興行
耳障りなブザー音と共に四肢を拘束していた器具が解かれた感覚に跳ねるように立ち上がった平木は、視界を覆っていたビニール袋を外し息苦しさからの解放とおかれた環境の確認に視線を回していく。
見知らぬ部屋・・・正面には知らん男、俺より少し若いか?
向かいの男もゆっくりと現状を把握する為に彷徨わせていた視線が自身で止まり、ゆるく重心を下した事で臨戦態勢と判断した平木は勢いのまま雄たけびをあげ距離を詰めた。
向こうがやる気なら会話はしねぇ!!
平木はここに連れてこられるまでに聞いた見世物としての戦いの意味を完全に理解していた訳ではない。
だが昨夜までの強制労働による過度なストレスにより感情が荒れていた事。
反抗心すら起きなかった疲れがメタンフェタミンの薬理効果で感じ取れなくなった事。
そしてムードラと合わせる事で高まる高揚感が他者を攻撃する生来の気質と重なり躊躇を消し飛ばした。
血走った目で駆け出した平木は、拉致された当初の脂肪に覆われた皮膚がダブついていた身体は過酷な強制労働により見違えるほど絞られ、学生時代と変わらない機敏な動きを可能としていた。
勢いだ!考えてもわからない状況なら今はただ勢いに任せる!!その後の事なぞ知るか!!?
駆けた先、動線上にある花瓶を手にすると走る勢いを付け投擲する事で牽制とし、相手が何かしらの武器を手にする前に優位に立とうと決めタックルを敢行した。
投擲された花瓶を避けようと頭を下げ庇うように両手を上げた男、澤村は過去に自身が行ってきたぶつかりを返されたかのような強い衝撃に背中から倒れ、荒い息を間近に感じた。
「ってぇなぁ!どけぼけが!?」
暴言の返答代わりに振るわれた拳により鼻が折れ、横溢した血と鉄の臭いに、あ?と声を洩らし、追撃を避けようと相手にしがみついた。
「待て!待って!!待ってくれ!?何が何だかわからねぇんだっ!!」
「俺だってわからねぇよっ!!?」
クリンチ気味に押し付けられた澤村の髪を掴み引き剥がした平木は、会話を続ける事で生じる情を恐れ拳を振るう。
わからねぇ!どうすれば終わるのか、どうすれば出れるのか、何もわからねぇが痛い目に合うのは俺以外がいい事だけはわかっている。
フック気味の右拳を3度振るった際に、殴り慣れていない為皮膚が剥け血が滲み、手首を捻挫したのかメタンフェタミンで鈍らせた痛覚に軋みを覚えた。
フー、フー、フー、と荒れた息を整え、軋みを庇うように右手首を支えた瞬間、左腕に強烈な違和感と赤の色を見た。
「お、裂いたな。やっとやる気になったか?」
ソファに沈ませた身体を起こした土屋は、カメラを操作しながらスクリーン近くに立つ中村に声をかける。
「馬鹿が投じた花瓶の破片だよな?」
「みたいっすね。喉か腕内側なら失血死も狙えたってのに素人が。」
「覚悟ガンギマリなのは平木の方だったか。素人同士のじゃれ合いは読めねぇなぁ。」
ハッハッハ、と笑う土屋は起こした身体を再び沈ませ賭博画面の配当割合を見る。
まぁ初回とあって見物客は探り探りで拮抗気味だわな。
この興行が面白くなるのは一度殺し合いの経験を積んだ者同士の戦いからってな。
その賭博は今とは比較にならない程熱を帯びた興行になる確信から観覧権を得られた幸運を思う。
つーかうちに粉かけてきてるゴミ共を神崎に売れるか?
ゴミ共の処分も出来、興行が盛況なら観覧して楽しい。一石二鳥とはこの事よ。
止まらない血に逆上するのではなく飛び退いてしまった平木と、立ち上がり震える手で花瓶の破片を前に構えた澤村を見ながら次のフェーズに移ったな。と思いながら先を思う。
この興行をどれだけの奴等が観てるかは知らないが、俺のように組織に粉かけてきた馬鹿共の処分場にしたい奴等はいる筈だ。
となれば明日にも神崎への接触をはかるフットワークの軽い奴等が県内に現れるだろう。
そいつらが神崎を誘き出そうと無茶しなけりゃいいが・・・まぁやるだろうな。
そもそも神崎は自己顕示力高めに大っぴらに活動するタイプじゃない。
不必要な揉め事は避ける上、構成員も不明瞭な組織運営をしている反社のボスとあって直接コンタクトを取れる人間は数える程しかいない。
となればどうにか接点を持ちたい馬鹿共が問題を起こす原因になるだろうな。
「・・・面倒が増えそうだ。」
「土屋君?」
「あ〜、読み通りならしばらくは荒れそうだ。何処と揉めるかわかんねぇからな。下のモンにわんぱくな行動させんなよ。」
奇声と共に花瓶の破片を振り回し始めた澤村に対し、手当たり次第に手近な物をぶつけ機会を伺う平木は1分に満たない時間だが停滞を招いていた。
「ヤンチャ盛りな武闘派共にも声かけといてくれ。」
「っす。勝手した馬鹿出たらシメときます。」
「やりすぎんなよ。神崎と揉めた時からサツの監視も増してんだ。」
「っす。土屋君に迷惑かけんので任せて下さい。」
土屋と中村は出血による焦りと場の流れを引き戻そうとする平木の怒声に似た咆哮にスクリーンに視線を向けた。
メタンフェタミンの薬理効果により痛覚が鈍っている事も後押しとした平木はボールペンのノック部を親指で固定しグリップ部位を逆手に握り構える。
一撃、一撃は受けていい。
陶器製の厚みのある花瓶の破片では致命傷となるような深い裂傷は難しい筈・・・そして俺は喧嘩の素人、無傷で切り抜けられるような経験も訓練した事がない。
だからこそ一撃は許容しなくてはこちらの一刺し出来る範囲まで接近できないのだ。
睨むように相手を見ると咆哮にビビったのか後退気味の姿勢で困惑と恐怖が入り混じる表情の澤村がいる。
まだ現状が掴めず、どうにかならないかと思案しているこの時間に決めなくてはならない。
なぜならもう数分もすれば奴も覚悟を決める予感があるからだ。
ボールペンを握り浅く掲げる事で不用意なタイミングでの仕掛けてこないよう牽制を兼ね相手に見せる。
奴は俺と同じ屑だ。なら他責思考になることは間違いない。この腕の傷を正当防衛とし、これ以上の負傷をしない理由付けが終われば行動に躊躇はなくなるだろう。その前に殺すか致命傷を与え優位を確定しなければ非常に面倒なことになってしまう。
思考を進める度に胸の奥で生じる倫理感や直接手を下すことへの躊躇いと嫌悪を振り払う為に平木は駆け出した。
パチパチパチとスピーカーから届くまばらな拍手は数秒事に重なり喝采となって平木に降り注いでいた。
その拍手と決着を告げるMCの陽気な声に我に返った平木は返り血に顔と上半身を赤く染めた自身と痙攣と血泡を口から漏らす澤村を押さえつけていた両手に気づき後ずさるように距離を置く。
強く掴んでいたのか左手には抜けた澤村の髪が呪いのように絡みつき眼球に突き立つボールペンがお前に殺されたのだと強く訴えかけていた。
「ち、ちが・・・だってやらなきゃ・・・俺が・・・。」
先ほどまでの体を支配していた高揚感も激情も急速に冷めていき、言い訳にならない言葉を口から漏らした平木はストレスと疲労、麻薬の薬理反応から意識を手放した。
倒れた二人をよそにMCを続けるケンの声により興行の終了と配当受け渡し日、そして次回の予定が伝えれていく。




