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神崎夫妻 ①

山間の廃ホテルの上階にある元宴会場用のフロアは瓦礫と剥がれ落ちた壁紙、風雨により侵食された苔や泥で荒れ果てている。

所々の床や壁を染める赤黒く乾いた血痕のシミや歯や爪の欠片も落ちている室内は、怒号と喧騒に満ちており、その状況はアングラ興行用に設置された壁や天井から吊るされたライトとピンホールカメラ、集音マイクにより外部配信を行っていた。


室内にいる人数は全体で15人、大きく分けて3つのグループにより分かれている。

入口から左側に6人程の体格のよい男達が、そして右側にも7人のヤンチャな風貌の者達が固まっており、最も入口に近い位置に神崎夫妻と呼ばれているアンリとサラがいた。


最後に入室した2人を見るようにやや扇状に広がった2つのグループを無視し、自撮り棒先にGoProを付けたアンリは照明やピンホールカメラ、集音マイクの位置を確認しながら全体図を映していた。





「土屋君、神崎はなにしてんすか?」


上階で行われているアングラ興行の管理と撮影機材用のPCに囲まれた部屋で複数のモニター上に映される奇行を指差した中村はソファに腰掛け笑っている土屋に振り返る。


「ハッハッハ、興行用の設備が見たいって話だったからな。

参加すんなら好きにしなっつたらアレだよ。本当馬鹿じゃねえかあいつ。」


画面上には牽制し合う両グループを無視し中央を突っ切りながらリポートしているアンリとその後ろを缶ビール片手について歩くサラが収められ、理解出来ない行動を前にした困惑の雰囲気が画面から伝わっていた。


「いや〜おもしれーな。で、あんたらは参加しなくて良かったのかよ?今ならまだ間に合うぜ?」


扉近くの柱に寄りかかり愛想笑いを浮かべるケンとその横で護衛するラズに声をかけた土屋は威圧気味の視線を向けている部下達に手振りで止めるように示す。


「お気遣いありがとうございます。平和的に過ごせる配慮に感謝します。」

「万一の際、帰りの退路と足の確保があんたらの仕事なんだろ?なら前の胡散臭い聖職者同様こっちから手を出したくねぇ。

だがサラの嬢ちゃんが負けるとは思わねぇがあの人数で狙われたらアンリは死ぬんじゃねえか?」

「どうでしょうか?ケンさんはどう思います?」

「ん〜ボス達は荒事に強いって噂しか知らないからなぁ。駄目なら駄目で香典位は出すよ。なんなら喪主もしてあげてもいいかな。」


死んだ後の事かよ。と笑う土屋と中村は首を傾げているケンもまた異常者なんだと認識を改めた。





中央を過ぎた辺りまで進んだアンリは入口の天井付近に設置された古いスピーカーのガサついた声に歩みを止め顔を向ける。

同様に室内の全員がハウリング交じりの音声に顔を向けていた。


『ザッザッ・・・あ〜あ〜、キャストも揃ったんでショーを始めんぞ。

わかってんだろうが反則も止めるバカもいない、テメーらのチーム以外全員をぶっ倒せ。』


ピリッと空気が張り詰める中、スピーカーからは喉を鳴らす笑い声と共に続く。


『後からきた2人組は神崎夫妻だ。仕留めりゃそいつの利権を奪えるぞ。せいぜい頑張んな。』


張りつめていた緊張感の中にざわめきと困惑が交じり、両グループ内にて小声での確認が行われる動きの中、肩を竦めたアンリは溜息をこぼした。

 

「おいおい俺達だけ正体バラされたよ。困ったね。」

「いいだろ別に、知った所で私を前に意味は無い。」

「心強い言葉だ。今日もサラの暴力に甘えさせてくれるかい?」


無言でアンリを抱き寄せたサラは口づけを交わすと満面の笑みで視線を交わす。


「見惚れとけ。お前の女の暴力に。」

「サラの魅力にいつだって目が離せないとも。いってらしゃい存分に。」


クク、と笑い声を作り、ハハハッ、と大笑に変えたサラは両手を軽く開き獰猛な笑みを形作る。


「遊ぼうか。今日で終わる覚悟だけはしておけよガキ共。」





複数のカメラが映すモニターと観覧者からの通話音声による喧騒と指示を受け次々とカメラの画角を動かしぶつかり合う様子が届いていた。


そのモニターの中でも多数のカメラが中央付近で行われている2つの戦闘を収め、少数のカメラがそれぞれのグループの長となる男の動きを捉えている。

その血気盛んな若者同士のバットや鉄パイプを振り回し合う衝突から数m程の距離に立つサラの戦いは常軌を逸した立ち振る舞いだった。


ゴキンッと鈍い音を立て叩き落された鉄パイプを額に受け、角材のフルスイングを鼻っ柱で受け止め、バットの一撃を膝に振るわれる。

その手に返る重い感触から相手へのダメージを確信し、陵辱へと下卑た笑いを浮かべる3人は、傷一つなく肩を回し始めた女から一歩距離を離してしまった。


「サービスで一撃は受けてやる事にしてるんだ。お前達人間は貧弱だからな。」

「はぁ!?」


肩を竦めたサラは、正面に立つ男の振り下ろした鉄パイプごと顔面に掌底を叩き込んだ。


硬度のある異物がぶつかり合った高い音と共に入口付近へと吹き飛ばした一撃は、男が持っていた鉄パイプを変形させ入口の扉に突き刺した。


先程までの室内の喧騒が消え、おそらく死んだと思われる男と異常な変形をしている鉄パイプに視線が集まる中、衝撃により天井から劣化した壁紙の破片がパラパラと落ちていく。


「・・・・・。」


無言の空間の中、呆けたように立ち尽くす両サイドの2人の頭を掴んだサラは、激痛から懇願と悲鳴交じりの絶叫を作る2人の頭をぶつけ脳漿と鮮血を室内にまき散らした。


「あらら、汚し過ぎないようにね〜。土屋さんに怒られるの俺なんだから。」

「ん、あぁ・・・原型保っているけど駄目か?」

「駄目駄目、ラズみたいにバラさないだけマシだけどさ〜この国でみる普通の死体は損壊してないんだよ。」

「そうか・・・向こうだと欠損、損壊は当たり前。残った部位は肉片だけってのも珍しくないんだがなぁ。まぁ、郷に行っては郷に従えだろ?難しいけど頑張るぞ。」


死体に蹴りを入れ壁際まで転がしたサラは注目を集めるように一つ手を鳴らし笑顔で言葉を紡ぐ。


「お〜いお前ら、集まってオモチャ振り回してないで全員こっちに来い。今度は優しく遊んでやるからさ。」


な?とニコニコと手招きするサラは中央でぶつかり合っていた戦闘へ乱入を始めた。






室内中央が悲鳴と怒号に包まれ、逃走しようと入口扉を叩く者も現れ始めた混迷の中、自身の元へと歩いて来た男に視線を向けるアンリは首を傾げた。


入口から右側にいた7人組の纏め役か。手には角材と・・・ポケットの膨らみはナイフかな?


「こんばんは、こっちに来てないで男らしくサラに挑んで来なよ。

なに、あの恵体に手を伸ばした程度で俺は怒らないから断りも必要ないさ。」

「冗談言わんでくださいよ神崎君。出れたら金払うんで今日の所はウチラを見逃してくんないっすか?」

「おやおや、それを決めるのは俺では無く土屋さんなんだが・・・連絡してみようか。」


ポケットから取り出したスマホを土屋に繋げたアンリは知っていたかのように頭を下げる事で奇襲気味に振るわれた角材の一撃を避けた。


「お疲れ様、カメラ映ってるっ?このお兄さんがっ、なんかっ、降参?手を組む?したいってっ、言っててさっ。」

「〜〜〜〜。」

「ははっ、いやっ、大丈夫っ、じゃれてるだけっ、でしょっ。」

「〜〜〜〜。」

「紅林って、彼のっ、名前っ?、」

「〜〜〜〜。」

「そ、ならっ、仕方ないねっ、はい、ではまたっ。」


振るわれ続ける角材を避けながら会話をすアンリは、スマホを切ると呆然とした表情で肩を大きく動かし息をしている男が落ち着くまで待ってから口を開く。


「えっと紅林君でいいのかな?

手を組むのは良いけど勝敗は1チームになるまでだって。後、降参は駄目だから男見せろよってさ。

正直、今の不意打ちは良かったと思うよ。土屋さんも褒めてたし俺も好みのやり方だ。」

「なんでっ・・・当たらねぇんすか?」

「なんでもなにも俺って勘が良いから不意打ちは通用しないんだ。

寝起きか正座後でもない限り俺の逃走術に陰りは無い。」


そっすか・・・と角材を手からこぼし項垂れるように膝から崩れ落ちる紅林は、膝が地に触れる寸前、下げた重心を前傾の瞬発力とし、アンリを捕獲するタックルとして両手を左右に広く伸ばし駆け思う。


神崎の身体能力は決して高くない。そしてこの場は瓦礫や破片が転がる足場の悪い地。

奴の後退動作より早く迫り、捕まえ、ナイフで脅せばあの化物女を引かせられる筈だ。


その為に、と意識と身体を前にし、仲間達が文字通り命懸けで稼いでいる時間に報いようと更に一歩を踏み込んだ。

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