興行準備 ③
澄み渡る青空の下に吹き抜ける風に強い寒気を覚え身を震わせる男がいた。
都市部の駅近くにある繁華街を背を丸めながら歩くアンリは、普段より低い気温に居住地区である静岡との緯度差を実感しつつ手にしたボストンバックを持ち直した。
うぅ、寒い・・・服装間違えたかぁ。
愚痴を思いながら鼻を啜りながら後ろに付いている2人を振り返ると、そこには牛タン肉饅をかじるサラとラズがいる。
「ん?食いたいか?」
「美味しいですよ。値段に見合う味か、と問われると微妙ですが。」
「知ってるよ。俺はコンビニの安い肉まんの方が好きだもん。
そうじゃなくて2人は寒くないのかな?ってね。」
動きやすさを重視しラフな服装の2人とコートまで着込んだ自分を見比べる。
「俺、凍えそうでマフラーと耳当て買うか迷ってるんだけど。」
「いえ、特に不備を感じる程の気温ではありません。」
「私もだ。だがコンビニ行くなら酒も買おうぜ。事務所で飲むんだ。」
「ダメダメ、前の時に組長さんが甘やかすからって好き放題したせいで若衆さん達が掃除大変だって泣きつかれたんだから。」
つまらなげに唇を尖らせたサラは半分を残っていた肉まんを一口で飲み干し濡れティッシュで手を拭う。
「爺さんが良いって言うからやったのに・・・。」
「何したんです?」
「事務所で鍋パーティー。酒もじゃんじゃん入れて組員を吐かせまくったら後日若頭さんから常識と配慮を身に着けろって怒られたの。」
ヒドいよね?と笑ったアンリはサラ達の背後から来た黒い車からのクラクションに顔を向ける。
「ん?おやおやお迎えだ。」
「よぉサラの嬢ちゃん、まだこの馬鹿の世話焼いてんのか?」
左ハンドルの運転席の窓を開け顔を出した男に会釈をしたアンリは苦笑する。
「こんにちは黒部さん。若頭直々のお迎えとは恐縮の限りだよ。」
「うるせぇ馬鹿野郎。お前だけなら歩かせてるがオヤジのお気に入りがいるなら俺が来るしかねぇだろうが。」
後部座席を示す動きに会釈をしたアンリはドアを開き2人を乗せてから自身も車内へと収まった。
「若頭の送迎は恐れ多い。俺が運転した方が体面的に良くないかな?」
「雪国を走行した事あんのか?」
「今日が初体験さ。車の保険入ってるよね?」
死ね。と吐き捨てた黒部は集合場所となるBARまでの道を手慣れた運転で走らせていく。
複数の大人向けテナントが入る商業ビルの中程にある会員制のBAR。
普段は客数を絞った厳かな雰囲気と確かな腕のバーテンダーのサービスが売りの店内だが本日は余りある程の厳戒体制が敷かれた事により雰囲気が壊されていた。
そのVIP席であるU字型のBOXシート中央に座る還暦を超えた白髪の男は店内の雰囲気が変わった事で来客が来た事を察し一息をついた。
数秒程の間を置き、ノックと共に入室許可を求める黒部の声に了承を促し部下に扉を開けさせる。
「オヤジ、迎えに行ってきました。」
「ご苦労だった。で、サラの嬢ちゃんは?」
「ここにいるぞ〜爺さんも飲んでるか?。」
バーテンダーから受け取ったグラスとウイスキー瓶を手に顔を出したサラは招かれるまま白髪の男の横に座る。
「よく来たなぁ。よしよしどうだ?うちに来る気になったか?」
「私はアンリがいるところが居場所だ。爺さんはアンリが嫌いだろ?」
「まあな。アレももう少しマトモで大人しければうちで面倒見てもいいんだが・・・。」
室内の全員が無理だろ。と肩を竦める動きに笑い声が生まれる。
「ん~~何々?楽しそうだね。」
「来たかクソガキ。元気そうで残念だ。」
「鬼島組長は相変わらずひどいなぁ。可愛い孫みたいなもんと甘やかしていいんだよ?」
「うちの孫がこっちのシノギしてるならぶん殴って止めるんだがな。そういう意味でも残念だ。」
世知辛い業界話だね。と苦笑したアンリは扉から一歩離れラズを迎え入れる。
「こちら個人的にお世話になっている鬼島さんだ。失礼をしても笑って許してくれるけどほんとは怖い人だから怒らせないでね。」
「こんにちは。お二人の友人のラズです。よろしくお願いいたします。」
花のような微笑みと高所から落ちる水の如く自然で無駄のないお辞儀をする女の場違い感に数瞬の停止をした鬼島は、アンリ達の視線を集めている状況に気づき慌てて招きの動きを作った。
「すまんなぁ。どえらい別嬪さんにびっくりした。嬢ちゃんも好きなだけ飲み食いしていいぞ。」
「ありがとうございます。ではお隣失礼します。」
サラと鬼島を挟む形で腰かけたラズは金に揺れる髪を流しながら目じりを下げる。
「給仕とかの知識が無い身でお隣は失礼でしょうか?」
「いや構わん構わん。
黒部!店にある酒から嬢ちゃん達に合うのを適当に見繕って持ってこい!!つまみとフルーツ盛り合わせもだ。」
「わかりました。少々お待ちを。」
アンリはオーダーに向かった黒部が戻るまでの時間に簡単な時世の挨拶と近況の報告を始めた。
U字席の中央でサラとラズを侍らせている鬼島はアンリの話を聞き終えるとゆっくりと身体を背凭れに重心を移し天井を見る。
その姿勢のまま視線を下に移せば左右の2人から1つ席を空け黒部とアンリがPC画面を共有しながら細部の話を詰めていた。
借金地獄のゴミ共を使った興行・・・上手くいくのかねぇ?
何しろゴミ共は精神が腐っている。他責だけで何も成さず何も行動しない。
社会貢献もしないくせに行政は自分を保護すると勘違いしたキチガイだ。
反社として生きてきた鬼島は若い頃から今でもその手の厄介者に手を焼かされたカタギから頼まれる事のある立場だ。
ゴミ共の有効活用は面白い・・・だが相当な罰、もしくはみせしめ無しには成せん事よ。
「クソガキ。多喜川が世話になってる組は金融、賭博と風俗にタレント斡旋が主なシノギだ。組員も減少気味で半グレ共の管理で手一杯。
債務者の管理と教育はお前が受け持つ事になるが出来んのか?」
「やらなきゃならないならやるよ〜。うちは生活保護や躁鬱病に障害者の搾取ビジネスもしてるから管理ノウハウあるし、山奥での肉体労働場所だって用意出来る。」
「お前らしい最悪の労働環境だな。」
「やだなぁ〜彼等は人的資源であって従業員じゃないもん。資源の管理環境を考えるなんて鬼島組長は優しすぎだゾ。」
指でハートを作りウインクする馬鹿にグラスを投げつけた鬼島はケラケラ笑う左右の2人の顔を交互に見る。
「嬢ちゃん達は本当にアレの下で平気か?」
「あぁ問題ない。」
「私も構いません。」
「・・・アレに愛想尽かしたらいつでもうちの組で世話してやる。早い所見限るようにな。」
苦笑する2人の雰囲気からその日は来ない事も理解出来る鬼島は、割れたグラスを片付けている馬鹿に言う。
「興行のケツモチはうちの組がやってやる。手付金だけ置いておけ。」
「ありがとう。そこのボストンバックに入っている分は好きに使ってね。
余計な揉め事があって追加が必要ならいつも通りの手筈で請求してほしい。」
扉横に無造作に置かれているバックをテーブルへ持ってきた黒部はジッパーを開き中の札束を順に並べていく。
「オヤジ、三千万あります。」
「十分だ。お前の唯一の長所は払いを惜しまない所だな。」
「このチャーミングな笑顔も長所にくわえて欲しいんだゾ。」
こめかみに青筋を浮かべた鬼島は、投げキッスと腰をくねらせたポーズを取るアンリに酒瓶を投げつけた。




