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山崎賢治の災難 ④

山崎が退席し扉が閉まる音と共にボタン操作で鍵を閉めたマスターは胸を撫で下ろし苦笑する。


「穏便に終わったようで何よりです。」

「今日は挨拶だって言っただろ?マスターにもお店にも迷惑かけられないし穏便に済ますさ。」


ただ、と言葉を置き、一度腕を組んだアンリは3人へ顔を向け不安気な面持ちを浮かべる。


「外観が派手な人だね。アレで仕事は大丈夫かな?と思うんだけど。」

「うちで補導しているガキは概ね髪やらピアスやらタトゥーであんなもんだ。ヤンチャで可愛いじゃねえか。」

「悪党が目立ってどうすんだって話なんだよ〜。」


マスターへ注文をしたアンリは肩を落とす。

警戒されない振る舞い。が悪党の大前提かつ基本にも関わらず山崎の姿は相手に身構えさせる異質な入れ墨とピアスの大きさと量。

本当に使い物になるのか。と不安を覚え項垂れた。

一昔前の不良なら毒性生物の警告色のような派手な見た目や入れ墨、ピアスなんかは普通だったが、今の御時世の悪行を担う労働力には合ってないんだよなぁ。

その辺りに考えが及ばないで生きていられるぬるま湯のような人生だったのなら実に羨ましい事だ。と嗤うアンリは武藤に会釈をする。


「まだヘマをした訳でもないしとりあえず彼がうちの縄張りの管理人代行だ。アマネさん共々仲良くしてね?」

「俺と俺達の組織に迷惑をかけないよう躾はするんだろうな?」

「もちろん。ただ、見ての通り至らない人だから色々と気にかけて貰えたら嬉しい。」

「揉み消せる範囲ってもんがある。その範疇に収まるよう手配とお勉強させるのがお前と嬢ちゃんの仕事だ。そうだろアマネ・・・だったか?言ってやれ。」

「え?あ、その・・・そうです。具体的に何が?と問われると答えられないですがたぶんそうです。」


中身の無い返答だ。と全員が思うが言葉にはせず、対応を伺う視線がアンリに集まる。


「・・・追い込みでも手伝わせるかぁ。武藤さんにとって消えてほしい邪魔者いる?」

「お前以外にか?」

「ハハハ、泣いちゃうよ?」


冗談だ。と手振りで示しビアで喉を潤した武藤は数秒考え頷く。


「隣町で麻取りの特捜が立ち上がってるだろ。そのゴタゴタで移動してきたガキ共のグループが俺の管轄地域ではしゃいでる。

多少なら可愛いもんだがタタキや強姦まで始めちまったら休日返上で捜査に駆り出されちまうよ。」

「あら〜公務員の悲しい所だね。今度警察学校の生徒さんと飲みに行くからリアルな実情教えてあげよっと。」

「・・・待てお前、なにしてんだ?」

「情報網は多岐にって常識でしょ。生徒さん達も日々の厳しい訓練の羽伸ばしに土日は寮から遊びに出るから・・・接待用員の女達に金持たせて遊ばしてるだけだよ。今はね。」


最悪だなコイツ。と内心で舌打ちするが、出会った時から神崎はこういう奴だった。と思い出し額に手を当てる。


「新人に無理させるなよ。辞められたら仕事が回らん。」

「大丈夫大丈夫。卒業後に女達を同棲させて捜査情報とかを探るだけだから俺は直接会ったりしないよ。」

「・・・同じガキでもヤンチャな方にもっと構ってやれ。」

「はいはい、2、3日中には調べて見せしめにしとくよ。」


グラスを受け取り甘いカクテルをチビチビと楽しむアンリは、サラと並びシェイカー捌きに拍手をしているアマネに言う。


「という事で近い内に山崎さんを1日借りるね。面倒事を押し付けるならその前か後にしてくれると助かるかな。」

「あ、もう全然気にしないで下さい。私もまだ何から手をつけたらいいかさっぱりなんで。」

「それはそれで困るなぁ。

とりあえず縄張りの安定を第一に。

次が公共機関を使用せず、監視カメラやNシステムが無い逃走経路の確認と県外に投資用かシェアハウス名目でセーフティハウスの用意。

んで最後にアマネさんの行いたい事業計画書の提出を頼むよ。」


スマホのメモ機能に記そうとするアマネを手で制した武藤は盛大にため息をつきアンリに咎める視線を送る。


「この嬢ちゃんアタマ大丈夫か?」

「・・・アマネさんの最初の仕事はメモしないで覚える事。

何処から情報や証拠が流出するかわからないんだ。自白剤以外の懸念は消しておかないと。」

「は、はい・・・すいません・・・。」

「頼むよ。特に武藤さん絡みの案件の証拠を残す事は絶対にやめてくれ。

警察組織と正面から敵対するのは些か面倒なんだ。」


しょんぼりと縮こまったアマネの肩を叩いたサラは一度伸びをして立ち上がる。


「取り返しがつかない時の失敗じゃないんだからそう気にするな。

今はある程度までは私もアンリも面倒見てやれる。その間に色々覚えていけばいいんだ。」

「・・・うぅサラさん。私、優し過ぎてちょっと泣きそうですぅ。」

「ハッハッハ。私なんか未だに失敗も物忘れもするが気にしないぞ。お前も気にするな。」

「神崎〜さすがに甘やかし過ぎじゃねえのか?」


いいんだよ。とカクテルを傾け飲み干したアンリは笑う。


「面倒事は俺の仕事。厄介払いはサラの仕事。うちは分業体制なの。」

「分業ねぇ。まぁお前がヘマするとは思えんからとやかく言わんが・・・山崎同様俺に迷惑をかけるなよ?」

「そうなった時は貴方達が令状用意している間にさっさと消えるから安心してくれ。」


なら良い。と応えビールを飲み干した武藤は席を立つ。


「んじゃ俺は帰る。お巡りさんを働かせないよう大人しくしてろよガキ共。」

「お疲れ様。またなにか情報あったらよろしくね〜。」


手を振るその背が扉を潜るまで見届け、マスターの操作で鍵が閉まる音が室内に響く。 

その音を契機に緊張を解いたように背を丸めたアマネは苦笑する。


「武藤さんは本物の警官ですよね?」

「警官じゃなくて警察官だよ。敵対業種にはなるがその仕事は不可欠で重要なもの、きちんと敬意をはらうように。」

「あ、はい・・・すいません。」

「うん。で、武藤さんは正式な警察官で役職は警部補だったかな。

一応ペア長の立場だけど相方さんには俺達との繋がりはナイショ。」

「あの、秘匿捜査官とかではないですよね?あ、勿論全然疑ってないですけど・・・。」


おぉ、と小さく拍手をしたアンリは満足気に頷く。


仲間だろうと疑うのは良いことだと思う。

充実した資金と影響力を持つ組織には必ず裏切り者が出る。

それは組織の拡大には野心と人数が必要である一方で、組織の全ての構成員に充実した報酬や立場を与える事が出来ない現実から少なからず不満が生じるからだ。

そのような状況が続けば当然、外部からの唆しや内部の賛同者が増え裏切りが行われる。


それは考えても仕方ない事だ。とアンリは捉えていた。

それは多くのヤクザ、マフィア、ギャング、反社カルテル、そして一部の大企業のボス達が手を尽くし、人事を尽くしても裏切りの不安を払えずにいる事からも優秀な人材が揃う程にその傾向は増していくのだと確信しているからだ。


むしろ裏切り者が現れないような組織は乗っ取る価値も魅力も無いつまらない組織であり、そうはなりたくないな。と認識を新たにし口を開く。


「武藤さんは大丈夫だよ。俺の方も気にしているから完全に深入りはさせてないし、石田さんの方でもたまに監視させてる。」

「な、なるほど・・・わかりました。」

「うん。でも仲間だろうと疑うその姿勢は大事にしていい。

俺を含め他の幹部や友人が信用している。がアマネさんが信用する理由にはならないからね。」


それに、と心の中で置いたサラや自身のスキルによる確信は明かさずに言葉を続ける。


「シゲさんの組織が瓦解したようにゴミの行動一つで積み上げた実績がご破算になる事もある。

面倒事を避ける為にもよく見て、よく考える癖を意識してくれ。」


グラスをカウンターに置いたアンリはサラの背に触れアマネに視線を合わせ言う


「じゃ、俺達も帰るか。迷惑かけたねマスター。」

「いえ、営業中に来ないのであれば迷惑なんて。またいつでもご予約を。」

「ありがとう。なにか面倒があれば声をかけてくれ。きっと力になれる。」


マスターの会釈と共に送り出された3人は街の雑踏に消えていく。

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