密輸ビジネス ①
日が天頂にかかる時刻、穏やかな潮騒が耳に心地よいプライベートビーチにてパラソル下のベンチでパインジュースを飲む斉村は足元から届くうめき声を一瞥する。
そこには炎天下の砂浜を芋虫かの如く這う亮がおり、熱された砂浜により全身を赤く水膨れを作っていた。
通話を示すスマホを指差し、本日3度目となる波打ち際までの往路を手振りで示した斉村はビデオ通話先の画面に視線を戻した。
「お疲れ様アンリさん。発送を頼んだ積荷が無事届いたよ。
お土産の医薬品とインスタントラーメン、お菓子もありがとう。」
「それは良かった。これは個人的な嗜好だが海外のラーメンとお菓子は少々癖があるから多めに詰めといたんだ。」
「まったくだよ。食に関しては日本が恋しい、だがフルーツはこっちが凄いぞ。バナナもパインもマンゴーも完熟しているものは別の果実と疑う味だ。」
潮騒の音に混じり大きいうめき声が届くと、それに気付いたアンリは苦笑する。
「埋めたの?」
「いや、砂浜を這わせてるだけだ。今はね。」
「ほへ〜夏場から外れているとはいえまだそっちは熱帯気候か・・・過酷な日々になりそうだ。
なら四肢の防護フィルムが剥がれないよう気をつけてね。ほら、まだ皮膚に覆われてないから感染症になっちゃう。」
「それもそうだ。いや、ゴミの命とはいえ失念していたよ。」
楽しげに笑い合う2人は近況報告を軽くしてから本題に移る事にした。
「シゲさんの部下か誰かにルソン島のマニラにおつかいって頼める?」
「ん、あぁ構わないよ。今いる島からもそれほど遠くない。
ただ、夜間は無理だ。信じられない事に島間を縄張りにしたパワーボートを使った海賊が未だにいる。」
「へぇ~そりゃおっかない。なら泊まりかけで構わないから誰か貸してくれ。ホテルも移動費もこっち持ちで良いからさ。」
「それなら引き受けよう。何をすればいいのかな?」
えっと、と言葉を置いたアンリはPCを操作しながら貨物船と豪華客船の運航ルートと日程表をデスクトップ上に広げた。
「ミンダナオ島のARMMを拠点にしている同僚をそちらに向かわせるから荷物を受け取って・・・うん、来月の○日にマニラに寄港予定の日本行きの豪華客船に積み込んで欲しい。」
「ARMMって事はイスラム系の同僚か・・・今の組織の?」
「いや、環境保護団体の方。現地の武装マシマシ過激派組織が収入源にする為に麻薬関連を扱ってるんだ。
うちはほら、自然大好きエコロジーだぜ。を売りにしてるから原料が自然由来の大麻やコカインは禁止してないのよ。」
「オーケー。それ以上おっかない話は聞かないぞ。」
ハッハッハ。と笑うアンリはPCを操作しながら船の航路と海図から潮の流れをAIで可視化させつつ言う。
「スムーズに船へ詰め込めるようこっちで乗客を1人取り込んでおくから。指定した日と場所に荷物を持って渡してくれ。」
「わかった。確実に渡せるよう俺が直接向かうとする。」
「荷運びなんて危険な仕事を組織のトップがするもんじゃない。使い捨てを1人貸してくれれば十分さ。」
いや、と首を横に振る斉村は、こちらに荷物を持ってくる同僚に船まで直接運ばせない事からも移動中に発覚するリスクや横領、弱みとなる情報漏洩等を警戒しているのだと思い、もう一度首を横に振る事で否定の動きをつくる。
「恥ずかしい話だが、リゾート地を満喫し過ぎて荷運びを問題なくこなせる程度すら人材管理も掌握も出来てないんだ。」
「バカンスは大事だもんね。シゲさんは今まで働き過ぎてたから楽しむのは仕方ないさ。」
「いや実に浮かれてしまっていた。悪徳稼業がこうも心身をすり減らしていたとは・・・仕事から距離をおくまで気付かなかったさ。」
だからね。と言葉を置き、パインジュースで喉を潤した斉村は笑う。
「他ならないアンリさんからの頼みだ。
ここでヘマして貴方に見限られる訳にはいかない。だから俺がやるべきだ。」
「信頼と責任ある友人を持てて嬉しいな。
ただ無理はしないで危険と判断したら荷物は破棄して良いんだ。
善悪問わず金を稼ぐ手段は幾らでもあるが信用出来る友人に恵まれる機会は望んでも得難いもの。」
「それは確かに・・・まったくもって違いない。」
でしょ。と破顔した笑みのアンリに会釈をした斉村は通話を終えると何度と伺うようにこちらを見ながら砂浜を往復していた亮を見る。
使えないゴミとの縁は腐る程あるのにな・・・上手くいかないのが人生か。
机にパチンコ玉や縁を削り尖らせたコインを並べ数えていたラズはピッと通話を終えた音に顔を上げる。
高層階とあり窓辺から入る日差しによる室温上昇を相殺する強めの冷房を切り始めたアンリの行動に視線を向けながら首を傾げた。
「出かけるのですか?」
「うん。密輸の方は今は一息つけるから次は賭場荒らしに行こうかなっと。」
「荒らしですか・・・ふふ、いけません、そのような荒事はいけませんね。私の護衛が必要でしょう。」
「頼りになるね。とはいえ県内の本職さん達と揉めたくないから県外の裏カジノを荒らす事になるけど大丈夫?」
「構いません。拷も・・・趣味に勤しむ部屋は確保出来ますか?」
「ちょっと厳しいから都度状況に即して楽しんでくれ。いいかな?」
端正な顔に似つかわしくない程に口端を吊り上げ笑みを形作るラズは熱っぽく頬を朱に染め吐息を洩らす。
「あぁ・・・はしたなくも昂ってしまいます。」
「いつも通りで安心したよ。カジノに目立つ武器は持ち込めないんだ。アクセサリーにワイヤー類でも仕込む?」
「いえいえ、暗器の類はカイネの領分。私はこの身が弓であり弦であり鏃となります。」
「じゃあそこのコインと玉を財布に忍ばせる位でいいや。少し仕事の連絡したら声をかけるからそれまでお泊まりの準備でもしていて。」
花が咲いたような満面の笑顔で、はい。と返したラズがウキウキ気分を隠さず自室に向かうを背を横目にノートPCを立ち上げたアンリは、環境保護団体の定時連絡と成果、エリア事のノルマに続き新規のスポンサー、パトロンとなった企業や人名を確認していく。
お金を出してくれている方々の生活や仕事に過度な不都合が起きないよう現地での活動家の行動制限や日程調整、活動場所と方針の作成が幹部達の主な仕事であるからだ。
「ん~、今回は日本にそれほど関係ないけど・・・会長にサボり過ぎって叱られないよう働いてる振りが面倒だなぁ。」
カタカタとキーボードを叩き、新規スポンサー達のライバル企業や不都合な団体の名簿と主な拠点やエリアと裏付けとなる第三者機関の参照用データを添付していく。
スポンサーやパトロンに喜ばれるよう、ライバル企業への嫌がらせとなる効果的な活動方針の例も添えて会長宛に送信したアンリは大きく伸びをした。
「っし、今日はここまでだな。」
あまり長くラズが待てる筈がない事を知っているからこそ手短に仕事を切り上げ、いそいそと出かける準備を始めた。




