興行準備 ⑤
茜色の空が暗く染まり、吹き抜ける風が一段と寒く感じる時刻。
前で両手を拘束され、ズタ袋を頭に被せられた平木は廃工場の中心で跪いた姿勢で震えていた。
なんだ?なんだ?なんだおい?
何が起きている?動いていいのか?喋っていいのか?わかんねぇ・・・わかんねぇがやばいのだけはわかる。
どうすれば?との思いがつい先刻まであった日常に戻る為に学生時代の受験ぶりに思考を回転させていく。
コンビニ帰りに拉致られたってのはわかる。だがこんなやばい連中と関わった記憶はねえぞ。
別人か?別人だよな?俺じゃねぇ誰かと間違えての状況ならまだわかるんだ。そうであってくれ。
「あ、あの・・・。」
「黙れ殺すぞ。」
キン、とコンクリートの床についたバットの金属音が広い空間に響く。
その冷たい音色に喉を鳴らした平木が俯く姿勢を深くし口ごもった時何処からか扉の開く音と男の声が届いた。
「ごめんね遅くなっちゃったよ社長。」
「いえ構いませんボス。身柄は確保してますので・・・お連れはなんと呼べば?」
「あぁ。えっと・・・A、S、Lかな。SとLは護衛だから無視でもいいけど。」
会釈をしたラズは入口の扉に戻り、サラは壁際に転がるドラム缶を確保しに通り過ぎていく。
「了解です。皆様が来られるので部下達は下げていますが追い込みが手間でしたらいつでも呼びますので。」
「ありがとう。でも乱暴なんてしないよ。俺って平和主義者なんだから。」
平木の債務情報と資産情報、金を引っ張れそうな交友関係、親戚等の身辺調査表をスマホで確認するアンリは、気まずそうな表情で隣に立つアマネに挨拶するように促す。
「こちらがうちの金融業を全般を仕切っている社長さんだ。厳つい風体だけど気のいい人だよ。」
「ゴミのいる場で名乗れないので名刺で失礼します。Aさんの事業で資金繰りが必要でしたらお声がけを。」
一礼と共に差し出された名刺を両手で受け取ったアマネはソリーゾファイナンスの社名と大野貴也の文字を視線で追ってから控えめに評して反社顔の大野に会釈を返した。
えっとここでは名乗れないし他の人の名前もイニシャルか役職だから・・・。
「ご丁寧にありがとうございます社長。何かありましたら是非よろしくお願い致します。」
「はい。いつでもお気軽に。」
「うんうん仲良くなったようでなによりだ。
さて、ここで1人和やかでは居られない平木さんへの要件は1つだ。早くお金返してよ。」
ジャリッと意図的に地を踏みしめた音を響かせたアンリは、ねぇ、と言葉を置き続ける。
「困るんだよね〜借りる時は必死に頭下げて感謝するけどいざ返済となると文句を言う。
君たちの頭の中はどうなっているんだ?」
「待ってくれ!!金って何処の会社だ?こんな事するような会社から借りてねぇぞ俺は!?」
「君の債務先はソリーゾファイナンスしか無いでしょ。
まさか君って自宅に届いた封筒開けないタイプ?債権譲渡の書類読んでないの?」
マジかよ。とアンリが洩らした呟きに慣れているのか苦笑する大野と憐れみの視線を向けていたアマネは顔を見合わせる。
「あの、金融関連からの書類って目を通しますよね普通。」
「普通が出来ない人もいるんですよ。だからうちらのような仕事が成り立つんです。」
懐から煙草を取り出した大野はアンリの許可を得て火を付けると平木の顔に煙を吐きかけた。
「御新規さんは50万までって所を無理言い続けるんで100万貸しましたね。まぁそっちはどうでも良いんです。
問題なのは同業者から譲渡された債権の方でね平木さん〜。」
「あ・・・。」
「ずいぶん返済してないそうじゃない。
毎月毎月延滞するし居留守も使う。通い続けてようやく利子だけ返してまた来月と、先方さん泣いてましたよ。」
肩に担いたバットを揺らしながら詰め寄る大野は声のトーンを落とし言う。
「帰りたきゃ200万だ。それで今回は泣いてやる。」
「よ、用意出来る訳ねぇだろ!?んな金ありゃとっくに返してる!!」
「返せねぇってんなら働いてもらうしかねぇなぁ。ボス、仕事先用意してもらえますか?」
「もちろんさ。無職期間が長く職歴も資格も無くても問題ないって所を用意してある。」
ポケットから取り出した2枚の契約書の折り目を丁寧に広げたアンリは朗らかな声色で言う。
「袋で見えないだろうから勤務条件を聞かせてあげよう。なに、サービスだから安心しなさい。」
壁際でゴロゴロとドラム缶を移動させているサラに少し静かにするよう手振りで示してから言葉を続ける。
「勤務内容は林業と土木工事だ。いわゆる管理人不在の放棄山から無断・・・失礼、間伐として材木を取り出し工事を進める肉体労働だね。」
「無断って言ったろ!!犯罪じゃねぇか!!やんねぇぞ俺は!?」
「まぁまぁ、君がしていた誹謗中傷も犯罪だよ?」
ポンポンと平木の肩を叩きながら喜色の笑みを深くする。
「日当は1万で勤務時間は16時間だ。少ないと思うかもしれないが住まいと飯はこちらで用意してあげるから生活に困る事はない。」
「だからやらねぇって!しかも端金じゃねえか!!?」
「いい歳したおっさんなんだからそんなはしゃがないで落ち着きなさい。
日当から住居と飲食、福利厚生と雑費を引いて半分位になった残りをうちらの返済金とするから君は無給だよ。」
普通が出来ないお馬鹿な君にもわかりやすくて良かったね。とズタ袋の上から平木の頭を撫でたアンリはゲラゲラ笑うと、その声にキレたのか身体をよじり怒声を飛ばす平木に蹴りを入れた。
「俺達は行政のように優しくないんだ。
当然君の人権を認めていないし選択権も拒否権も君には残っていない。」
「ふざけんなぁ!!?ぶっ殺してやる!」
「おぉ怖いなぁ。大丈夫大丈夫、君はこれから働かせて下さいって頭を下げるようになる。なるまで俺は待つよ。
飯でも食って女を抱いてゲームでもしながらのんびりとさ。」
サラに合図を出すと壁際に放棄されていたドラム缶の1つを運んできてもらい、事前の打ち合わせ通り平木を抱え中に収めたサラは蓋を手に言う。
「アン・・・ボスか今は。これでいいのか?」
「ありがとう力仕事を任せて申し訳ない。
さて平木さん。蓋がしまった後なら頭のズタ袋を外していいよ。」
水の2リットルペットボトルを2本中に入れサラに蓋をするように指示を出す。
「じゃ、気が向いたらまた来るよ。その時までゆっくり考えるといい。」
ザリッと錆びを軋ませ蓋を閉めたサラは蓋の縁を3箇所程をぶん殴り変形させる事で開閉出来なくした。
「運ぶからどいてろ。」
中で暴れている音がするドラム缶を事も無げに抱えると元あった壁際に下ろした。
「ありがとう。ドラム缶が倒れないよう回りを囲うか土嚢を積んどこうか。」
「わかった。終わったら飯行くぞ。」
「もちろん予約済みさ。貸し切りだけど社長もどう?」
「いえ、立て込んだ仕事がありますので。またの機会に。」
壁際に押し込むように周囲のドラム缶並べるサラが蓋の上にも土嚢を乗せていく姿を見るアンリは、会話で名前を隠さなくて良い程度の覆いを確認してから横のアマネに言う。
「本来はケンさんの仕事なんだけど、俺が隠居したらアマネさんが取りまとめる可能性もあるから同席してもらったんだ。悪かったね。」
「あ、いえいえ全然そんな。あの人ってどうするんですか?」
「ん〜暗闇に3日以上いれると精神に変調をきたすから2日位でお話を聞くよ。それでも強情ならグエンさんのヤードで騒音の中2日過ごしてもらうかな。」
スマホのカレンダーに予定を追加したアンリはアマネの視線に気付き苦笑する。
「彼に興味ないからメモしないと忘れちゃうのよ。」
「うわ・・・忘れて餓死してたり自殺されたら処理が地獄ですね。」
「まぁね〜。でも2日もほっとけば糞尿塗れだから悪臭って点はそう変わらないかな。
どっちにしても2日後はケンさんと俺で対応するから気にしないでいいよ。」
積載作業を終えたサラが出入り口に向かうのを見るアンリは大野に会釈をする。
「じゃ、飯食い行くから後は頼むね。」
「了解です。残りの2人もその後も是非うちの金融をよろしくお願いします。」
口端を歪につり上げた邪悪な笑みの2人は固い握手を交わした。




