平穏 ①
日が傾き夕暮れに差し掛かるある日のコンビニ。
夕飯とお菓子類、そして目に付いたアパレル関連の書籍を手にレジに並んだアマネは、フードコートに座る見知った女の背に気付き一度隠れるように棚に戻る。
サラさん?いえ見間違い、見間違いよきっと。ここのコンビニは彼等のセーフハウスから離れてるから・・・。
伺うようにフードコートヘ視線を向けるとバッチリと目が合い、椅子から立ち上がる動きを見る。
「お、アマネじゃないか。なにしてんだ?」
「サ、サラさん・・・こんばんは。」
「おう。そういやお前はこの辺りに住んでたな。買い物か?」
「はい。自炊が面倒で・・・サラさんも買い出しですか?」
いや、と首を横に振りレジに並び直したアマネの横に立つサラは勝手にアイスを2つ程カゴに追加し笑う。
「ぶらぶらと散策しながらコンビニの期間限定品巡りだ。シーズンが過ぎると手に入らないんだろ?美味いのに勿体ない。」
「な、なるほど・・・ザキさんも近くに?」
「あいつは仕事中だ。後、コンビニ飯ばっかり食ってると怒られるから言うなよ。」
会計にカードを出したサラは手慣れた様子で店員とやり取りをし、袋を受け取り外へ向かう。
「サラさん払います!払いますって!?」
「別にいいよ。アイスも買ったしな。」
満面の笑顔に沈み掛けの夕日が朱を彩り、思わず見惚れたアマネは喉を鳴らす。
こうしているとすっごい美人だなぁ。おっかない雰囲気もあるけどスタイルも良いし気風もさっぱりで格好いい人だ。
これだけ外見が良いならどうとでも生きられそうなのになんで裏家業、それも完全な犯罪行為に手を染めてるんだろう?
家路ヘ向かいながら、聞いても良いのかな?との思いが満ちていき口から溢れる前に買い物袋とアイスを差し出されたアマネは硬直し会釈を返す。
「あ、ありがとうございます。」
「ん、後な。19時頃に家に来い。今日は焼肉食いに行くんだ。お前も来い。」
「ふえ?」
「仕事を終えたら遊ばなくちゃな。なに、どうせ直ぐ稼ぐ仕事が来る。」
ハッハッハ。と笑うサラは先程と違い獰猛な肉食獣さながらの粗野を纏う。
「仕事ですか?因みに・・・どんなのか聞いても?」
「それは知らん。だがアンリが自殺願望者やかまってちゃんが集うコミュニティサイトを見てたから人身売買か死体処理だろうなぁ。
お前のステップアップ用に人間の売り方のチュートリアルだろ。楽で安全で退屈な仕事さ。」
じゃあな。と手を振りセーフハウスヘの道を歩くサラに一度頭を下げたアマネは、急遽入った予定に気分を落とし家路を進む。
夜の帳が落ちきった外から室内を隠す為カーテンを閉めるアマネは、カタカタと小気味良くキーボードを叩くアンリとソファーに寝そべりうたた寝をしているサラを視界に納めた。
仕事中の上司を前に手持ち無沙汰・・・気まずい。気まず過ぎる!!サラさん起きて!?
内心が表層に吐露する程緊張を顔に貼り付けたアマネは、寝返りによりソファーからずれ落ちそうな体勢のサラに駆け寄り支える。
「これでよしっと、いやぁお待たせした。それでアマネさんはうちに来てどうしたの?」
「え?あれ?サラさんが焼肉連れて行ってくれると・・・。」
「・・・聞いてない。」
え?と止まった空気の中、両腕を天に伸ばし欠伸交じりにソファーに姿勢を預けたサラは、2人の半目に気付き動きを止めた。
・・・・・・。
「アンリ。」
「焼肉の話なら事前に聞いておきたかった。とだけ言っておくよ。」
声色と所作から怒ってる。と判断したサラは内心でしくじりを思う。
アンリは基本感情を大きく振り動かさない。
『喜怒哀楽』そのどの感情も囚われれば冷静を失い、視野を狭め、選択肢を奪うと経験で知っているからだ。
だからこそ油断した。と思い、なんだ?何が普段のわがままと違う?と思考し、蒼白の顔色で狼狽えているアマネに視線を止める。
「アンリ。アマネなら食べ放題でも満足する。勿論私もだ。」
「はぁ、女性を2人も連れて見栄も張れない懐具合なら外食なんてそもそも行かないよ。」
立ち上がり戸棚の奥の金庫を開けたアンリは、札束を取り出すと封筒事カバンにしまい、スマホで幾つかの店に連絡してから振り返る。
「個室付きの部屋を押さえてもらった。先方にも都合があるから前もって連絡してくれなきゃ困るよ。
本来なら店長さんに手土産だって買わなくちゃならないってのに・・・。」
「ザキさん。本当私は安い店で全然・・・。」
「アマネさん。安い店も美味しく素晴らしい事は知っているし俺とサラだけならそれでも良い。
だが部下を連れて行くなら俺にもメンツがある。いつでも行けるような店しか連れていけないケチな上司と思わないでくれ。」
はぁ、と生返事をしたアマネはサラに押されるまま外への扉に向き直される。
「行くぞ行くぞ。何処の店だ?」
「タクシーを近くのコンビニに呼ぶから待ちなさい。後、個室だが入店前のエチケットとしてジャケット位は羽織れよ。」
「ドレスコードが必要なんですか!?私持ってないですよ。」
「アマネさんの服装なら大丈夫だよ。サラはラフ過ぎるから羽織るように。」
上司との食事とあって失礼の無いようスラックスとワイシャツ姿を選んでおいて良かった。と胸を撫でおろしたアマネは、ジーンズのパンツとダボダボのよれたTシャツ姿のサラを見る。
だらしない・・・。
「サラさん。ご自身の衣類はどちらにありますか?」
「隣の部屋に積んであるダンボールだな。
何時でも夜逃げや引っ越し出来るよう開封してないからジャケットは何処の箱かわからん。」
「ちゃんと外装に書いておけってって言ったのに・・・。」
軽口を交わし合うアンリとサラのやり取りからなるほど、と頷いたアマネは、サラさんは必要最小限の洗濯ローテーションを組みズボラ生活をしているんだな。と確信し隣の部屋に続くと扉を示す。
「とりあえず私も手伝いますから探しましょう。ついでにオシャレな服とかも見繕いますよ。」
「そうか?まぁやってくれるなら頼む。動きやすい感じが好きだぞ。」
「化粧や髪は拘らなくていいからタクシーがコンビニに来る30分位を目安に準備してね。」
返事と共に隣の部屋に消えていく2人を見送ったアンリは外出用の道具を鞄につめて行く。
大通りから一本外れた中道にあるビル。
その1階にある店舗に顔を出し、幾つかのやり取りの後にエレベーターにて上階へ案内されたアマネは、廊下を挟み左右に区切られたフロアに圧倒されていた。
凄・・・このフロアに2部屋しか無いなんて贅沢・・・。
キョロキョロと調度品を見回しながら薄暗い室内の入口にて立ち止まると、先に入室していたアンリがスマホのカメラの明かりを頼りに動き回る姿を見る。
それを気にした雰囲気もなく見守るウェイターは、やがて確認が取れたアンリの声を聞き、照明のスイッチが付け一礼と共にサラとアマネを室内に迎え入れた。
「お待たせ致しました。どうぞおくつろぎ下さい。」
「ありがとう。いつもいつも疑ってごめんね。」
「いえいえ神崎様の警戒心はご家業に必要な事です。この後は、盗聴器の有無も確かめられるのでしょう?
その間にコースの準備を進めさせて頂きます。」
深々と一礼し扉を閉めるウェイターに会釈をしたアンリは鞄から取り出した盗聴発見機を用い壁や植木、窓枠と調べていく。
その奇行とも取れる行動に一切の関心しないサラはタブレットの酒類の欄に目を輝かせていた。
「ザキさん・・・何かお手伝いしますか?」
「ん〜すぐ終わるからいいよ。でもアマネさんも本格的に裏稼業者として活動する以上、常日頃からカメラや盗聴器の警戒はするようにね。
特に個室でネタを掴まれると誤魔化しがきかないから調べられない時は仕事の話はしないように。」
いいね?と笑いながら手慣れた様子で確かめていく姿に過去に斉村から聞いていたアンリの話を思い出す。
確かザキさんは街の監視カメラに映る際は、背恰好や服の色が似た他人と映るよう歩幅や動線を気にしていると言っていた。
それは秘匿警察官や潜入調査員経験の者が監視カメラに明瞭な姿を映さないテクニックであり、日常的な動きにまで染み付いている事からその方面の協力者か指導者もいるのだろう。だったかな?
確かにこの人ならそういう根回しもしそうだ。というよりしている気がする。間違いなく。
「そのように見つめられると照れちゃうよ。」
考えながら視線で追っていた事に声をかけられ気付き慌てて椅子に座ったアマネは、小さくすいません。と言葉にする。
「なに、お互いを深く知り合う機会がなかったからね。今日でその溝が少しでも埋まればと願っているよ。」
「そうだぞ。さぁなに飲む?」
「あ、いえ私は帰りもありますので烏龍茶を・・・。」
「タクシー代位出すからサラに付き合ってやってくれ。同性との飲食の機会はなかなかさせてあげられないんだ。」
鞄から取り出した財布を開き徐ろに掴んだ数枚の万札をアマネの前に置いたアンリは慈愛に満ちた微笑みでタブレットを差し出した。