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それぞれの日常 ①

県境に連なる山々に阻まれた風が空に抜け、森の香りを運ぶ拓けた空間に数十年前の自家用車ブームに連なり旅行が娯楽として持て囃された過去に建てられ、ブームが去ると共にやがて廃墟として放置された建物がある。

解体費用から土地の所有者が管理を止め、僻地ゆえ行政も無視し年月を重ねたその建物は肝試しや廃墟探索者により荒らされ所々基礎が見え風化が進んでいた。

それらの要因と土地の利便性の低さと不要性から地元の者や警察も訪れず、山間に取り残された過去の栄華の残滓を支配する者達がいる。

峠を攻める走り屋集団や旧車會により構成された無頼連合と名乗る者達だ。


その彼等の本拠地下にある荒れた駐車場は、肉を殴る鈍い打音に続き悲鳴と嗚咽が地に沁み込む惨状と化していた。


「待っでくれ・・・金は払う・・・車も返す・・・。」


消え入りそうな程か細い許しを乞う声が蹲る男から洩れるが囲む者達の怒声と打音にかき消されていく。


「反省、実に良い言葉だが体現するのは難しい。そうは思わないか盗人?」


コツコツと荒れたアスファルトを鳴らし歩く男に全員が道を開け、蹲る男への道を譲る。


「総長。」

「ボス。」

「土屋さん。」


口々に自身を示す声に手を上げ応える土屋は、男の髪を掴むと持ち上げ腫れ上がった顔面を観察するように眺め手を離す。

倒れ伏した男の顔面を蹴り仰向けにすると、一度大きく腕を広げた。


「選べブラザー。反省を示す機会を今取るか、明日までリンチを受ける事で反省とするか。

人生を決める選択だ。志望校を選んだガキの時分より真剣に考えろ。」

「い、意味が・・・。」


問いに応えず背を向けた土屋は、最も近い位置に立つ仲間に合図を送り外に向かわせる。


「お前の相方は死んだ。ついでにお前も続くか?って話だ。」


短い悲鳴を口にする男を一瞥もせず囲みの外に向かう土屋は仲間の1人が言葉にした、確かですか?との声に頷く。


「神崎を張らせていたガキ経由で本人から直接連絡が来た。

手ぬるい見せしめで解放しないでね?だとよ。」

「神崎から直接って、あいつヘマしたのか・・・総長!?」

「解放させたさ。二度と大挙して押し寄せないって確約でな。」


感謝を口にする男に手振りで応えた土屋は後頭部を掻きながら思考する。


にしても神崎の奴、俺を監視をするな。って案ならガキを見捨てる所だが近所迷惑は止めてね。だと?

ナメられてんのか、ハナから相手にしていないのか・・・。


考えが纏まらない内に地下駐車場内に一台の車が入ってくるのを確認し、思考を切り上げ盗人に言う。


「選択の時間だ。どうする?」

「は、反省している。本当だ!?機会をくれ!!」

「オッケーだ。お前ら準備しろ。」


手を叩くと囲んでいた者達が左右に散り、それぞれ道具や駐車場内の路面の確認と位置を決めていく。

腫れた顔で呆気に取られている男は、腰と両足に登山用ザイルを巻き伸ばすように左右の支柱に括りつけられた時、この後、何が行われるかを理解し絶叫を始めた。

それを煩わしい、と手振りで示した土屋の合図によりタオルで猿轡とし、取れないよう固く後ろで結ぶ。


抵抗を続ける男を殴り大人しくさせながら、地を這う位置に伸ばされたロープにタイヤが絡まないようゴムシートを被せ、男の両足だけが走行範囲に伸びるよう固定をした所で土屋は煙草に火を付け煙を燻らせる。


「足先から順に轢いていく。おおよそ七度で膝上までしっかり砕いて反省を体現した事にしてやる。

なに、二度と歩けなくなる程度で済ませてやるんだ。寛大な対応に感謝しろ。」


ハッハッハ。と笑いながら2歩程後退し手を振る。

土屋の合図を起点に走り始めた車が目の前を通り過ぎるとタオルによりくぐもった絶叫が地下駐車場内に響いた。






ソファーに寝そべりTVを見ながらお菓子やお酒を楽しんでいるサラは、直ぐ横でカタカタとキーボードを叩くアンリに視線を向けると、足をグリグリと押し付けアピールをし苦笑した視線と視線を交わす。


「暇だぞ〜今から飲みに行こう。新しい店を開拓するんだ。」

「まだ仕事が終わらないからね〜。」

「別に良いだろ。明日にして今日は遊ぼうぜ。」

「だめだめ。アマネさんを早く一人前の悪党にする為に今を頑張らなきゃ。」


プクーっと頬を膨らませたサラは軽く小突くように蹴りを作る。

その勢いに押されよろけたアンリは、仕方ない。と諦めPCの電源を落とす。


「あまり遠くへは行けないよ?」

「大丈夫大丈夫。ランニング中に店は探してあるんだ。きっと美味しいぞ。」

「そ、じゃあ外で俺達を張っている彼にも挨拶してこよう。じゃないと誤解してまた愚連隊にこんばんは、されちゃうから・・・。」

「オーライ。一緒に飲みに行くか聞いてくる。」


いえーい。と上機嫌に階下へ降りる扉へ向かう背に苦笑したアンリは、サラが散らかした机の上を片付け始める。


「デート、じゃないのが実にサラだなぁ。」


寂しさを滲ませた呟きを残し出掛ける支度を始めた。





同時刻

シャワー後の濡れた髪を乾かし冷蔵庫から缶ビールを取り出したアマネは、机に置いた封筒と預ける候補地の海外銀行の一覧を前に1つ息を吐く。

風呂上がりの火照った身体に求められるまま缶ビール半分ほどほど飲み干し机に叩くように置いて天上を見る。


「苦い・・・やっぱ苦手な味。」


でもそれが良い。と思うのは苦味の奥にある旨みや喉越しを覚えたからではなく、純粋に今の自分を表す味だと感じたからだ。


再び重いため息をこぼしソファー兼ベットに腰掛け体重を預けた。


そもそも自分はどちらかといえば良識ある人間だと思う。

大学を機に一人暮らしを始め、初めてできた駄目な彼氏の散財によるリボ払いと奨学金返済に苦しみ、風俗に落とされる寸前に特殊詐欺を生業としていたボスに拾われ道を踏み外しただけの一般人だ。


「そりゃあ騙してきた被害者には悪いと思うけど・・・ザキさんはなぁ。」


新しく移った組織の上司である2人を考えるアマネは額に手を当てる。


神崎夫妻の通り名で呼ばれるアンリとサラの2人組は、過激派環境保護団体の幹部に名を連ねる一方で、生粋のトラブルメイカーにして解決人であり請負人であり調停者でもある。

特殊詐欺グループでセコセコ活動していた私とは裏社会での生業も立場も影響力も文字通り一線を画す狂人。少なくとも先日までの私が気軽に会えるような人達ではない。


そして、と思うのは2人の武勇伝というには血生臭く恐ろしい噂話だ。


曰く、裏社会の流儀に沿った『ご挨拶』に訪れた数名を1つのキャリーバッグに収まるよう小さく圧縮し返送した。


曰く、トラックで轢かれるも構わず返り討ちにし、その報復として人体を裂く見せしめを行った。


曰く、セーフハウスの1つを放火した反社組織の者達を次々に攫うとガスバーナーで頭部から局部に至るまでをキャンバスとし、芸術制作さながら炙った濃淡で絵を描いた。

曰く、曰く、曰く・・・。

眉唾ものの噂だと思いたいし、先日まではそうだと思っていた。

ただ、あの2人は躊躇なく人を殺められる精神、そしてそれを隠蔽する複数の手法を身に着けている生粋の悪党だとわかった。


「なんでこんな事になったのかなぁ。」


深く関わるようになって2日で人生観が変わる状況に、缶に呼びかけていた手を止め、その横に広がる銀行の一覧を取る。


とりあえずやるべき事はやる。なによりあの2人を怒らせたら私の明日は無い。


スマホとPCを立ち上げたアマネは名簿の上から銀行の所在地、公用語、口座制作に関わる記入欄や注意事項に目を通していく。

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