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興行後

古びた石油ストーブの上で熱されたやかんからふつふつと立ち上る湯気を見ていたアマネは、白い息をこぼしながらコートの襟を正し室内を見渡した。


座るソファは所々ホツレや破損を隠すようガムテープによる補修を受け、壁紙や電光灯の曇りが長い築年数を実感させる待合室だ。


顔を前に向ければ受付とその横に診療所へ繋ぐ扉があり、診療科目を記す歯医者のプレートがかけられていた。


「ドラマの闇医者ってこんなだったなぁ。」

「ハッハッハ失礼な嬢ちゃんだな。」


診療所を繋ぐ扉が開かれ初老少し前位の男が笑い声をあげ、その姿にアワアワと手振りで否定を形作ったアマネは頭を下げた。


「す、す、すいません〜。」

「いいさいいさ、クソガキの所に礼儀なんざ求めちゃいないからな。」


ツカツカ、とアマネの前まで進んだ男は軽く会釈をする。


「神崎の所から金借りた結果良いように使われてる染島だ。笑っていいぞ。」

「いえいえそんな、もう・・・幾ら借りたんです?」

「3千万程だ。

同業者が多すぎる上、馴染みの患者様も次々と鬼籍や施設にと上手く経営出来なくなってきてな・・・歯医者なんざやるんじゃなかった。」


ハッハッハと笑う染島は奥の診療室を示し言葉を続ける。


「運びこまれた平木だったか?裂傷の縫合と捻挫患部の固定は済ませたから麻酔が切れる前に回収してくれ。

抗生物質やら薬も用意してあるから忘れずにな。」

「ありがとうございます。やっぱり闇医者みたいですね。」

「ん〜勘違いせんよう教えとくがな。応召義務がある日本で闇医者なんざおらんおらん。

反社だろうと金をもっている奴等は個室でのんびり最先端治療を受けられるご時世だぞ?

なぁんでそれより劣る医療設備しか持てない個人医を囲い込む必要がある?ないだろ?」


それは確かに、と苦笑したアマネは、でも、と首を傾げた。


「ならなんでザキさんは染島さんに貸したんだろう?」

「まぁ、ウチん所を介して医療器具や麻酔薬、抗生物質は横流しできるからだな。

今や患者よりそっちの裏帳簿でこの診療所はもっとる位よ。」


サムズアップした笑顔の染島は出入り口に顔を向け首を傾げる。


「クソガキは車か?ったく嬢ちゃんだけで運べんだろうに。アレが怖いなら俺から来るよう言ってやろうか?」

「あ、いえいえ今日はザキさんいないんです。代わりに部下を呼んでまして・・・。」


入口のドアから符号通りのノック音が聞こえ顔を見合わせる。


「来たようだが・・・嬢ちゃん、使いっ走りじゃなかったのか。」

「い、一応幹部待遇です。はい・・・見えないですよね?」

「見えんなぁ。だが厄介な悪党ってのは判りづらい風貌してるもんだ。そういう意味ではクソガキ同様優秀なクズってことだろう。」


破顔した笑みで皺を深く刻んだ染島はアマネの肩を叩き診療室へ踵を返す。


「部下と仕事頑張んな。診療代の払いは月末に纏めて頼むな。」

「了解です。ザキさんに伝えときます。」


染島が扉の向こうへ消えた事を確認してから山崎達が待つ扉を開き室内へ招いた。






濡れた床とホルマリンの臭いが立ち込める地下室は今日も換気扇の音に支配されている。

死臭と臓物から生じる排泄物等の臭気に交じり薬剤の鼻のつく臭いを緩和する為だ。


その地下室への扉前に立つケンは薬物扱い用のマスクを位置を直しながら衣服への臭い移りは避けられないだろうな。と思い顔を顰めている。


久しぶりに来たけど相変わらずやばい部屋だなぁ。コートだけでも預けといて良かった。


室内中央の手術台風の台座には何も無い空間だが、死体から漏れ出た体液や薬剤の掃除跡のこびりつきが夥しい数を彷彿させ、オカルトを信じないケンですら直視する事を避ける程の異質さを醸し出していた。


うーん、お祓い代は経費になるかボスに頼んでみようかなぁ。

その時はきーちゃん、陳さんと助手さんも誘って温泉旅行だな。


脳内で候補地を幾つか浮かべていると台座を挟んだ奥の磨りガラス扉が開き、全身防護服の陳が顔を出した。


「ホルマリン処置始めたよ。後は棒で回しながら沈めたりするのに時間がかかるからケンは帰って良いよ。」

「了解〜作業は助手さんがやるの?」

「そうよ。まだアレに販売用デザインの策定は任せられないね。」


台座の横に作業に使う器具を並べたトレーを用意する陳は動かないケンに振り返る。


「どした?臓腑の摘出やりたいか?」

「勘弁してよ陳さん。疑問があるんだけど・・・顧客情報って流してくれる?」

「・・・。」


マスクにより表情は見えないが警戒心を高めた雰囲気に慌てて宥めるように手を振るケンは言葉を続ける。


「ちょっと思っただけで無理ならいいんだ。でも今回の死体は俺の業務にも関わるからさ。」

「・・・。」

「陳さんの作品って年何個位売れるの?ほら、これから毎月死体が流れてくるのに買い手がいないんじゃ倉庫に溢れちゃうじゃない。」

「心配ないね。神崎から大口の顧客紹介されたよ。」


ボスからかぁ、と呟いたケンは少し前に神崎が東京で揉めた際の遺体を思い出す。


あの時も損壊の酷い死体を買い取ったって聞いたなぁ。

でも国内の死体収集家はそれほど多くない、特に彼等の好みは損壊の少ない見栄麗しい若い女や、希少性のある疾患持ちや死ぬ経緯が鑑賞に値するテーマ性ある素体といった所謂レア個体のみ欲している。


だから、と思考を纏め疑問を言葉にする。


「・・・ねぇ陳さん興行の敗者死体を定期購入って怪しくない?」

「そうね、ただ12 体分前金もらってるよ。金銀宝飾品で一括払いね。」

「現金や暗号通貨じゃないんだ・・・海外発送?」


肩を竦めた陳はトレーを置き、上階に向かうよう顎で示し言う。


「神崎探る良くないよ。アレが身内でも手を下す人間わかってるか?」

「・・・だね。」

「危険巻き込まないでほしいね。何かあったら迷わず売るよ。」

「ごめんごめん。最近石田さんもボスのこと探ってるみたいで気になったんだよ。

でも止めとくよ。そこの台座に乗る羽目になるのはごめんだからね。」


上階と更衣室に続く扉を開けたケンは続く陳が通り過ぎてから扉を閉める。


神崎夫妻にラズさん・・・彼等の謎に惹かれる気持ちもあるけどこれ以上は気付かれるか。

石田さんに協力するか、アマネちゃんを利用すればもう少し踏み込める気もするけど・・・。


階段を登りきり振り返る陳の目が疑惑と懸念の色を帯びている事を見て肩を竦めた。


警戒されてるなぁ。これは陳さんの取り込みは無理っぽい。で、何か問題あったら躊躇なく俺を売るかぁ。

その前に陳さんを始末すると今後の死体処理が困るし組織の掃除屋が消えたとあればボスも動きだす・・・うん、無理だね。


疑いの目を向けている陳に笑顔を向けたケンは考えを纏め終えると手を軽く振りながら言葉を作る。


「大丈夫大丈夫、俺だって領分は弁えてるって。」

「大人しくしてるが良いよ。これ忠告ね。」

「まぁ今回の興行で外部勢力からコンタクト増えそうだし大人しくするよ。陳さんも暫くは潜伏でしょ?」


マスクや防護服を脱ぎながら鏡前で衣服の乱れを直す陳は頷く。


「縄張り管理はアマネの仕事、こっち関係ないね。」

「そりゃそうだ。アマネちゃんは暫くてんてこ舞いだろうから潜伏ついでに旅行でもどう?

ボスには次の興行までお祓い兼ねた慰安旅行申請するからさ。」

「・・・温泉付きの宿必須ね。今回の仕事終わった後合流するよ。」


オッケー。とサムズアップしたケンは興行後の雑務を全てアマネに放り投げる事に決め、旅行先の候補地選定に気持ちを切り替える事にした。

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