外部勢力 ①
カタカタと小気味よくキーボードを叩く音とたまに鳴る架電音と通話越しの会話、書類を捲る擦過音と椅子の軋みが石田探偵事務所内の多忙を表していた。
ブラインド越しの窓の外は晴天だが石田は日が昇り始める前から部屋におり、沈み切る前に帰れる業務内容ではない為、外の天気を気にする素振りもない。
ギシリ、と背凭れに重心を移し、ふと向けたカップ内の珈琲が空である事に気付き肩を落とし席を立つ。
時計を確認し昼食時をとうに過ぎた時間である事にも気付いた為、カロリー摂取として砂糖を多めに入れた珈琲を用意した時扉が開いた。
「こんにちは〜。石田さんは・・・あ、お疲れ様です。」
「どうされましたニ代目。」
扉から顔を出したアマネに会釈をした石田は出にしていたカップを置き、冷蔵庫から未開封のお茶のペットボトルを取り出す。
「どうぞこちらへ。お茶で良いですか?」
「あ、すいませんすいません。ありがとうございます。」
促された席に腰掛けたアマネは、寄れたシャツや奥の机に置かれた資料の山とゴミ箱から溢れかえる量のゴミを見て頬を掻いた。
「仕事忙しそうですね。」
「えぇまぁ、サラさんが近場のホストクラブと揉めていまして。店のケツモチから従業員と匿う可能性のある女達の住所を纏めていますので。」
「ホストクラブ・・・?」
「適当に揉め事を起こしてその辺りの管轄組織や対応を探る、神崎のよくやる手口です。」
「トラブルバスター兼トラブルメイカーの異名の意味がわかりました・・・。」
本当に困ったものです。と苦笑した石田は写真をスマホ画面に写し見せる。
「サラさんがホストクラブの初回入店サービスで楽しまれた酒量です。
完全に店の許容範囲を越えていますし担当付きも無視したとあって回収もできないとかなり激怒しているようで。」
「え?激怒って・・・サラさんに?本気ですか?」
「命知らずとはこの事でしょう。彼女の本性を知る者なら失った物が酒と金で済んだだけ運が良かったと思う筈ですが・・・残念な事です。」
スマホを受け取った石田は珈琲の香りを胸に一拍を置き微笑む。
「ニ代目のご要件は?本日はカイネ嬢のお守りと伺っていましたが。」
「あ、そっちはザキさんが仕事の打ち合わせでやるから不要と。ただカイネさんから武力要員を確保しろって言われまして・・・相談出来るのが石田さん位だったので来ちゃいました。」
「了解致しました。先方に連絡を致しますので神奈川県に向かいましょう。少し準備がありますのでお待ち下さい。」
「準備?何か手伝いますか?」
「いえいえ、手土産として壊していい娼婦扱いの女をマナから調達するのと私のセーフルームの1つに商品を取りに行けば充分です。」
手にしていたスマホで幾つかの相手に英語で連絡を始めた。
石田探偵事務所を出て15分程郊外に走らせた少し古びた一軒家。
その家に招かれるまま足を踏み入れたアマネは。怯えた表情で石田を出迎えた夫婦に会釈をし、案内されるまま奥の部屋へついていく。
石田が先導し招かれた部屋は室内の壁全面がアルミ箔で覆われた異質な部屋で規則正しく並べられた鉢植えと天井から吊るされたライトが更に異質感を際立たせている。
「大麻工場・・・?」
「はい。借金苦により首が回らなくなった夫婦に娘の大学学費を担保代わりに管理させています。」
鉢植えから天井近くまで育った大麻を見上げ首を傾げたアマネは奥の襖を開けた石田の背に声をかける。
「前にザキさんがこの県に来て半年程って言ってましたけどその程度の期間でこれほど育つんです?」
「大麻草は生育が速い植物ではありますがさすがに半年では。
ここの大麻は全て神崎夫妻の北海道グルメツアーで採取して来たものですよ。」
「・・・北海道?」
「えぇ、北海道には大麻が普通に自生しています。勿論、自生地は本州にもありますが観光旅行ついでとあってお手軽な採取ポイント北海道から持ってきたものを預かり管理しています。」
乾燥機やコードが伸びた異質な襖内の棚から袋に詰まった乾燥大麻と大麻樹脂を取り出した石田は微笑む。
「国際的な麻薬シンジケートの枠組みでは日本は麻薬大国です。それは身近にある原料の入手や精製方法、島国の地形を活かした密輸方法を知らないカモが多いので成り立つ産業という意味でですが。」
だから私の部署が組織の稼ぎ頭なんですよ。と笑いながら続け鞄に袋をしまってから夫婦に幾つか指示をしアマネに向き直る。
「ではマナも用意が出来ている頃ですので次へ向かいましょう。」
普段の石田の振る舞いから失念していたが、この人もまたきちんとした悪党なんだと思い直したアマネは促されるまま玄関へ向かう。
「も〜石田さん困るよぉ。私だってシフトの管理とかあるんだからぁ。」
「無理言って申し訳ありません。ですが早急に対応して下さり助かります。
また後日教職に差し支えない日にお礼をさせて下さい。」
「ん〜いいのいいの。神奈川関連で女の調達とくればジョー絡みでしょ?渡した娘は使い潰して構わないから好きにして。あぁ、殺すつもりなら処理はそっちでね。」
「勿論。回収出来るなら陳に渡して商品へリサイクルさせます。ではまた後日にでも。」
電話を切った石田は車をマナの管理する風俗店から発進させるとミラー越しに後部座席に俯き座る女に視線を向け言う。
「マナ・・・貴女の雇用主の許可も取れたので覚悟を決める為にお伝えします。
本日、お相手する方は嗜虐趣味を持つ為、近隣県の各店から出禁処分を受けている生粋の問題客です。」
「・・・だから?」
「いえ問題客を前に貴女がその態度で問題ない。と思うならどうぞご自由に、ってだけです。
あぁ、仮眠しておいた方がいいですよ。現着後は勿論ですがプレイ後もしばらくトラウマで寝られないでしょうから。」
ビクリ、と震え上がった女をそれきり無視した石田は高速道路へ車を向け走らせていく。
星と月が飾る夜空からの光に照らされた海と打ち付ける波の音の中、啜り泣く女の声と肉を殴る打音に混じる嬌声が聞こえる波止場近くの人気のない駐車場。
そこに停められた車に背を預けるアマネは隣に立つ石田に顔を向けてから隣で揺れている車を見る。
「あの、先程の外国の方が・・・。」
「貴女の暴力担当を任せる米軍所属のMr.ジョーですね。
神崎が横須賀米軍基地にアルバイトしていた時に知り合った不良軍人の1人で戦地への従軍経験のあるプロの戦闘員です。」
「プロの・・・。」
「個人ではサラさん程の暴威は無いですが彼は元軍人のみで構成した武道派組織のボスですので荒事関連ならこの国の半グレも本職も圧倒しますよ。」
手振りを交えジョーについて経歴や知見を伝えていた石田は車のドアが開く音に顔を向ける。
「変わらず精力的な人だ。お楽しみ頂けれましたか?」
「オー石田さん。今日も良い女アリガトアリガト。」
「彼女は生きていますか?」
「もっちろんネ。今夜いっぱい楽しむカラ死なれる困るデス。」
「えぇ、最悪の時もこちらで処理しますのでご安心を。」
後部座席から大型のスーツケースを取り出し渡した石田はアマネを示す。
「ニ代目からのプレゼントです。お好きなようにお使い下さいと。」
「ニ代目・・・ニ代目!?オー・・・アンリ隠居?引退?ソレトモ死んだデスカ!?」
「ご心配なく神崎夫妻は共に元気です。ただ組織の後釜として彼女、Ms.アマネの引き継ぎに取り掛かるだけです。」
ジョーの青い瞳を向けられたアマネは一瞬怖気づくが1つ呼吸を置いてから会釈をする。
「ザキさん・・・神崎夫妻の後継となる上で組織運営に必要な暴力を求めて来ました。
Mr.ジョー。貴方にサラさんの代わりをお願い致します。」
「OKOK。Ms.アマネ覚えた覚えたヨ。モンスターサラの代わり出来ないケド私しっかりヤル任せて。アナタ報酬しっかり用意する。OK?」
求められた握手と開いた車内の気を失ったまま倒れる女を交互に見たアマネは、強く頷き笑顔を浮かべ求められた手を握った。
「期待を裏切らないで下さいね?」
「オー良い女ダヨこの人。アンリが気に入る訳デス。」
「彼女がニ代目となる予定は秘密でお願い致します。」
「わかってるヨ、大丈夫大丈夫。俺の口がお喋りになるのはプレジデントの前だけネ。」
「なら問題ありませんね。Mr.ジョーは大統領と会えるような素行をしていませんから。」
3人の談笑が打ち寄せる波音に消えていく。




