人探し ①
穏やかな陽気と風が空を満たし初夏を感じさせる季節。
晴れやかな空と広がる景観が広がる高層マンションの一室にて直立不動で待機するアマネは、ソファーに寝そべるアンリとだらけたように重心を背凭れに預ける斉村を交互に見る。
重苦しい緊張感から喉を鳴らしかけるが、それが契機になるのでは?と思うと肉体の反射運動すら抑えつけ我慢する。
「ヘマをした・・・か。かけ子を逃がすなんてらしくないよシゲさん。」
「そうだね。何を言われても仕方ない醜態さ。」
2人を挟みある机に広がる写真と経歴書に手を伸ばしたアンリは、改めて目を通しふむ、と頷く。
「かけ子ってのはなかなかハードな仕事なんだろ?
1日300件位電話するし、本人がアホ過ぎると相手を騙せないからそこそこの知性も必要。
やっぱ国内で運用するのは厳しいんじゃない?」
「海外拠点を構築中だったんだ。警察に賄賂が通じる東南アジアにマンションだって借りていたさ。」
あらら。と声を洩らしたアンリは苦笑する。
かけ子を上手く活用させる最善の環境は、英語が出来ず言われた事を従順にこなすだけのマニュアル人間を集め、海外拠点の一室にパスポートを取り上げた上で働かせる事だ。
そうする事で、言語能力不足から容易に逃げられず、犯罪行為をしている負い目から日本の身内や大使館に助けを求める事が出来ない状態にさせる。
この例としては、比較的日本人が観光に訪れやすい国に拠点を作り、海外旅行で浮かれた観光客に声をかけ英語能力が低い事を確かめた後に仕事場に連れていき、スマホとパスポートを没収して働かせる手法は、過去に摘発された犯罪組織の手法であり、おそらく今も使われている筈だ。
斉村はそんな海外拠点を構築しようとし、完了間際の油断から引き締めを怠ってしまったのだと思う。
残念な事だ。と苦笑し、未来について話さなくては、と気持ちを切り替える。
「オーライ。済んだ事を咎めるのは良くないね。それで?俺に何をしろと?」
「アンリさんならこのゴミを捕まえられる?」
「やろうと思えば、だけどオススメはしないよ。
逃亡中にここの情報を誰かに話していたら捕まえた所で厳しい状況は変わらない。
むしろ時間を浪費する事で特殊詐欺組織運営として致命傷となるかもしれない。」
「ならやはり俺達は一度身を隠し、場合によっては拠点を海外に移す事にするよ。
だけどナメられたままって訳にはいかない。わかるだろ。」
ポリポリと頬を掻き逃亡したかけ子の写真と住んでいた住所や友人、家族構成等の欄を見る。
「アマネさんは引き上げ?」
「貴方が受けてくれるならアマネを通じて成果を送ってくれれば良い。見せしめを兼ねた手法を期待する。」
「生きたまま会いたいなら四肢を砕いてからコンテナに詰めて発送、バラして良いならホルマリン漬けで各部位別に発送するよ。」
「ありがとう。アンリさんに依頼してよかった。」
柔和に微笑んだ斉村は通帳と印鑑、暗証番号の印されたカードを机に置く。
「前払いで渡しておこう。勿論私的口座として使ってくれても構わない。」
「オッケー。後、組織再建するなら次は、時代に合わせて手法も用意もアップデートする詐欺マニュアルの制作者とそれを噛み砕いて伝えられる中間管理職を置きなよ。
他人に知性を期待するよりはその方がずっと安心出来る筈さ。」
「そうだね。彼等も同じ人間と思っていたんだけど・・・やはり駄目だね。」
「学歴だけの馬鹿も、陰謀論とネットにしがみついた偏向主義者も、年齢は年を跨ぐ事に減る資産と理解していない怠惰主義者もこの国では人間として生きていられる程優しく体制が整っている。
でもこの業界では見た目は同じでも利用用途がないゴミまで人間扱いするのは博愛主義が過ぎると思わないか。」
手厳しい話だ。と苦笑した斉村は直立不動で待機するアマネに顔を向ける。
「引き続きアンリさんの下で励むように。連絡は自動消去される匿名アプリを用いて行う。いいね?」
「はい!」
「うん。しばらくは大変だろうが地下潜伏するよりはずっと楽さ。」
ハッハッハ。と笑うアンリは鞄から設計図コードの書かれた紙と軽自動車の写真を渡す。
「友人の旅立ちなら選別にこれをあげよう。いざって時に役立ててくれ。」
「これは・・・?」
「在日米軍というよりNCISが国内活動を行う際に使う1つの車の写真とそのナンバーの3Dプリンターデータだよ。
このナンバーだと多少無茶をしても米軍と揉めたくない警察組織は放尾してくれる。」
「アンリさん!貴方は本当に何処に出しても恥ずかしい悪党だな!ありがとう!!」
「とっておきだから多様したり、全く異なる車に張って怪しまれないでね。後、軽自動車なのはナンバー封印なしで活用出来るようにって配慮だから文句は受け付けません。」
両手で✕を作るアンリの肩を強く叩いた斉村は一度深く頭を下げる。
人間性に褒められた所はないがなんとも頼もしい人だ。
そして、この情報は彼の人脈の広さの一端でもあるか・・・在日米軍の末端員は万年金欠だと聞く。お小遣いでもやって手懐けているのだろう。
「悪党だなぁ本当に。」
「世話になっている組織は海外活動中心だからね。そっち方面のノウハウも伝手も容易だっただけだよ。」
「ふふ、いつか貴方のボスに会うことがあれば礼を言わなくては。」
通帳と書類を鞄に収め立ち上がったアンリは一度会釈をする。
「ではお元気で。捕まえたら一度連絡するけど期限は長めに見といてくれ。」
「構わないよ。貴方達夫妻が動いた。それだけで見せしめにも見聞にも十分だ。」
「何処にでもいる小悪党に大袈裟だなぁ。」
アマネと共に扉に向かうその背を見送った斉村は大きく息を吐く。
クソ、積み上げた実績も影響力もゴミ1人の愚行でおじゃんだ。
配下の管理すら出来ないと判断されたら上からどんな制裁がくるか・・・いや、そもそも再起出来るか?
失敗した者は安く、なにより軽く見られるのがこの業界。今までとは勝手が違うだろうな。
髪を掻き毟り湧き上がる怒りを堪えた斉村は立ち上がる。
「撤収を急ぐかぁ。」
スマホを片手に引き払う順番とルート、仮拠点の策定を進めていく。
後部座席の車窓から流れゆく街並を横目にするアンリは、鞄から取り出した書類を手にかけ子の情報を頭に入れていく。
紙を捲り所々にメモをしながらスマホの地図と照らし合わせため息を溢す。
「アマネさんはこのお馬鹿さんは知り合い?」
「いえ、彼は、その・・・あまり要領が良くなかったので。」
「掃き溜めのようなこの業界でもさらに使えない・・・か。ならおっかない教育がされたんじゃない?」
「ノルマ未達成でもそこまでではなかった筈ですが・・・。」
「シゲさんは優しいなぁ。」
苦笑したアンリがスマホを片手にSNSのプロフを鼻歌交じりに作成する姿をミラー越しに確認したアマネは伺う言葉を作る。
「見つけられますか?」
「俺はとある理由で勘が冴えているから見つけるだけなら訳ないさ。でもそれだと再現性が無い。
今回はアマネさんの教育もあるからキチンと手順を踏んで探そうと思う。」
「手順ですか・・・。」
うん。と頷いたアンリは、スマホに届いたサラからの連絡を確認し言う。
「サラが起きたから合流してから教えるよ。セーフハウス近くのコンビニに行ってくれ。」
意味がわからない。と内心で思うアマネは同時に重要な事でもあるのだろう。と考え直し車を走らせる。