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興行準備 ④

日が昇り始め人々が生活を始める頃、古い遮光カーテンにより日が遮られた薄暗い部屋で男は震えていた。


日常の一部ともいえる程常態化したSNS上での誹謗中傷を繰り返し、開示請求されても改めない40半ばの男、平木は爪を噛み昨日の弁護士のやりとりを思い返し怒りと恐怖で震えを増していく。


過去に何度とあった開示請求から損害賠償やSNSの停止、内容の他言禁止を含むいつも通りの示談内容を弁護士から説明され、こちらも生活保護の為資産が無く、働いてもいない為、示談金が払えない事を伝え無視しようとした。


「では証拠等全て揃っていますので刑事告訴に移ります。」

「は?」

「御依頼人様も示談不成立であれば刑事告訴を希望されていますので1週間程の猶予期間を経て対応に移らせて頂きます。」


弁護士の淡々と告げられた言葉と今までになかった流れに困惑と動揺から声を荒げたのを覚えている。 

手は出していないが理解が追いつかず、知識不足を埋める為に問いをするも自身が雇った弁護士ではない為か返答は事務的であったのも平木の怒りを増した要因だった。


ナメやがって・・・。


感情のまま暴言をまくし立てていた平木に怒り以上の恐怖が芽生えたのは、伝達を終えた弁護士が立ち去る間際に残した言葉、


「平木さんはご存じかわかりませんが刑事告訴後、起訴となりますと生活保護は停止、または廃止となります。

私共は本件の証拠を十分集めていますので覚悟だけはされた方がよろしいと思います。

もちろん、本日お伝えした示談内容の御了承頂けるなら関係ない話ですが・・・では失礼します。」


会釈で立ち去る弁護士を呼び止めようと荒げた声は何も意味をなさず壁に吸い込まれた。





「どうする・・・クソが。あの馬鹿女が、ちょっと構ってやったらアホな方向に勘違いしやがって。

あの位の言葉なんざSNS上にいくらでも転がってるじゃねえか。

なんで俺ばっか・・・ムカつく・・・あぁ!イライラすんなぁ!!」


汚部屋に転がるゴミ袋に蹴り、怒りを行動に移していた平木はやがて金の工面をどうするかに思考を切り替えなくてはならない事を認めた。


貯金は無い、頼れるような親族も友人だっていない・・・。

だが今更働くったって学歴も職歴も空いた俺じゃ生活保護の方が金を貰える状況だ。

あぁクソ!示談金の分割払いすら相当切り詰めなきゃならねぇ・・・。

これも全てあのクソ女のせいだ。

俺は何も悪くねえ、思った事を文にしただけで事実じゃねぇか。俺は感想も残しちゃいけねぇのかよ。傷ついた?知らねぇよ。間に受ける方が悪いだろうが。そもそも癇に触る行動してるあの女の為を思って厳しい言葉にして伝えようと・・・。


髪を掻きむしりながら他責思考と自己弁護の言葉を脳裏に流し続けた平木はふと動きを止め、数日前にポストに投函されていた金融業の葉書を思い出した。


「そうだそうだ。50万まで一括融資がなんちゃらって・・・どこやったかあの葉書?」


妙に目に付くデザインと色彩を思い出しながら積み重なったゴミの山から目当ての葉書を探しだした。





「という事で平木さんから示談金獲得おめでとう〜パチパチパチ。」

「いやぁ~神崎君は仕事が早くて助かるよ〜おっちゃんも組に面目が立つってもんだ。」

「うんうん良かった良かった。他の2人もうちの金融業に相談来てるから直ぐに示談成立するよ。」


芸能事務所の応接室にてニコニコと笑顔で話すアンリと多喜川は債務整理状況が記されたタブレットの画面を確認しながら会話を続けていた。


「平木さんは他の金融業さんから摘んでた分を合わせて300万位になるかなぁ。

債務整理で移した方の返済で彼を追い込む事から始めるからあのタレントの子には安心するよう言っといて大丈夫。何しろネット環境とはおさらばの人生が彼を待っているからね。」

「電気と恐怖で飼われる人生は嫌だねぇ。

でもそんな金使って回収目処大丈夫かい?興行が成功するかも未定でおっちゃん心配になっちゃうよ。」

「まぁ債権譲渡の方は5割位で買い叩いたからなんとかなるでしょ。

日本人の金銭感覚で命懸けの見世物に参加させるってなったら彼等の債務額に桁がもう一つあっても頷く人は少ないけど・・・うちの債務者に選択肢は無いからね。」


安い買い物だよ。とスーパーで目当ての特売品を見つけた時のような気軽さの笑みに乾いた笑いで返した多喜川は内心で引きつつ言葉を作る。


神崎君は組が制御出来ないタイプの人間か・・・やはり組の事業に深入りさせたらどんな面倒を引き込むかわかったもんじゃない。

こっちから関わったとはいえ心労が増すなぁ。


思考を纏めながら多喜川はアンリに言葉を交わす。


「後継人は宮城の方の組長さんに頼んだんだねぇ。うちのオヤジはガキのシノギって取り合っちゃくれなかったから仕方ないかぁ。」

「それが正常でしょ。気にしない気にしない。多喜川さんには興行観覧用の会員枠5つ渡すからそれで儲けなって。」

「悪いねぇ。足がつかないよう扱うよ〜。」


テスト配信用の仮サイトのQRコードを渡したアンリは、タブレットを操作しながら複数の住所と内覧写真を表示させた。


「決着は死亡のみの興行だからグロ耐性有りでお願いね。」

「過激だねぇ。おっちゃんも絡む事業なんだ死体処理はきちんと頼むよ。」

「今回の件以前に宗教法人者と関わる機会があってね。墓地予定地として山の取得を進めているからそこで処理するよ。」

「ハッハッハ。神崎君はホント優秀だ。うちの若いモンにも見習ってもらいたい位だ。」

「買い被りすぎだよ。俺なんかより優秀な人は星の数程いるって。」


そりゃない。と肩を竦めた多喜川はタブレットを示しながら説明を続けるアンリに相槌を返しながら思考を加速させていた。


宮城の組関連を探ったが神崎君の名前はなかった・・・だがこの才覚と行動力で下部組織ってのも考え辛いから客分なのかねぇ。

この法も慣習すらものともしない無法者を手懐けられる方法があるとは思えないが今回の件で押せば流される性格だと把握した。

距離感さえ間違えずどうにか手綱が利く方法があるなら個人的な仕事でも・・・。


「多喜川さん?」

「ん?あぁごめんごめん。おっちゃん歳だから小難しい話ばかりで眠くなっちゃったよ。」

「興味を維持出来る話術を持ち合わせない我が身を恥じるばかりだ。

んじゃ聞く気がないって事でそろそろ帰っていい?」

「悪かったよぉ。おっちゃんが全面的に悪い。許してくれ。」

「まったく・・・。まぁ説明はほぼ終えたしデータはタブレット内にあるからそっちの組の有識者と確認してよ。」


帰り支度を始めたアンリからタブレットを受け取った多喜川は慌てて目を通しながら引き留める言葉を探すが、理解に手一杯となり咄嗟の言葉を作れずにいた。


「この興行は富裕層への他では味わえない刺激を提供する必要性から死亡が前提でしょ?

今回の債務者達じゃ人数が足りないのが問題だよね。」

「あ、あぁそうだなぁ。上に相談が必要だが組のフロント企業に迷惑行為しているクレーマー達と金融関連で自己破産や債務整理で減額しやがったカス共、この辺りも買い取ってくれるならまだまだ世話出来るしうちも助かるなぁ。」


ふむ、と帰り支度を止めたアンリは多喜川を見る。


クレーマーの一掃はフロント企業の働きやすい環境作りとなるし自己破産者を金に換える行為は消えた債務額を僅かでも回収出来るならって所か。

そもそも自己破産と債務整理も高利で摘み過ぎて元本が減らないのが原因と思うが・・・まぁいいや。


「いい商談だ。行方不明としても問題ないかの身辺調査を含めて各人の金額とどのように絡め取るかを今後詰めていきたい。

他にも紹介出来そうなら話だけでも回してくれると嬉しいな。」


帰り支度を再開したアンリは会釈をし、脳裏に浮かぶ手法を精査しながら新しい予定として組み入れた。

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