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教導 ①

水銀灯の頼りない光りが場内を照らす廃工場は元々は自動車整備工場として造られたものだ。

営業を止め10年程の年月でコンクリートの床や天井は所々傷み、撤去出来なかった壁や天井に備え付けられたクレーンや一部の整備棚と機械だけを残した殺風景な空間だった。


その場内で15人程の男達が円を組み、その中心では肉を殴る打音と苦悶の声、そして講義じみた言葉を紡ぐ女の声が作られている。


「恐怖を対価に貨幣や地位、物資を得る手法、これは反社と括られる皆様には馴染みかと思います。」


腫れた頬を抑え鼻や口から血を流し荒れた呼吸の男は自分より一回り程小さい東欧風の女を睨む。


山崎の管轄化で問題を起こした罰として攫われてきた男は組手と称してラズと15分程戦っていた。

否、その15分で男の打撃は一度もラズの身体を捉える事は出来なかったのだから戦いとよべるものではなかったが、それでも集団リンチに比べればと打算的な思考が男の身体に喝を入れる。


だがなんなんだこの女・・・強いなんてもんじゃねぇ・・・。


鼻血を拭い緩く構えた拳のまま伺い汗1つかかず息も乱さない女を見る。

手を抜かれている。俺が手を出さなければ向こうはただ微笑んでいるだけで、倒れた時は立ち上がるまで周囲の者達への講義と質問のやりとりで追撃はしてこない。

だが勝ち目もなければ終わりの気配も無い。だからこそその思いが言葉として作られる。


「いつまで、俺は・・・殴られりゃいい?」


いつまで?と首を傾げたラズは数秒考え花のような笑みを浮かべる。


「えっと・・・終わりを決めるのは私では無いのでわかりませんが私を殺すか貴方が死ねば終わると思いますよ?」

「ハッハ、ハハ・・・冗談だろ?」

「いえそのようなつもりは。」


気付いた時には手を伸ばさずとも届く間合いの内側にラズの顔があり、咄嗟の反応から拳を出してしまう。

振るわれる拳の軌跡がわかっていたかの如くスウェーと足捌きだけで躱したラズは伸び切った腕の手首付近を掴み重心を崩すと掌底を顔の横から叩き込む。

そのまま掴んだ手を捻りながら伸ばし、顔面から脇、肋骨と3発の打撃を加え、膝蹴りを鳩尾に入れた瞬間、男はその場に崩れ落ちた。


「私は基本、拷問や尋問、見せしめを兼ねた制裁が必要な時に呼ばれる事が多い身です。

これは個人的な趣味としての色が強く仕事として引き受けないのでついやり過ぎてしまう事も多いのですが・・・。」


地に倒れ嗚咽と共に咳き込み続けている足元の男を示し続ける。


「この中にアンリさん達とその系統をご一緒された方はいらっしゃいますか?」


一歩前に出た山崎は会釈をする。


「自分が一度だけですが勉強させてもらいました。」

「それはそれは。アンリさんは私の教え子です。きっと良い経験をさせられたのでは?」

「・・・正直言って良いならもう・・・って所っす。」


残念そうに項垂れたラズは、倒れている男の顔面をつま先で蹴り上げた瞬間、ハッとした顔で周囲を見渡した。


「す、すいません。ついイラッとしてしまいモノに当たってしまいました・・・お恥ずかしい。」

「「「・・・。」」」

「えっと・・・貴方は確か・・・ヤマなんとかさんでしたね?

大丈夫です。自分で手を汚したくないなら本人にやってもらいましょう?」


例えば、と言葉を置き痙攣している男に近づいたラズは数秒の停止時間を置き工場入口に視線を向ける。


「どうされました?」

「・・・いえ、このエンジンと駆動音は朝方迎えに来られた石なんとかさんの車ですね。戻られたようです。」

「石田さんです。組織の幹部ですよ。」

「?その肩書は私に関係ありませんので。」


おっかねぇ事言わないでくれ、と心で願う山崎は入口で見張らしている部下からのLINEでアンリ達の到着を確認し周囲の部下に指示を飛ばす。


「石田さんとボスも来た。出迎え急げ、粗相するなよ。」

「ふふ、もう少しこの方で遊びたかったのですが残念です。」


意識を飛ばし痙攣を続ける男を一瞥したラズは2人を迎えた挨拶の声に顔を向けた。






工場入口を潜り直ぐに深く頭を下げた男達を前に頬を掻いたアンリは後に続いて来た石田と目配せをする。

石田が小さく首を横に振る事で指示ではない事を理解し溜息をこぼした。


「はいみんなお疲れ様。山崎君は・・・ん、相変わらず派手な外見でわかりやすいね。」

「っす。お疲れ様です。」

「気合い入れた歓迎痛み入る。けどあまり仰々しい挨拶はさせないでいいよ。

君たちって人に頭下げるの苦手でしょ?都度やらせてたら反感買いそうだし。」

「そんな事は・・・。」


いいからいいから、と手振りで姿勢を戻すよう伝えながら場内に進むアンリはこちらに会釈をしているラズと足元の男に気付いた。


「ラズもお疲れ。その足元の汚いのは死んでるの?」

「ふふ、お疲れ様です。こちらの方はお休みされているだけで処理はこれからです。」

「そっかぁ。山崎君?」

「っす。ちと悪さしてた馬鹿で処理する程じゃないです。」

「ふーん。ならラズに遊ばせちゃ駄目だよ。堪えが利かないんだから。

下手に昂らせると後で発散先用意するの俺なんだよ?」


テクテクとラズの横を過ぎ男の脈と傷を確認したアンリはその姿勢のまま言葉を口にする。


「ラズはこの人をどうしたかった?」

「特に?ただあちらの方々が見せしめを誰がやるかで揉めていましたので・・・そのお手伝いをしていただけです。」

「ん~~オーライ。残酷焼きか腕ゼリーで解放しよう。」


立ち上がり伸びをしたアンリは山崎を手招きする。


「・・・ちょっと怒ってる。わかる?」

「す、すいません。」

「手を汚したくないならラズじゃなくて君が纏めて部下にやらせなよ。

その程度も出来ないならもう要らないかなぁ。」

「やります、やりますんで本当、すいませんでした・・・。」


うん。と肩を叩いたアンリは、バツが悪い表情を浮かべる石田を見る。


「気を抜かれた仕事されたら困っちゃうなぁ〜。乳飲み子のように甘えさせるなら責任は取れるんだよね?」

「・・・山崎、俺の車のトランクにバットとザイルがある。持って来い。」


鍵を受け取った山崎が駆けていく音を背にした石田は倒れている男を一瞥する。


「腕ゼリーに全員参加させます。」

「そうだね、それが良い。共犯意識構築と部下掌握を怠った罰として石田さんも参加しなさい。」

「了解です。おい、お前らこの男に猿轡噛ましてガムテープで視界を奪え。」


石田の指揮の下、寝そべった姿勢のままの男の伸ばされた利き腕にザイルが巻かれ、壁際の鉄柱と固定する。

準備をしている間に目を覚ました男が猿轡越しにフガフガと怒声混じりの声を洩らす中、首を傾げていたラズはアンリの横に並んだ。


「腕ゼリーってなんです?」

「中南米のマフィアが行う処刑方法だよ。文字通り腕がゼリーみたいにプルンプルンになるまで骨を砕くの。

もう一つの残酷焼きってのは本人に人が入る位の穴掘らせてそこに火を付けて自分で突っ込ませるって拷問だね。服を着たまま入らせるからなかなか燃えないで長く苦しむからラズ好みじゃないかな。」


ほらコレ。とスマホを操作して流した映像から許しを請う絶叫と大勢の男の笑い声が聞こえる。

その映像に見入るラズは朱に染めた頬と熱い吐息を溢す。


「あぁ、これは・・・えぇ素敵です。」

「こっちじゃ人を燃やすのは大掛かりになるから帰ったら試してみなよ。」

「えぇそうします。着火剤とガスバーナーも使いたいので輸入品目に追加してもらえますか?」

「勿論だよ。安全の為に防火服と耐火ジェルも用意しよう。」

「ありがとうございます。」


和やかな声色で物騒な会話をする2人を背に拷問の準備が整った。

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