密輸ビジネス ⑤
PCとスマホを用いた幾つかの説明を終えた中原は立ち上がり襖を開いた。
本来布団や衣服が納められる二段の空間は上部に調理器具でもある真空シーラーが置かれ、専用のパックや郵送用の梱包資材も纏められている。
下段には数日前に回収したアタッシュケースが置かれ、計量用のデジタルスケール、パケ袋や薄紙と計量済みの小分け袋が並べられていた。
「ここで計量と発送準備してます。発送数と売り上げ、在庫量は日毎に担当者の名前付きで報告を上げる事で横領を防ぐ形をとっています。」
「私からも補足させて頂きますと監視カメラと最低二人以上で作業させ、またその組み合わせも常に変える事で結託をさせ辛い職場作りをしています。」
「な、なるほど・・・部下にも警戒してるんですね。」
「信用していますが、勘違いや手違いが起きれば神崎に責任を追及される立場ですので。」
剥がされた皮膚がある腹部をさそる石田に乾いた笑いを返すしかないアマネは気まずい空気に冷や汗を浮かべる。
「あの〜他の幹部の方々も追及とかって・・・された事あるんですか?」
「ケンが浮浪者の管理をサボって仕置きされた位です。何をされたかは知りませんがあれ以来真面目に仕事に取り組むようになりました。」
中原が注文が来ている数量のパケ袋を纏め袋に入れると真空シーラーにて空気を抜いていく。
「っし。で、これを洗浄してから匿名専用袋にてポスト投函で完了です。」
「ご苦労。お前はそのまま作業を続けてくれ。」
「っす。じゃ、アマネさんのまた。オフ日とかで会ったら遊んでくださいね。」
「あ〜ハハ。はい、その時は是非。」
ニコニコと手を振る中原は大量の真空済みの袋を押し入れ奥から取り出すと風呂場へと消えていく。
「ここでの仕事の流れはこんなもんです。
前回案内させて頂いた債務者にやらせている大麻栽培に比べ人員を絞った為、管理もしやすく利益が乗りやすいですが麻薬の調達に手間がかかります。」
「なるほど〜リスクある運送を完全に外部委託してるのは大丈夫なんです?」
「神崎曰く『自身が運び屋と知らないからこそ疑われない』と。
海外の国境沿いでは宗教関係者や医療従事者の支援物資に混ぜて運び込む密輸方法はよくありますのでそちらを国内用にブラッシュアップしたのでしょう。」
スマホを操作しながら免許証やパスポート、マイナンバーカードの写真が収められたフォルダを開いた石田はアマネに差し出し声を落とす。
「管轄の売人です。末端過ぎる為二代目に挨拶させる事はありませんが複数の身分証明書を提示させ管理しています。」
画面をスワイプしながら石田は言葉を続ける。
「現在はそれぞれの居住地域やSNSを用いて販路拡大させています。
販売ノルマはありませんが歩合制を採用し、裏切りや情報漏洩が生じた際は、近隣の売人同士で報復行為をさせる事で組織内の引き締めと上役を現場に向かわせないで済むようにしています。」
「なるほど・・・やっぱ引き締めって大事なんですね。」
「ご存じの通り組織の末端はカスの集まりなので暴力による教育が一番効きますので。
ある程度経験を積んだ上澄みを掬いあげたのが中原のような構成員ですね。」
他に、と言葉をおき、武藤から得た警察組織の捜査情報や人員配置等の情報の共有方法や情報取捨選択基準と拠点放棄時のマニュアル。
そして他幹部の管轄との折衝要因や協力体制を説明していく。
「おおまかにはこんな所です。
麻薬関連はマナやケン、後は神崎直属の金融班から業務上の要請を受け潤滑油や楔代わりに用いる事もあります。
二代目の業務で必要になりましたら連絡頂ければ必要量を任意の場所に運びますのでご利用下さい。」
「あ、あ〜ハハ。ありがとうございます。」
「麻薬関連は嫌いですか?」
「・・・取り扱う利点は理解しているつもりです。」
けど、と言い淀むように数秒の間をおいたアマネは言う。
「使う人は嫌いです。」
「了解しました。二代目と接する者達に使用者を弾くよう取り計らいます。」
「あ、そういうつもりじゃなく・・・仕事なら仕方ないと思いますけど・・・昔、強要された事が・・・。」
歯切れの悪い言葉に断れなかったのだと理解した石田は小さく呼吸を整える。
神崎が麻薬をばら撒いたのは東京近郊で一年前、隣県にまで出回ったと仮定しても二代目の年頃の『昔』は少なくとも数年前を示すだろう。
おそらく関係は無い筈だと思うがそれでもここで言うべき言葉は謝罪だと決め口を開いた。
「・・・知らずとはいえ面白くない職場体験をさせた事すいません。」
「いえいえそんな事は!必要な事もわかっています。」
「いえ、二代目が今後組織運営する以上、神崎にも麻薬絡みの仕事を減らすよう伝えます。」
「そんな事言えば石田さんが怒られますって。」
「神崎は本職と揉める事を嫌って麻薬売買を組織運営の軸においてないので問題無いでしょう。
海上密輸も貴金属や宝飾品の関税逃れでも十分な利益を得られますし。」
なにより、と目尻を柔らかく下げた石田は心配そうな目を向けるアマネと視線を合わせる。
「嫌な事は部下に押し付けろ、が組織の基本方針です。二代目が組織方針に口を出す事は何もおかしい事ではありませんよ。」
「・・・ありがとうございます。」
「いえいえ、神崎からも二代目を良く補佐しろ。と依頼されていますので。」
スマホを操作し神崎への説得に用いるワードや代案を箇条書きにメモしていく石田は出口への通路にアマネを促す。
そのまま玄関まで進む傍ら風呂場のドアをノックした。
「戻るがサボるなよ。」
「ほーい了解了解。じゃあねアマネさんと石田さん。次はオフ日に。」
外装を水洗いしているシャワー音に混じる中原の陽気な声に肩を竦めた石田は改めて出口へ促す。
カンカン、と音を鳴らし階段を降りたアマネは視察を経て脳裏に浮かぶ疑問に捕らわれていた。
末端からの上澄み・・・私はその工程を経ていない・・・にも関わらず幹部として迎えられているのは・・・。
「いめ?二代目?どうされました?」
「え?あぁすいません。考え事してました。なんでしょう?」
「外で長居したくありませんので車へどうぞ。」
後部座席の扉を開きアマネを迎えた石田は扉を閉める。
集中力を切らしている・・・麻薬が原因か?
だが前回の大麻を説明した時はこれほど動揺はなかったが・・・?
探るかやめるか悩む石田はエンジンをかけてからミラー越しにアマネを見る。
「お疲れのようですから本日の視察は切り上げて休みましょう。」
「いえ全然大丈夫です。ただ中原さんに比べ私は何か貢献出来ているのかと・・・。」
「中原や木村のような各班の長に近い立場の者は今の組織結成前から生粋の悪党ですので場数が違うかと。」
座席に体重を移し額に指を当てたアマネは、場数、と小さく呟く。
なら私は前職の特殊詐欺経験を活かした貢献・・・いや、掛け子関連は人数も時間もマニュアルも必要。
なによりお世話になった斉村さんとぶつかるのは心情的にもキツイし報復が怖い。
「焦る必要はありませんよ。」
見透かしたかのようにかけられた言葉に、いやでも・・・。と言い淀むと一層柔らかな声色で言葉が続けられる。
「仕事は神崎が用意し、私が補佐をし、山崎が手足となって回します。
今の二代目に必要なのは闇社会を渡り歩き身に付く風格です。
何事にも動じない気構えと手を下す事も辞さない決意。
そして利にならないなら引く判断力があれば担ぐに不満はありません。」
「うぅ・・・石田さんが優し過ぎて何か怖いけど善処しますぅ。」
まったく風格を感じさせないナヨナヨした声色に吹き出した石田は萎縮しているアマネを宥めながら車を走らせた。




