宗教法人 ①
こちらの話から2章となります。
引き続きよろしくお願い致します。
高い木々の葉が一度強く揺れ、山間にある墓所と寺を風が抜けていく。
長い夏が終わり、秋を飛ばし冬を思わせる気温に身震いをしたアンリと石田は書類等の入った鞄を手にしスーツを正し境内へ続く門を潜る。
本堂に一礼してから、併設された住居の呼び鈴を鳴らし、寺務室へ通された2人は机を挟み頭を下げている袈裟姿の住職に同様に一礼をした。
「本日はお越し下さりありがとうございます。」
「いえ、不徳者ではありますが住職のお気持ちに応えられる用意はしてきたつもりです。
互いに良い1日となれるよう微力な身ですが尽くさせて頂ければ幸いです。」
「ありがとうございます。」
お茶を運んで来た女性が3人の前に置き、深々と頭を下げてから部屋を後にした。
「奥様でしょうか?同席された方が良いなら私共は構いませんが?」
「いえお気遣いなく。普段から苦労ばかりさせている為これ以上の負担は掛けたくないのです。」
なるほど、と苦笑したアンリは石田に目配わせをし書類を差し出す。
「今現在住職のご負担となっているいくつかの金融機関と総本山を含む宗派からの借り入れ金は私共の方で清算可能です。」
「ほ、本当ですか・・・?」
「勿論です。また先程軽く境内や墓所を拝見させて頂いた所、早急という訳ではありませんが近く修繕した方が良さそうな箇所が見受けられました。」
「お恥ずかしい限りです・・・この御時世、永代供養の霊園が選ばれやすく寺付き合いが生じる檀家は年々少なくなる一方で・・・。」
「墓仕舞いや移転ですね。時代の流れとはいえ、そのご心労は過大な負担となっていましょう。」
鞄から取り出した2枚綴りの書類と小切手を机に置いたアンリは住職の目をまっすぐに捉え言う。
「先にお伝えした返済金とは別に後々の修繕費用として3000万ご用意出来ます。」
「なっ・・・いや、それはっ!?」
「ただ私共の方としても完全な善意による申し出ではありません。お受け頂けるなら御寺の運営権の一部を私共の事業に取り込ませて頂きたい。」
一部・・・とは?と不安と疑惑を色に染めた住職の顔色に一度苦笑を返したアンリは言葉を続ける。
「今まで通り御寺の運営や資金面のやりくり等は全て住職主導で構いません。
ただ、広報やコンサルト業として名を連ねさせて頂ければと思うのです。
なにしろお貸しする金額は少々大きい為、住職のお手元に届く前に生じる手続きを簡略化する為にも御寺への寄附金として形を取りやすい関係性が必要と理解して頂きたい。」
ふむ、と眉を寄せた住職は頷く。
宗教法人の活動として非課税とするわけか。
「それでしたら墓所の一角をお譲りしますので、檀家からの寄附金のていも併用しましょう。勿論、檀家としての活動や関係を強いる事はありません。」
「お気遣いありがとうございます。
ですが、私共の提案をお受けするかは今一度奥様や弁護士共々としっかり話し合いを経て決めて頂ければと思います。
住職の人柄であれば他の融資や支援のお話や付き合いもあるでしょう。
全てをふまえ私共が最善と思われてからで大丈夫です。」
柔和な微笑みで紡がれた言葉に気遣いを感じ入る住職は深く頭を下げる。
返済期限も無く無利子、無担保で7000万近い金額の融資・・・これより良い提案なぞある訳が無い。ある訳がないからこそ不安もある。
それは彼等にメリットが殆ど無いことだ。
頭を上げ、差し出された融資案が記載された契約書を読み込んで改めてソレを強く思う。
宗教法人の乗っ取りであれば経営権を奪う為に寺の運営に介入する旨が記載されている筈だがソレが無い。
また、返済後に事業提携解除の文面もある・・・これなら万一問題が置きても対処は・・・。
数度と読み返す住職と雑談を交えた商談を進めつつ好感触を得たアンリは石田に目配わせをする。
「住職、熟考頂いている所大変申し訳ありませんが次の商談がありますので本日はこの辺りで失礼させて頂きます。
改めまして本日はお時間を頂きありがとうございました。」
「それでは我々この辺りで失礼します。ご不明点やご存念となる事がありましたらこちらの石田に連絡をお願い致します。」
「あ、こちらこそご足労頂きありがとうございました。
また直ぐ連絡させて頂くと思いますがその際はよろしくお願い致します。」
「勿論です。気が急いた言葉となりますが良いお付き合いが出来る事を願っています。」
深々と一礼をし退席する2人は住職に玄関まで見送られた所で改めて一礼をし境内の門を潜る。
「お疲れ様でした。」
「石田さんもね。運転任せて良い?」
「当然です。無頼連合の時のように私の愛車を破壊させてはたまりません。」
「アレはドリフト失敗しただけさ。俺ってゴールド免許保持者だったんだよ?」
「今は無免許でしょう。大人しく座って下さい。」
肩を竦めたアンリは後部座席に座るとスーツとネクタイを外す。
石田もエンジンをかけてから一息つくようにネクタイを緩めた。
「二代目の仕事で土地や物件を扱う予定があります。その関連に宗教法人の免税枠使っても?」
「契約が決まった後なら構わないよ。営利目的じゃないようカモフラージュしてから担当者の蒸発で土地転がしとかする?」
「もう少し大人しく扱う予定です。コンサル名目で書類と経理の改竄をメインでいこうかと。」
「ふーん。俺は今回使った金の補填で裏カジノ周りか海上密輸を再開するからそっちは任せるよ。」
程々にね。とミラー内で背凭れを倒しリラックスするアンリに苦笑した石田は車を帰路へ走らせる為にアクセスに足をかける。
「では出発します。山崎達を遊ばせている工場がありますのでそちらを回ってからで良いですか?」
「うん。確かラズのお守りを頼んでたから回収しないとだし。」
「ラズさん・・・あの人どうにか出来ませんか?」
クッションを腰に当てアイマスクを用意していたアンリは首を傾げる。
「ん〜?なにか問題起こした?」
「色々な意味で目立ち過ぎるので・・・仕事がし辛いといいますか・・・。」
「あ〜あの美貌で中身はきっちり終わってるから余計に揉めるか。
でもね〜あの人を制御するのは無理無理、無理だよ。下手に止めると矛先こっちに向けちゃうもん。」
ミラー越しの石田の咎める視線にため息をこぼし一度車窓に顔を向ける。
「まぁ飽きたら帰ると思うからそれまでは今まで以上に気に掛けるよ。
サラにもよく言っておくから刺激しないでくれ。」
「あんな歩く災厄そのものを引き入れたならきちんと管理を頼みます。」
「災厄って・・・ラズは制御出来ないだけで被害そのものは局所的で済む分扱いやすい人なのに。」
アイマスクを装着したアンリはリクライニングとクッション位置を数度確かめながら言葉を続ける。
「とりあえずしばらくの間、ラズは俺に付けておくからアマネさんの方を頼むね。
扱う金が大きくなる頃に人は失敗しやすい。よく見て導いてあげて。」
「勿論です。なるだけ早く神崎夫妻が隠居出来るよう二代目を成長させます。」
「うん。それは良い、すごく良い。期待したから失望させないでくれよ。」
ミラー越しにアンリの姿を確認した石田はオーディオの音量を消音にし、路面と交通量が安定した道を頭に浮かべ帰路を走らせていく。




