山崎賢治の災難 ⑤
むせ返る鉄の臭いと暑さが満たす空気をサーキュレーターと換気扇が混ぜるガレージ内にて山口はナタを片手に立ち尽くしている。
眼前には古びた椅子に結束バンドで四肢を固定された血に濡れた若い男が呻き声と消え入りそうな懇願を続けており、その前でホッチキス片手に耳や瞼、唇をパチパチ止めているアンリとサラがいた。
クソ・・・なんで、なんで俺が・・・。
喧嘩や制裁には多く関わり、血も荒事も得意分野だった自分が今はただ立ち尽くすしか出来ないのは数日までの人生とは常軌を逸した業界に関わったのだと認識したからだ。
「おーい山崎さん。わかりやすい見せしめ処置も一通り終えたし休憩しようよ。暑いでしょ。」
「だな。座れ座れ。パイプ椅子しかないが好きに座れよ。」
「神崎さん・・・自分・・・。」
「あぁ、吐きそうなんだね?恥じる事じゃないよ。初めてはみんなそう、俺だって同じだった。」
後始末用のゴミ袋を渡したアンリは、山崎を椅子に座らせクーラーボックスから冷たい水とタオルを差し出す。
「すいません・・・。」
「慣れていない。というのは幸せな人生を歩んでこれた証拠で謝る事じゃないさ。
ただ、アマネさんもコレ系が苦手ようでね。自分がやりたくないなら部下にやらせるよう指示してあるから・・・その時は『できません。』とは言わないでくれよ?」
緊張からカラカラに乾いた喉の違和感を水で飲み込んだ山崎は頷く。
「下の奴等に押し付けていいなら大丈夫っす・・・です。」
「ふふ、口調もやり方も好きにして構わないよ。杜撰な結果にならないようによく指導してやってくれ。」
「今みたいにっすか・・・?」
「うん。きちんと注意点を教えるからそのまま伝えれば良い。時々ブラッシュアップするなら尚良い。」
特に、と手にした結束バンドを指で弾いたアンリは言う。
「攫う時にガムテープを使う奴は多いが過去には粘着部にDNA情報を残してしまったり飼育しているペットの体毛から特定されたケースもある。素人仕事と判断されたくないなら止めるように。」
「後、椅子な。」
「い、椅子ですか?」
「うん。拘束具として非常に優秀だけどこちらも購入場所や日、通販情報から割り出される事もあるから、暇な時に粗大ごみ置き場を見回って肘掛け付きの物を確保しておくんだ。
ほら、検察官が必死に調べれば調べる程前の所有者の物的証拠が出てきて犯人像を絞り込めなくするからね。」
大事な事だよ?と念を押したアンリは続く言葉を紡ぐ。
「この国の警察は優秀だ。一側面と不祥事しか見ず無能だ怠慢だ。と揶揄するアホは多いがそれは彼等の組織的捜査方法の触りすら知らない者の戯言。
彼等が本気で捜査を始めたら相当な幸運がない者はそれなりの備えと知識程度では必ず尻尾を掴まれる。
だから彼等に敬意を払いなさい。決して軽んじる事無く、その捜査の手は自身を脅かすと理解しているなら君の行動にはより慎重と警戒が自然体として身に付くだろう。」
「・・・っす。」
「よろしい、ではそろそろ作業に戻ろうか。
最後で構わないが山崎さんは彼の指を全て落としてもらう。理由はわかるかな?」
「・・・指紋っすか?」
「ふふ、指紋や歯型を破壊して身元特定を遅らせる手段は逃走や証拠隠滅時間の確保に繋がるから間違いではないよ。でも今回は見せしめで彼の身元隠蔽する予定ではない。
指を落とすのは意図しない証拠を残さない為さ。
ほら、確保時の彼はとても健やかに暴れていただろ?もしかしたらその時に我々のDNA情報となる皮膚片や衣類の糸屑が爪にこびりついているかもしれない。」
「あ・・・。」
「この業界で長生きしたいなら他人に敬意を払いなさいって言っただろ。
俺達を追い詰めうる警察官にも鑑識官にも、それに繋がる行動をとったかもしれない彼の足掻きにもだ。
常に気を張り一手間を惜しまない。それがあらゆる業界で優秀と称される職人の共通点だよ。」
アンリの合図で椅子から立ち上がったサラが拘束された男の髪を掴み頭を捻じると室内に鈍い音が断続的に続き血泡をこぼした痙攣が始まる。
そのまま喉を晒す姿勢に固定させたアンリは、ゴム手袋をしナイフを喉上から顎迄突き刺し広げ舌を取り出すと釣り針と糸を用いてベルト位置近く迄引っ張り固定する。
コロンビアンネクタイか。と内心で呟いた山崎は実際に見るのは初めてでありながら異様に手慣れたその手際に室内の暑さを忘れる程の寒気を覚えた。
「ん、こんなもんだね。今回は見せしめで警告代わりの処刑だから普段はやらなくていいよ。後片付け大変だしね。」
「・・・っす。」
「では、指を落としたら着替えて彼を置きに行こうか。」
「アンリ〜先シャワー浴びてるぞ。」
「はいはい〜。衣服は全て燃やすからゴミ袋に纏めておいてね。」
ほーい。と気の抜けた返事で階段を上がっていくサラに手を振ったアンリは振り返り言う。
「俺達もツナギに着替えるし手早く済まそうよ。得物はそのナタで良い?」
この空間で行っていた事と対照的なまでの陽気な問いに乾いた笑いが山崎の口から溢れた。
車を一時間程走らせた距離の隣街、小雨が降っている事と完全に深夜を過ぎた時刻もあり閑散としたとある高架下通りを走らせるアンリは気楽な口調で言葉を作る。
「サラ〜そろそろ到着するから準備して〜。」
「お、了解了解。この通りの突き当りの柱だな?」
「うん。10分後にお願い。時計合わせはした?」
車の時刻表示と問題無いことを確認したサラは、後ろで髪を結うと目深に帽子を被り傘を片手に車から降りる。
「通行人がいたら5分事の延長で。そっちの合図と同時に作業に入るから。」
「ほいよ。じゃ後でな。」
傘を天に伸ばしストレッチをしながら闇に消えていく背からUターンした車は高架下を大きく迂回するよう走らせ目的地付近の路地裏に車を停めた。
「んじゃ準備しようか。後ろの袋2つとってくれるかな?」
「っす。どうぞ。」
「ありがとう。」
渡された袋を開けたアンリは、中から暗視ゴーグルと黒のアームカバーと軍手、目出し帽に続きゴム製のレインシューズカバーを取り出す。
山崎へ促す動きを示し同様の物を取り出させると装備の点検を進めながら言う。
「山や海への死体遺棄ならこういう隠蔽装備はいらないんだけど、今回は見せしめだから人目に付く場に後ろの彼を置いてこなくちゃならない。簡単に言うとリスクがあるんだ。」
「俺経験が、大丈夫っすか?さっきからビビって・・・その・・・。」
「初心者にもできるよう監督するから大丈夫だよ。ほらほらちゃんと装備しなさい。」
手慣れた様に一式を身に着けたアンリは時計を見てまだ余裕がある事を確認し言う。
「山崎さんは鑑識官の仕事を拝見した事はある?」
「いえ、すんません。」
「いいんだよ。そうそう見ることもない人達だからね。
彼等に対する心構えとしては現場に身元特定に繋がるDNA情報や衣類くず、足跡等を残さない事だ。その為の装備としてこのクソ暑い気温でも長袖のツナギにこんな格好しているって訳。」
「っす。雨なのも鑑識を誤魔化す為っすか?」
「そうだよ。今も昔も雨はあらゆる情報を洗い流してしまう。
見せしめ初心者の山崎さんが見落としをしても大丈夫なように天気予報で確認して決行日を選んだんだよ。」
部下思いでしょ?と笑いながら靴の足跡を変える為のレインシューズカバーを装着したアンリは、座席を倒し後部座席に移ると山崎の装備を確認し頷く。
「そろそろ時間だね。この辺り一帯を停電させるからその間に遺体を置いてサラと合流したら帰宅。OKかな?」
「て、停電っすか?」
「君が率先してやる時は車を電柱にぶつけて倒すと良い。前もって架線情報は調べ・・・。」
遠くから届いた轟音と共に辺りが闇に包まれた瞬間、言葉を止め、暗視ゴーグルを装着したアンリは、ドアを開け外に出る。
「ここから先は喋らないように、それとドラレコとかは停止していないから絶対に暗視ゴーグルも外さないでね。」
頷きが返された事で意思疎通を通した2人はバックドアを開け遺体を収めた段ボールを運び出し、高架下の柱に立てかけるように置くと事前打ち合わせ通り山崎が外装となる段ボールを外し回収する。
外気に露わとなった椅子に固定されたままの遺体を確認したアンリは、手振りで車に戻るよう指示を出してから周囲と足元を見渡し不備が無い事を確かめその後に続く。
停電から3分程の時間で作業を終え現場から撤退したのだった。




