決着と講和 ②
青と白い雲が飾る空の頂上にて自己主張するかの如くある太陽は海を照らし、波間に光を反射させていた。
ぷかぷかと弱い風に揺れる沖合近くの漁場に浮かぶ釣り船は船長を除き4名の客を乗せているが誰一人として竿を下ろす者はいない異質な空間と化しており、本来であれば困惑し対応に乗り出す筈の船長も話が通してあるのか操舵室を閉じ寛ぐかのように椅子の上で新聞を広げている。
「・・・神崎。お前はなにしてんだ?」
かけられた声に甲板に転がり青ざめた顔で倒れているアンリは弱々しく片手を上げる。
「見ての通り船酔い中だよ土屋さん・・・今年こそ大丈夫、と思うのだが花粉症と同じで毎年駄目なんだよ・・・。」
馬鹿かこいつ?と蔑みの目を向ける土屋と中村は床に転がるアホから目を離し横で直立不動のまま待機しているアマネに顔を向けた。
「アマネ・・・だったか。斉村は残念だったな。」
「は、はぃぃ。」
「構えるな。お前が奴の縄張りを継承するからここにいるんだろ?」
「すいませんすいません。なんかよくわからないうちに決まっててまだちょっと気持ちが・・・。
「良い。苦労してるんだな。楽にしろ。」
手振りで中村を下がらせた土屋は馬鹿を指差し言う。
「先日聞いた闇バイトの件以外に金策案を出せ。それでイーブンな関係を築いてやる。」
「ザキさん〜寝てる場合じゃ無いですって!ほら、さぁ、どうぞ!」
「船酔い中なんだ揺らさないでくれ〜〜。」
ヨロヨロと立ち上がり青い顔で遠く見るアンリは数秒堪えるような表情の後にゆっくりと頷いた。
「神は乗り越えられる試練しか与えない。だったか・・・船酔いは試練なのだろうか。」
「試練じゃないです。」
「体調不良だな。」
「薬やろうか?」
中村が差し出した薬を1錠多めに飲み壁際に寄りかかる馬鹿を訝しげに見ていた土屋は、薬が効くまですこし待つ事に決め、乗船前にアマネから受け取った北海道土産のバター飴を口に運ぶ。
「学生の時食った懐かしい味だ。旅行か?」
「え?あ、その・・・ザキさんが無頼連合と揉めるから他県に行ってろって・・・。」
「よくその土産を俺に渡せたな。」
「すいません・・・私、掃除屋の最終処理工程を任せている船釣店に行くとしか聞いてなかったので、そのすいません。」
「掃除屋?あぁ、そういう船かこりゃ。」
操舵室の船長と目が合うがウインク1つで視線を切らせた土屋は後ろに控えている中村に振り返る。
「今日は抗争の続きは無しだな。下手に揉めりゃ海の藻屑にされちまうってか。」
「ん〜まぁ神崎夫妻らしいっちゃらしいのかね。会合が首尾よく終わらなきゃ生かして帰さねぇ。嫌な性格だなおい。」
「今回の話は大きい事業になるから備えさ・・・。」
「神崎ぃ。酔い止めは前日の夜に一度、出航前に一度飲んどけ。それでだいぶ楽になる。」
中村の声に手を挙げ応えたアンリは、ふらふらしながら水を口に含み海へ吐き出し気怠げに縁へ背を預ける。
「うぅお待たせしたね。アマネさんがいつまでも事業計画書を提出してくれないから特殊詐欺の仕事を用意してあるよ。
コンサルト系だが無頼連合との共同事業でどうだろうか?」
青空よりも青い顔色で笑うその顔はいつもより狂気と邪悪を印象つかせるものだった。
波が船に当たる音と緩い風が頬を撫でる中、全員の視線が集まっている事に気付いたアマネは一歩後退り、え?と周囲を見渡した。
「な、なんです?なんで私を・・・。」
「特殊詐欺はお前の本職じゃないのか?」
「オレオレ崩れだろお前は。」
「アマネさんが嫌なら新規の事業計画書を提出してよ。
俺だって人生を満喫するのに忙しい中、無料の弁護相談時間で法律との兼ね合いを勉強させてもらって作ったんだから。」
困っちゃうよね?とわかりやすく頬を膨らませ不本意をアピールする馬鹿を全員が無視し土屋はアマネの肩に手を回しそろって背を向ける。
「お前んとこのボスがろくでなしなのは知ってたが大丈夫かあれ?」
「ザキさんは普段はアホ気質多めなんです。頭はいつもアレですけど仕事に手抜かりだけはしないし許さない人ですんで。」
「なら良いが、この話の場にお前がここにいる、んで特殊詐欺系となりゃ斉村の縄張りでやるお前の仕事だぞ。精査出来るんだろうな。」
「精査・・・やれますかね?私?」
知らねぇよ。と呆れた顔で手を離した土屋は首を傾げているアンリに向き直る。
「話は聞く。参加する価値が無いならお前とこいつを海に叩き落とす。いいな?」
「この辺サメがいるんだけどなぁ。ほら、定期的にエサとして・・・失礼、この話は余分だったね。」
ケラケラ笑いながらたまに吐き気を思い出し停止するアンリは遠く空を見たまま言葉を続ける。
「コンサルト系特殊詐欺として3つ案を用意した。今回は急な事業締結とあって1つに絞ろうと思うが構わないかな?」
「内容を聞いてからだな。儲けられる順に話せ。」
「ん、全容は話せないから概要だけね。
1つ目はうちのケンを代表にファンドマネージャーとして会社設立しようと思う。
既に投資系インフルエンサーのアカウントは買収してあるから投資齧ってますアピールしてる高学歴の大学生を煽て代表に据えようかなって。
流れとしては学業優先とか適当に言いくるめて会社設立に関わる資料や資金調達の手続きを全てこちらで行う。
次に投資関連だからと契約時に守秘義務と情報漏洩時の違約金を含ませる文言にサインさせる事で外部に助けを求めさせず孤立させるよう根回しとする。」
「んな上手くいくのか?」
「いくよいく。学歴だけ御立派な世間知らずのお馬鹿さんは掃いて捨てる程いるのは知ってるでしょ。
今の時代インフルエンサーの言葉を盲信するアタマが可哀想な人は多い。その中から特に頭と運が悪い誰かは引っかかるよ。」
吐き気を堪えきったアンリはガッツポーズを天に挙げ親指を立てる。
「んで、代表の学生さんの輝かしい学歴を餌に銀行から融資を受けて雑費や広報、代行費、コンサルト名目、マネジメントとあらゆる建前で資金を抜く。
当然、世間知らずのお馬鹿さんにファンド関連の仕事なんざこなせる訳ないんで倒産するが・・・弁護士の先生に確認したんだけど形式上責任は代表と会社にあるんだって。わ〜無知で起業は怖いねぇ。」
「お前の考えの方が怖ぇよブラザー。」
「そう言わないでくれよアミーゴ。
重要なのはこっちの指示だって証拠が残らないように直接会うとか、飛ばしのスマホで連絡するとかしておけば合法的にノーリスクで億近くの金が手に入る素敵なビジネスだって事さ。」
押し黙る3人に首を傾げたアンリは、クーラーボックスから水を取り出し頷く。
「船酔い?中村さんから薬をもらうと良い。」
「船酔いじゃねえが頭痛はするな。」
「なら夏風邪か。俺もガレージ作業が続くとたまに体調を崩すよ。」
一緒だね。と朗らかな笑顔で言うアンリに手振りで先を示す。
「うん。次の金策は学歴と起業業種は問わず若い女の子を代表に立てる方法だ。
起業前にSNSで派手に広報させまくるか、既にある程度フォロワーがいる娘をターゲットにし、国と市の助成金や融資を受けさせた後、こちらも資金調達代行手数料とコンサルト名目で半分位資金を吸い上げるのが主な流れだね。
ほら、若い女の子でインフルエンサーだったら自己破産後に生活再建を口実に身体売らせる時に高値がつくからそっちでも儲けられると思うし、自己破産前は同情誘う配信でもさせて金を集めてもいいんじゃないかな。」
お次は、と口にし、3人の蔑みの目が向けられている事に気付かないまま嘔吐感を堪え1分程停止してから言葉を続ける。
「こちらもやり口は2つ目に似てるけど人材じゃなくて店舗を商品とする為に進めるビジネスかな。
夢追う若者支援を名目にした飲食店開業の補佐として『若者の理想を現実に』って感じの馬鹿丸出しの謳い文句で内装や設備を新品で買わせまくり、融資も限界まで引っ張ってこさせるの。
で、上手く行くならそれでコンサルト料を徴収し続ける立ち回りでいいけど、大半は融資の利息や1年後に来る税金でポシャるじゃない。
俺達はそのお馬鹿な若者の夢を応援名目で自己破産するまで搾り取り、最後に残された物件は最新に近い設備と綺麗な内装を強みに別のきちんとキャッシュ・フローが回せる会社に売って精算させるって感じで進めたいかな。」
どうかな?と視線を向けられたアマネはアワアワしながら土屋の背に隠れる。
「なにしてんだ。お前の仕事だろ。」
「いやいや、特殊詐欺かもしれないですけど畑違いですって。」
「だとよアンリ。」
それは困ったね。と縁から一度水面に視線を落としたアンリは数秒思案する。
「畑違いというなら俺だってそうだが・・・『出来ない』のかな?」
気軽な口調だったが裏稼業者としての確かな威圧が込められた言葉に歯を鳴らす程の恐怖を受けたアマネは首を小さく横に振る。
「や、やります!やれるんで私!!」
「・・・それはなによりだ。シゲさんの所で鍛えた特殊詐欺出身者の手腕で俺を魅せてくれ。」
乾いた笑いで頷いたアマネは土屋の背に指でHELPの文字を書いた。




