕方ない。結局俺は何もできないんだから。
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それから暫くは毎日幸と連絡を取ってたけど、8月27から急に連絡を取れなくなってしまった。
いや、幸が返事を返してくれないのだ。
何回メールを送っても電話をしても返事を返してくれない。
何かあったんだろうか。不安になったけどどうする事も出来ない。でも母さんは病院で27日に幸を見たと言っていた。
じゃあ敢えて返してこないのかな。それもそれでショックだけど、何か危険な目に遭ってないって言うんならいいんだ。
気が向いたらメールをしてくれるだろう。
でも9月になって学校が始まってからも幸は来なかった。
風邪でもこじらせたんだろうか、9月2、3、4……時間が過ぎても幸は学校に来ない。
連絡しても返事をくれない。一体どうしたんだ?
不安になって石原に聞きに行ってみても、石原達も分からないって言っていた。
石原も藤田さんも石原の友達もメールを送ったりしてるらしいが、誰1人返事が返ってこないらしい。
そんな事ってあり得るのか?
俺だけならまだしも他の皆にも連絡を返さないのはさすがにおかしい。
「幸は何かあったのかな……事件に巻き込まれたとか!」
「いや、担任が倉田さんの家に行ったけど、倉田さんのお母さんが倉田さんは家にいるって言ったってさ。少し具合が悪いって言ってたみたいだけど……」
「でももう9月7日だぞ。そんな……」
でも幸のおばさんがそう言ってるんだ。事件に巻き込まれたとかじゃないんだろう。
じゃあ幸は本当に何してるんだ?
不安だけが胸の中によぎる。早く幸に会いたい。姿を確認したい。
9月の2週目も3週目も幸は来なかった。
そして9月も最後になるだろう4週目に初めて幸の姿を確認した。
学校帰りにお袋を迎えに行こうと病院に向かっている途中で後姿を発見したのだ。
それまで連絡も取れなかったけど、目の前を歩いている幸を発見した時、思わず走ってしまった。
「幸!」
そう言って肩をつかんだら、驚いたように肩をはねて恐る恐るこっちに振り返った。
その瞳には恐怖が宿っていた。
何かがおかしい。なんで幸はそんな目で俺を見るんだ?
何が何だか分からなくて首をかしげている俺に、幸は何かを話そうと口をパクパクしてる。
それをいつもの様に、幸が話しだすのを待っていたけど、幸はなかなか話そうとしなかった。
そのまま俯いて怯えてしまう。一体どうしたんだ?
「幸、どうしたんだ?どっか悪いのか?」
「……」
「なんでメール返してくれなかったんだ?石原達も送ってたみたいじゃん」
「……ご、めんなさい」
ポツリと小さな声で謝罪が聞こえた。
何で謝るくらいなら返してくれないんだろう。分からない、幸が何を考えてるのかが分からない。
訳が分からなくて、とにかく幸が何かを言ってくれなきゃ始まらなかったらから、俺はまた黙って待つことにした。
幸はもう逃げたいと言うオーラが出てたけど、ここで逃がす気はない。可哀想だけどな。
でもその時、幸が小さく声を出した。
「一之瀬、君」
「え?」
一之瀬?俺の事一之瀬って言った?
幸は俺の事春哉って呼ぶのに、なんで今一之瀬って言ったんだ?
何も言い返せない俺に幸は恐る恐る顔を上げた。その目は不安そうに揺れており、本当に俺の事に対しても怯えているようだ。
「ごめん、なさい……あたしは……」
「幸?」
嫌な予感がした。まさか幸は……でもこんな急にくるものなのか?
頭が真っ白になってうまく話せない。でも幸は何かを決意したように言葉を放った。
「ずっと幸の中から見てた。貴方が幸を大切に想ってたのも……ごめんなさい」
「嘘、だろ」
「あたしは倉田幸。貴方の知ってる幸が話してたもう1人のあたし」
俺の知ってる幸が眠った。じゃあもう1人の幸がこれからは表に出てくる。
全てが壊されたと思った。
目の前の幸は頭を下げて、逃げるように走っていってしまった。
残された俺はどうやっていいのか分からなかった。
全てが壊れた水曜日、
受け入れる覚悟はできてたのに、ショックを受けてる自分がいる。