人身売買 ①
心地よいエンジン音とハンドリングで高速道路を飛ばす1台の車がある。
尾行確認の為、視認性のある道を走らせる目的で進むアマネは、後部座席にてお菓子と酒類の缶を開ける2人をミラー越しに見ていた。
「シゲがしくじるとは笑えるな。」
「いやいや、シゲさんの影響下が薄まれば縄張り争いが始まってしまう。これはなかなか面倒な事態だよ。」
「いいじゃないか。大人しくしているのは飽きただろ。私達もはしゃごうぜ。」
大人しく?誰が?と思うアマネは声には出さず運転をしながら後部座席の声に意識を向ける。
「まぁね〜。でも表立って動く大義がないからなぁ。本職の方々にご挨拶行くのも面倒だし・・・。」
ミラー越しに視線が合い、気まずさを覚えるアマネは弓のように目じりを下げたアンリの笑顔を見る。
「アマネさんをシゲさんの縄張りの正当な後継者にしようか。」
「ザキさんっ!??」
「お、いいなそれ。お前も人の下でセコセコ動くの嫌だろ。」
「サラさん!!?」
ハッハッハ。と笑う2人に、待って待って。と慌てて声を飛ばすアマネは焦りから運転が荒くなるのを自覚し落ち着くように深呼吸を繰り返す。
「まぁまぁそう慌てなくて大丈夫。俺達もサポートするし。」
「いえ、そうじゃなくて・・・。」
「落ち着けアマネ。私達もずっとこの地にいるって訳じゃない。組織運営をある程度軌道に乗せたら誰かに任せるつもりだった。それがお前になっただけさ。」
「そうそう、俺達はここにバカンスに来てるだけの余所者だからね。」
シートを倒し伸びをするアンリは、フロントガラスに映る大型SAの標識を指差し言葉を続ける。
「寄ろうか。人探しと次の仕事の説明をするよ。」
「は、はい・・・。」
500m先を示す標識に従い左車線に移動したアマネは、仕事前の緊張に喉を鳴らした。
SAの外れに駐車したアマネは。買い物に向かったサラを見送ると後部座席でスマホをイジるアンリの横に移動する。
少し昔耳にした音楽を鼻歌にスマホをイジっていたアンリが操作を一通り終え、差し出されたスマホを受け取ると画面には見知らぬ名前のアイコンとSNSがあった。
「Twitter・・・今はXでしたか。」
「そうそう、知らない内に変わっててびっくりしたよ。企業改革とはいえ馴染んだ通称を捨てる決断にはCEOの勇気と剛腕を感じるね。」
どうでもいいけど。と笑うアンリはアイコン上部に固定した欄を示す。
そこには3ヶ月程前に暴漢に襲われた説明と助けてくれた人を探す文がつらつらと書かれていた。
「ザキさんを襲う人なんていないですよね?」
「かけ子を炙り出す創作文だよ。
後は落とし物の財布が遺失届期間が過ぎて手元に戻ってきた事、そして健康保険証にあった住所に行くも引っ越したのか会えなかったって設定でネットに名前を開示する。
人違いの線を少なくする為にかけ子君の外見も記すから教えて。」
記憶を手繰るアマネの言葉を文字に落とし込みポストしたアンリは、全体を一から見直し問題ない事を確かめ頷く。
「とりあえずこれで様子見かな。」
「こんな適当で情報集まるんですか?」
「集まる集まる。人を動かすに正確なシナリオは必要無いんだ。
むしろ正しい行為って建前が一番効く。暴漢の被害者が恩人を探すその助太刀はまさしく正義だからね。」
ほら、と通知が鳴ったスマホを見ると拡散と応援が書き込まれている。
「今見ている情報の先にいるのは誰なのか、真実か?目的は?と、生きていく上で必要な生存本能がネット上だと容易く消える。
ふふ、ネットも現実も境目なんて無いのに匿名性がそう勘違いさせるのか、物事に関して雄弁にそして活動的になる傾向があるのがネットの怖い所。
そこに正義や善って立場を与えれば勝手に動いてくれる人々が集まるんだよ。」
「さ、流石・・・それが環境保護の名目でテロリストを生産している手腕ですか。」
「まぁね。正義って建前は人を狂わせるし麻痺させる。警察のお仕事を見ればよく分かるだろ?
未然に防げた事件は当たり前として報道も称賛もされず、起きた事件にだけ手緩いとか、怠慢とか悪態も暴言も浴び、有事の際には命を懸けた行動を強いられるのに普段はろくに休めず、恨まれ、忌避される業務を公務員の給料でやってるんだ。正気でいられる筈がない。」
なんて可哀想な人達、と目元を抑える姿に半目を向けていたアマネは、通知が止まらなくなったスマホに視線を落とし慌ててふためく。
その様子にハンカチで涙を拭い、鼻を啜ったアンリは自身のスマホを取り出すと幾つか手順を踏まえあるデータを送る。
「送ったデータをインストールすれば後はAIに任せられるよ。」
「は、はい・・・因みにどんなプログラミングですか?」
「チャットGDPで作っただけの簡単なものさ。
アカウントに沿った口調の指示と当たり障りのない返信を個別事に10分〜半日間隔で行う事、後は批判的な言動を自動でブロックだね。」
「ブロックしていいんですか?情報持っているかもしれませんよ?」
「誹謗中傷してるだけの暇人になんの価値があるんだよ。
知識も経験も実績も無い。そんな人生しか歩んでいないから他人を容易く貶める発言をし、その代償を理解出来ない。特にネット関連は時間さえかければ誰でも容易く身元の特定が出来るってわかっている筈なのに止められない異常者だよ?
嫌なら見ない、聞かない、相手にしない。そんな簡単な自己防衛すら出来ない人は相手にするだけリソースの無駄。だからブロックしていいの。」
ストレス無い世界は自分で作らなきゃね。と破顔し話す姿に、強いなぁ。と素直に思うアマネはスマホを返す。
「かけ子探しはわかりました。次の仕事について伺ってもよろしいですか?」
「仕事熱心でいいね。まぁ簡単な仕事だから気負わなくて良いよ。」
スマホを操作し写真を画面に写したアンリはそれをアマネに見せ続ける。
「自殺志願者との接触をその人、陳さんと共同でやってもらう。」
「チ、チェンさん?中国の方ですか?」
「うん。元々歌舞伎町周辺にいたチャイナマフィアの死体処理員だったらしいよ。
ほら、あのへん暴対法で本職の方々の影響力が減ったから海外マフィアが台頭してるでしょ。ある種の宗教戦争というか代理戦争というか・・・その勢力図の変化と抗争に嫌気がさして組織の解体と同時に避難してきた人。」
目立つ入墨と眼光が特徴の中年の男性の写真を何度も見て喉を鳴らす。
「ザキさん達は・・・一緒に?」
「行かない行かない。陳さんはその分野の職人だから邪魔になるし。」
「あ、あの。私日本語しか喋れないんですけど。」
「陳さんは来日して長いから言葉は大丈夫だよ。後、困ったら翻訳アプリを使いなさい。それさえあれば余裕余裕。」
ハッハッハ。と笑うアンリは不安気な表情のアマネに首を傾げ数秒考えてから頷く。
「陳さんは大連市の出身だよ。心配いらない。」
「大連市?」
「あ〜知らないのか・・・今は無くなったけど大連市には人間の死体を剥製にして展覧会用に貸し出しや販売していた会社があったんだよ。
前職なのか親族、友人かはしらないがその会社に関わっていたらしくプラスティネーションの手法も薬剤の知識も備えた優秀な処理業者さんだ。
ただ遺棄するだけの俺等と違って死体関連の扱いはプロだから安心して指示に従いなさい。」
全然安心出来ないんですけど!?と内心で思うが言葉にできないアマネは乾いた笑いを作り場を誤魔化した。