穏やかな時間
日が沈み早めに仕事終えた社会人や塾や部活帰りの学生が横溢する駅を眺めるビルの中程にある個室居酒屋。
その窓辺から眼下の人混みを見ていたアマネはサーブされたお猪口を受け取り対面のサラに会釈をする。
「お酌しますよ。」
「いや、私の飲むペースで酌されるとお前が飲めないだろ。」
笑いながら徳利を一息に飲み干しそのまま次の酒類を選ぶ姿に苦笑したアマネはお猪口を手元に運び視線を落とす。
ザキさんが賭場荒らしに行ってる間何も仕事してない・・・帰ってきた時に殺されないかなぁ。
「なんだ、どうした?日本酒は嫌いか?」
「あ、いえいえ。食事と共に楽しみたくて。」
「ん?前に言わなかったか?
私に嘘を口にするのはやめとけ、と。今日の私は上機嫌だから流してやるが普段なら今ので殺してる。」
お品書きの紙に記された達筆過ぎる文字に首を傾げながら選ぶサラはアマネを見ない。
「私は平穏で幸せな生活の為なら気に入らない言動をする奴を生かしておく必要は無いって考えだ。
逐一アンリに許可を取らず事後承諾で殺っちまう。いつもな。」
「す、すいません・・・謀るつもりじゃなく本当、あの、仕事してない事が不安で・・・。」
「お前の仕事は私の接待だ。私以上に優先すべき事がこの世にある筈が無い。アンリならそう言う。」
ホントかなぁ。と思うアマネお猪口を口に運びチビリと流し込む。
強い酒精に焼ける感覚と芳醇なフルーツを思わせる香気が心地良く鼻を抜ける。
「石田さんは凄く良くしてくれるんです。
ただ、それに甘えて何も出来ない、やらない、そんな自分になりそうで・・・。」
「別に良いだろ。上に立つ者の仕事は責任を負う事だ。
何かをやったり考えたりするのは全て下に任せれば良い。」
代わりに、と言葉を置いたサラはお品書きから顔を上げる。
「組織の繁栄と最大益の為に決断し代償を払え。必要に応じて自分の首も代価と出来るなら『その瞬間』まで何1つ成さない無能で構わん。」
呼び出した店員に複数の酒とコースを始めるよう伝えたサラは自身に預けられたスマホを不慣れな手付きで操作してからスピーカー設定にし数秒のコール音を待ち口を開く。
「アマネが不安がっている。安心させてやれ。」
「ん~?不安?何で?」
「知らん。暇だと不安になるそうだ。」
「ワーカーホリックだね。
働き過ぎは悪徳だって聖書にも書いてある。信者でなくとも休む事に負い目は必要ないのに。」
「お前が働き過ぎだから真似するんじゃないか?」
「耳が痛い話だ。組織運営はバカンスついでに片手間でやってる仕事だから負担なんてないのに。」
時折肉を殴る打音とくぐもった悲鳴が届くスマホからは、クラクションを鳴らしながら前の車へ放送禁止用語をまくし立てた悪態をつくジョーの声と共にアンリのうーん、と悩む唸り声が聞こえる。
終わってる空間だ。と思うが口にはせず言葉を待つアマネは喉を鳴らす。
「オッケー。石田さんからアマネさんの手足を用意させたい旨の連絡が来ていたから早急に進めさせるよ。暇が不安なら彼等を使って遊べば良い。」
「おーそうだな。そりゃあ良い。私ら飯食ってるから少し後でも良いか?」
「あぁ、そりゃ団欒の場に仕事を持ち込ませて申し訳ない。
明日の朝にZoomで紹介させよう。無料版は40分しか使えないから質問と任せる仕事は手短にね。」
じゃね、と声が届き通話が切れた時、扉が開きコースの先付が運ばれてきた。
配膳と共に一礼して去る店員に会釈を返したサラは向き直り言う。
「な?あいつものんびり過ごして良いって言ったろ。」
「はい・・・みたいですね。正直、何が逆鱗に触れるかわかんなくて・・・。」
「んなもんその日の気分だ。人間なんざそんなもんだろ。考えるだけ無駄だよ。」
「それだから怖いんですぅ〜。」
「スリルある人生で楽しいじゃないか。さぁ、今は食おう。ここの店は旨そうだぞ。」
手元にある豊富な酒類の1つを手にし、満開の笑みで笑うサラに促されたアマネは気持ちを切り替え食事を楽しむ事にした。
通話を終え、Telegramにて指示をしているアンリは一通りの操作を終え一度車窓に視線を向けた。
東京ねぇ・・・相変わらず人混みと監視カメラばかりで窮屈な街だ。
「どうかシマシたデスか?」
「いや、昔各国の大都市を見た時と比べてたんだよ。どこもかしこも発展するとそう変わらんね。」
「NOヨNONO〜神崎さーん。
ニューヨークもロサンゼルスもラスベガスもココより凄いネ。東京、世界から見たら地方都市ヨ。」
「まぁ確かに米国のトップ都市と比べたらそうか。スケールと治安の悪さは笑える程ヤバかった。」
ケラケラ笑い合う2人は目的地の宿泊先ホテルが近付いた事で後部座席をミラー越しに視界に収める。
「ラズ〜そろそろお片付けの時間だ。部屋に置いとくようスーツケースにしまってくれ。」
「ソーリーMs.お楽しみ中ゴメンナサイネ。」
「あら、御挨拶に熱が入ってしまいました。」
お恥ずかしい。と苦笑したラズは後ろからスーツケースを取り出すと狭い車内に広げていく。
「さ、大人しくして下さい。」
「んーーっ!?んーっっ!!?」
「ほらほら暴れちゃ駄目だよ。っと座席倒すね。」
座席を倒し後部座席に身を預けたアンリは懐からアンプルが入ったケースを取り出し、染み込ませたガーゼを男の頭部を覆う袋に追加する。
直ぐに効果が現れ、身動きが止まり脱力した身体がゆっくりとラズの開くスーツケースに倒れていく。
「凄い効果ですね。カイネの泣く赤子をあやす総頸動脈と椎骨動脈を同時に絞める技を彷彿する昏倒速度かと。」
「どんな寝かせ方だよ・・・これは揮発性麻酔薬のセボフルランだから導入と覚醒が早くて拉致とかに向いてるの。」
「・・・アンリさん。それ欲しいです。」
「いいよ。取り扱いルートは確保してあるから輸出リストに追加しとくね。」
揮発性麻酔薬と聞いて窓を少し開け換気をするジョーはミラー越しにラズと目が合う。
「直ぐにお片付け致しますので。」
「オー、ホテル前でゴソゴソ怪しいデス。手早く頼むヨ。」
「はい。さ、アンリさんも手伝って下さい。」
「オーライ。膝と両脇を畳んで頭は前傾に・・・そう、そんな感じ。もう少し詰めないと重心がズレて運搬し辛いから下側にしようか。」
「下・・・?このゴロゴロ付いている側ですか?」
そうそう。と完全に後部座席に移動したアンリとラズにより宿泊先ホテルの入口に着く前になんとかスーツケースにしまい終えたのだった。




