トランプに転生してしまいました
特に痛みを覚えた訳でも無く、俺はある日前世普通の人間だったことを思い出した。
流れ来る記憶で頭痛を覚えたり高熱を出したりといったことも無い。
なぜなら、俺は今トランプだから。
いささかラノベも嗜んでいた俺、異世界転生だとか、人類外への転生も読者、視聴者として知っていたから、まぁそう言うこともあるのかなとは思う。思うのだが、これはひどく無いだろうか。
トランプ。
誰でも一度は触れたことのある、紙やプラスチックで出来た四種類数字の一を表すAから十三を表すKとゲームによって悪者にも切り札にも成るジョーカー合計五十三枚一組の遊戯用札。
それのスペードの8。それが俺だった。
普段俺は他のトランプ仲間と一緒に箱に入れられている。暗闇の中、じっとしていると意識が薄れてたぶん眠りについている。そして誰かが箱から取り出しシャッフルを始めると意識が戻る。あぁ今日はババ抜きかー、あ、今度はスピードですね。スピードってちょっと痛いんですけど。あぁ風圧で飛ばされて壁にぶつかっちゃった。
「痛っ」
「え」
俺は、俺の身体……いや、身体って言ってもトランプなんですけど。プラスチック製だからちょっと重いかもだけど、まぁその俺の下敷きになったトランプのスペードの7が痛みを訴えたのだ。
俺は自分以外に、他のカードに人格が有るとは思っていなかったから、凄く驚いてまじまじとスペードの7を凝視した。
「えっと、君も元人間? 」
「え? 君も人格があるんだ、嬉しいな! 僕スペードで人格あるの知ってるの他はAとQだよ」
スペード7の言葉に俺は驚く。人格を持っているカードは他にも居るってことだ。スペードでってわざわざ言うって事は他の種類のカードにも人格持ち……元人間が居るってことだ。もしかしたら五十三枚全てのカードが人格持ちかもしれない。うわ、ちょっと怖い。
「うげ」
「痛いっ」
ゲームの決着がついたのか小学生位の女の子が立ち上がって俺たちに近づき、むんずと掴んできた。もうちょっと丁寧に扱ってくれないかな、プラスチックとはいえ、折り曲げられたら背骨が痛い。いや、背骨なんてものは無いんだけど、感覚的にね。
女の子はそのあと俺たちを種類順、数字の並びに置き換えて箱にしまった。多分一緒に遊んでいた男の子だったらそのまま混ざった状態で裏表も関係なく箱に戻すんだけど。まぁ丁寧に戻してもらった関係で俺はスペードの7と重なって片付けられた。
「なぁ、まだ眠くなってないなら少し喋れないかな? 俺、他にも元人間が居ると思ってなかったから」
ぼそっと声をかけると半分眠っていたのかスペードの7が良いよと返事を返してきた。
それから俺はスペードの7と出来るだけいろんな話をした。
箱に入れられるとすぐ眠くなっちゃうから、毎回時間的には短かったけど。
お互いに人間だったころの記憶は朧気だ。人格はある。多分人間だった時の。性別はお互いに男。なんとなく社会人だったような気がするんだけど、スペードの7はそこら辺もぼんやりとしているらしい。
今日は神経衰弱。
俺はダイヤの8と重ねられて場から取られた。
「ハートの8が良かったのに、スペードなんて嫌だわ」
「え? あ、えっと君も人間?」
口ぶりから多分女と思わしきダイヤの8はぎろりと俺を睨んだ。嫌、目がある訳じゃないんだけど、まぁニュアンスでくみ取ってくれ。
「余りくっつかないでくれる? 私男って嫌いなの」
「そうは言っても自分で動けないし」
「使えないわね、少しだけ風を起こすから上体を反らして」
僅かな風が俺とダイヤの8の間を通り、がんばって身体を反らして彼女の上から外れることに成功した。
ゲームは膠着状態らしく、なかなかペアが出来ずに居るらしく、俺はダイヤの8に声をかけた。
「風を操れんの? 魔法? 」
「魔法なんてものじゃないけど、まぁ生活の知恵? トランプ生活も長いとね、色々出来るようになんのよ。久々に神経衰弱だからハートちゃんとくっつけると思ったのに、がっかり」
「えーっと女の人好きなんだぁ」
「女の人が好きなんじゃなくってハートの8ちゃんが好きなの。すっごく可愛いんだから、純粋で人を疑うことを知らないピュアな子なのよ、尊い! 分かる? 」
「う、うん、そう言う子は好きになっちゃうよねぇ」
「あぁ?薄汚い目でハートちゃんを見るんじゃないわよ? 」
「め、め、めっそうも無い」
「ふん! 」
めんどくせーなぁ。せっかく人格持ちと話が出来ると思ったのに。
少しため息をつきながら次々とペアになったカードが隣に置かれるのを眺めた。
「やっほ」
「あ、スペード7くん」
ダイヤの8が怖い感じだったので、スペード7のゆるーい感じがとっても和む。俺はへらりと笑顔を彼に向けた。
「ふふ」
ダイヤの8が横目で見ながら笑ったので俺は彼女のほうへ視線を向ける。
「なぁんだ、あんた彼のこと好きなのね、じゃあ私たち良い仲間になれそうね、ハートの8ちゃんにコナかけないなら良いわよ、仲良くしましょうね」
「はあ? 何いってんの、俺は別にスペード7くんのことっ」
「ふふ、全部言わなくったって良いわよ、ふふふ」
「いや、誤解だから、勘違いだよ? 」
「何なに? どったの? 彼女も人格持ちなんだ、よろしくねー」
「えぇよろしくね」
自分で風を起こしたのかスペード7君が身をよじって俺の上に乗ってきて、ダイヤの8に挨拶を始めた。近い近いっ、何てことでしょう。さっきのダイヤの8の発言で妙に意識向いてんのか、スペード7君の身体の重みを感じて恥ずかしい。
「やっぱりババ抜きか、神経衰弱だと高確率でハートの8ちゃんとペアになれるでしょ? お気に入りのゲームなの」
「へぇきゅんきゅんするねぇ、じゃあ今回スペードの8君で残念だったねぇ」
「本当よ、クラブの8ってどんな奴? 」
「いやー知らないなぁ喋ったこと無いし、ね、8君」
「あ、うん、そうだね」
ゲームが終わったのか女の子が箱を手に取ったのが見えた。
「残念、あの子が片付けるとハートの8ちゃんと近くにはなれないわ」
「うーん、切ない恋心だねぇいいねぇ」
俺は女の子の指が身体にかかるのを感じて俺はほっとした。
ダイヤの8の言葉に翻弄されてしまってこれ以上スペード7君の傍に居るのがなんだか心臓に負担が大きすぎる。いや心臓ないんですけどーって突っ込みは止めておこう。
「ほかのカードもどんどん人格出てきてるのかな、楽しみだねー8君」
何てことでしょう。
女の子が片付けたってことは俺の前にスペード7君が居て、きっちり密着してしまっている。
のんきにあくび交じりに喋るスペード7君に俺はぎこちなく相槌を打つしか無かった。
俺のトランプ人生、どうなるんでしょう? 誰か教えて!!