興行開始
ぎしり、と椅子を軋ませ視線をあげた先にある時計を確認したアンリはテストプレイの時刻が近い事で海外サーバーを複数介した専用のサイトへログインした。
運営へ声を伝えるマイク等の機器を調整しながらソファで開始を待っているサラとラズも鑑賞できるようTVへと画面共有し口を開く。
「もうすぐ始まるけどお酒は足りてる?」
「横のクーラーボックスにいっぱいあるぞ。」
「お菓子もおつまみも用意できてます。もっとも素人同士の戦いは防御や受けが甘いのですぐ終わってしまうでしょうが。」
「そのあたりは勝ち残った債権者が増えれば殺し合いの経験を積んで改善されるでしょ。」
ラズから缶ビールを受け取ったアンリは確保してある債権者の数を数えてから今後確保予定の名簿を開く。
殺し合いの経験を積み、15分位は立ち回れる水準までもっていかないと興行が回り始めた際に一日に複数開催しなくてはならなくなり、演者不足になりかねないか。
となれば初めのうちは重傷者を『向こう』の世界に連れていき俺が治しても・・・いや、転移の際に妙なスキルを獲得されても面倒か・・・。
「今回の結果次第だけど債権者には軍隊格闘や古武術の講習も行わせる事で対武器戦闘の知識を身につけさせるのもいいかもね。」
「それは良い考えです。いかに素人のじゃれあいとはいえ見応えがない画では観客も冷めるというもの。演者に見苦しい言い訳をさせない為にも最低限の知識を与えることは興行主の義務ですから。」
「アンリアンリ。アマネが護衛が心もとないって悩んでいたぞ。格闘訓練させるなら山崎達にも受けさせたらどうだ。」
「おや、俺にはそんな相談してくれなかったのに・・・まあいいか、その方向で進めていこう。お、そろそろ始まるようだ。」
画面には椅子に拘束された2人の債権者と数年前の連隊ヒーローの仮面をした司会風衣装の男の姿が映し出された。
ビニール袋を頭に被せ、両手両足を椅子に拘束した2人を左右に置いた仮面姿のケンは天井付近に設営されたスクリーンにてLIVE映像を確認すると正面のカメラに深々と一礼をした。
「こんばんは皆様!今宵は私共が提供する新たなショーの御観覧誠にありがとう御座います!!」
インカム越し映像や音声、照明等に問題が無い事を確認し言葉を続ける。
「ショーの始まりとあって私大変緊張しております。不手際、不具合等起きないよう準備を進めて参りましたが、万一の際は今後の改善に繋げる事をお約束致しますのでどうか暴言だけでお許し下さいますようお願い致します。」
改めて深々と頭を下げたケンはインカムから届く観覧者の笑い声に掴みは済んだ。と判断し両手を広げ左右の2人に注目を集める。
「まずは当ショーの目的は世界平和と善行であります。その為、こちらにいる両名は共に犯罪者!
それも判決が下された後も示談金を支払わず社会に悪影響を与えるも刑事罰では書類送検で済んでしまうようなゴミでございます。」
2人に対するブーイングが聞こえ、その反響に気をよくしていくケンは口元を綻ばせる。
今の所、観覧者からのマイク越しの声をAIにて割り振られた番号別に翻訳と解析をするツールは問題無し。
司会ついでに軽く動いて確認した限りでは室内カメラの人感センサーによる自動追尾も機能しているな。
これなら観覧者にカメラを選択させる事で死角無い映像を提供する事も十分可能だろう。
「先ずは右、玄関側の者は悪質な誹謗中傷を繰り返す事3年!開示請求は5回!全ての示談金を踏み倒そうとした所我々に声がかかった生粋のクズ、平木で御座います。」
そして、と左側に腕を広げたケンはブーイングに負けない声量で言葉を続ける。
「こちらキッチン側に固定されたクズは通称ぶつかりおじさん!澤村!!
判明しているだけで23件の被害者がおり、受験や面接、商談に遅れたとの被害多数かつ内1名は妊婦で流産となりました!!
当然、こちらも監視カメラから拘留されるも不起訴と書類送検数回で済まされたとあり我々の下に慰謝料請求を名目に相談があったクズで御座います。」
増したブーイングを煽るようにジェスチャーを重ねたケンは熱を帯びていく観覧者の声に深く同意を示しながら落ち着いた頃合いを見計らい興行を進める説明へと移っていく。
「皆様の熱!私、強く!強く!感じとっております!その思いを損なわない凄絶な結果をお約束致します!!
さぁ今回が初めての興行となりますので是非皆様と御一緒に確認をさせて下さい。
画面横の番号の振られたワイプは室内のカメラとなります。
興行中は是非、皆様自身の操作によって見やすいアングル、カメラ位置にて御観覧をお願い致します。
また、当興行は暗号通貨を用いた賭博をお楽しみ頂けます。」
合図をだし、画面にリクリエーション用の動画と共に説明を続けていく。
「画面上部のプロフィールはこちらの両名の簡単な経歴と今朝の身長体重となります。
この後行うメタンフェタミンの導入から5分間をBET時間とし、私の退席後、室内にはムードラの煙を強制吸気致しますので素人の戦いとは一線を画す命懸けの戦いをご提供出来るかと思っております。
是非、一口の賭けと共に彼等とスリルを共にしてお楽しみいただければ幸いです。」
パチパチパチ、と拍手の音が届くインカムに一度触れたケンは深くお辞儀をするとそれを合図に覆面をした二人が現れ注射器を取り出し債務者の袖を捲っていく。
「ではBETスタート致します!!」
ケンの言葉と同時に覚醒剤が注入された。
PCのサイト上の賭博画面にて主要な6つの暗号通貨の取り扱いと配当手数料、そして更新事に変動する賭け率を確認していた多喜川は、スクリーン前に座る若頭の声に顔を上げた。
「タキ、賭けないのか?お前の手駒の興行ならご祝儀振る舞ってやれ。」
「アニキ、ありがとうございます。」
手駒ではなくビジネスパートナー、と訂正するべきか迷うが上機嫌な後ろ姿に水を差すのも不粋か、と思い債務者のデータを表示させた。
「平木にはさっさと死んでもらいたい感情と長く戦い苦しんでもらいたい感情があるんですがどっちが好みですか?」
「そりゃ組が提供した馬鹿がスターになりゃ神崎からの礼もあんだろ。応援してやんな。」
「わかりました。」
複雑な感情の下50万分の暗号通貨をBETしスタートを待つ。
順調に賭け金が上乗せされていく画面を確認するケンとマナは口元を綻ばせながら顔を見合わせた。
「思っていたより順調で良かった。均衡しているようだし配当出しても十分黒字よ。」
「物件と機材購入費用も3回位開けばペイ出来るかな。ボスも今回の映像が良いなら富裕層への宣伝に回すって言ってくれたし。」
「興行が周知されれば債務者も集めやすくなるなら一石二鳥ね。」
観覧者からの要望を翻訳し説明している部下や配信機材や換気回りの調整にも問題無い事を確かめつつ、5分間設けたBET時間の長短を思う。
初回とはいえテンポを考えれば少し長かったかしら・・・ただカリスマ性のある人材がいない上、興行立ち上げの黎明期である事と収益に直結する以上短過ぎるのも困るのよね。
「マナさんマナさん。どっちが勝つかな?」
興行への興味を優先しすぎて経営側から観覧側へと転じているケンに苦笑したマナは、BET時間が残り1分程となり拘束具の遠隔解錠準備を指示を出す。
「どっちでもいいわ。戦わず喚き散らすだけにならないならね。」
「ここ一ヶ月でちゃんと調教したって。
それに醜態晒したらシメて熊との強制ショー行きだって伝えてあるし大丈夫大丈夫。」
アンリ達が行った熊狩りの映像を思い出したマナは、あぁ。と思わず声を溢した。
「神崎さん達も無茶するわほんと。脅しを兼ねてるとはいえご自身でやらなくても・・・。」
「ね~。でも、出来ない。無理だ。お前がやってみろ。って喚いていたゴミは大人しくなったし必要な画だったと思うよ~。」
「万一があったらどうするのよ。他所の半グレや本職が目こぼしするのは『神崎夫妻』の返しが苛烈だからってわかっているでしょ。あの二人の影響力が消えたらこの組織なんて一息で霧散しちゃうわ。」
そのあたり自覚してほしいのに、と力なく呟いた言葉はBET終了を告げる音と興行開始のブザーにかき消された。




