山崎賢治の災難 ③
陰鬱な気持ちにつられ重くなる足取りで街を歩いていた山崎は、一度空を仰ぎ陽の光を全身で受け止める。
行きたくねぇ・・・。
重い吐露を胸の内にしまい込み、再び重い足を動かし指定されたBARを目指すが数歩と進み足を止めその場にしゃがみ込んでしまう。
神崎夫妻からの呼び出し・・・遅刻する訳にはいかねぇが、行けば無理難題を押し付けられるだろう。
「行きたくねぇ、行きたくねぇよ・・・。」
言葉として心情を吐露しなくては正気を保てない恐怖を抱えた山崎は自身を照らしていた陽光が陰った事に気づき顔をあげる。
「おはよう山崎さん。人の往来のある時間に目立つ行動は避けてほしいと思うのは難しい事だろうか?特に目立つ外見をしている貴方にはもう少し配慮ある行動を期待しているんだが。」
「・・・っっ!!?」
即座に立ち上がった山崎は停車した車の窓から手を振るスーツ姿のアンリに気づき、直立姿勢から勢いよく頭を下げた。
「おはよう御座います神崎さん!?直ぐに直ぐに向かいますんで、どうかどうか・・・。」
「おいおい、あまり目立たせないでくれ。挨拶も言い訳も後で聞くから今は車に乗りなさい。」
「・・・し、失礼します!!」
後部座席に乗り込んだ山崎は運転席で苦笑しているアマネにも頭を下げドアを閉めた。
「じゃあ行こうか。早く行かないとサラと武藤さんの飲み食いのツケが膨れ上がってしまう。」
「はい。出発します。」
山崎は目的地まで走り抜ける車窓を走馬灯のように眺めていた。
大通りから外れた脇道にある小さなテナントビルの5階店舗であるBARの扉は『貸し切り』の札と共に閉ざされていた。
その店内でバーテンダーが振るシェイカーの小気味良い音とパフォーマンスでつくられるカクテルを目で追うサラはグラスに注がれ、飾り付けられる完成品を前に小さく拍手する。
「おぉ~凄いな。」
「ありがとうございます。」
目の前に差し出されたカクテルを目をキラキラさせ眺めるサラを頬杖ついた姿勢で見る中年の男、武藤は鼻で笑う。
「そうしてると酒を覚えたてのお嬢ちゃんだな。」
「そりゃこっちの酒は殆ど知らんからな。」
「ハッハッハ。そっかそっかならもう少し派手な演出で嬢ちゃんを楽しませてくれマスター。」
「勿論です。サラさんは酒にお強いようですので・・・。」
扉のノック音に言葉を止めた店主は、カウンター下のモニターで監視カメラの映像を映しアンリの姿を捉える。
「神崎さんが御到着されました。
今、鍵を開けますので少々お待ち下さい。」
手元のボタンで鍵を解錠すると扉が開きアンリを先頭に3人が店内へ続く。
「おはようマスター。我儘で店を開けてもらってすまない。」
「おはようございます神崎さん。ご来店ついでに武藤さんのツケも払ってくださいますか。」
笑顔で渡された一月分の明細に目を通したアンリは懐から100万の札束封筒を渡し頷く。
「迷惑かけたね。今日の我儘分と合わせてだがご笑納頂けるかな?」
「ありがとうございます。さぁお連れ様も店内へ。」
朗らかな笑顔でカウンターを示すバーテンダーに従いサラの横に腰掛けたアンリは隣で直立不動のまま動かない山崎とアマネを見る。
「・・・BOX席の方がいいの?」
「い、いえ!?自分も座ってもよろしいでしょうか?」
「貴方を見上げて話すのは首が疲れちゃうから座りなさい。アマネさんは武藤さんに挨拶を。」
それぞれ座る位置を指示したアンリは武藤に幾度も頭を下げているアマネを背後に置きマスターにカクテルをオススメで注文をする。
シェイカーを振るうパフォーマンスに見入るサラに苦笑したアンリは言葉を続ける。
「今日は挨拶程度の顔合わせだから緊張しなくていい。
貴方の直属の上司はアマネさん。そして何かしら面倒事を起こすと関わる可能性があるのが武藤さんと石田さんだ。」
「石田・・・先日の方ですか?」
「うん、報告書通りなら貴方に発砲したおっかない人だね。
まぁ基本この3人の顔と名前を忘れず指示に従ってくれれば良い。
優先順位は・・・アマネさん、武藤さん、石田さんで良いかな?」
「え?あ、その・・・武藤さん?」
「お前の部下だろうが・・・。」
エヘヘ、と笑うアマネの額にデコピンをし立ち上がった武藤は、山崎の肩を叩き隣に腰掛ける。
「お前の仕事は俺の仕事を増やさない事だ。わかるかボウズ?」
「は、はい。」
「いい返事だ気に入った。ならお前の最初の仕事は上司3人の電話番号を覚える事だな。
良いか?アドレス登録するなよ。
着信にはスリーコール以内ででろ。寝てても飯食ってても女を抱いていようとスリーコール以内だ。
んで通話後は履歴を消せ。わかったか?」
「え?あ、はい・・・。」
コースター裏に書き記された3人分の電話番号を必死に見つめる山崎から離れた武藤の代わりに説明を引き継いだアンリは言う。
「万一貴方がスマホを落としたり他人に見られた時に俺達との繋がりが一目でわからないようにする為なんだ。出来ない。とは言わないでくれよ?」
「は、はいっ!?やります!やらせて頂きます!!」
頼もしい返事だ。と笑うアンリの目に残虐性を孕んだ狂気が灯るのを見て高速で頷いた山崎は喉を鳴らす。
この人が定める組織の運営手法は暴力や威圧をひけらかし恐怖を下地に築くギャンクやヤクザとは違いマフィアのような社会に溶け込み隠匿された組織行動が基本か・・・。
俺にやれるのか?いや、やらなきゃ殺されるならやるしかない・・・やるしか・・・。
覚悟にも似た決意を胸に言葉を待つ山崎を見るアンリは頷く。
「思っていた以上に物分かりが良い方で助かるよ。
君が今まではしゃいでいられた不良『ごっこ』の気分でいられたら困ってしまうからね。
キチンと部下を統率し、締める所では行動に移しハメを外す所では寛大に。そのような価値ある不良としての振る舞いを求めたいんたが今よりも期待していいかな?」
「勿論です。迷惑はかけません。」
「素晴らしい返答を聞け感涙の嵐にむせび泣きそうだ。
だが俺は口だけで覚悟も理解も足りないお猿さんを多く見てきた。君がそうでない事を祈り警告として教えておこう。
武藤さんに言われた事も出来ないならその指を失くす羽目になる。自身の怠慢の代償を見て分かるようにすれば頭の足りないお猿さんでも二度と忘れないだろ?」
その瞬間を想像した山崎が脂汗を背に浮かべた時、元の席へ戻る武藤が振り返り言う。
「神崎、スリーコールで出ない時も代償を払わせろ。」
「うーん。そこまでって思うけど・・・武藤さんの役職的に警戒するか。
オッケー、その時はよく聞こえるように耳を増やしてあげよう。
確か山崎さんには妹がいたね。どうだろ妹さんの耳を削いでピアスに加工してプレゼントするなら戒めとしては十分かな?」
「・・・神崎さん・・・それは。」
「俺は組織運営に必要なら誰でも巻き込むよ。何なら家1つ燃やしても気にしない程度にはおおらかな性格のつもりだ。」
言葉に乗せた重い狂気と覚悟にサラを除く室内の全員が押し黙り身動きを止める。
「・・・了解しました。」
沈痛な面持ちで頷いた山崎の肩を叩いたアンリはバーテンダーにカクテルの注文をする。
「とりあえず貴方の主な仕事は斉村さんの縄張りだったエリアの管理を頼む。困ったら上司のアマネさんに相談しながら対応を。
アマネさんに対処が難しい案件も彼女への相談後なら俺が対応するよ。」
「例えば・・・とか聞いてもいいでしょうか?」
「土屋さんや本職絡みは遠慮なくこっちに回して良い。
要件と連絡先をしっかり聞き、後日俺から連絡する事と前向きに検討する旨を伝えてその場は穏便に納めてくれ。」
後は、と数秒考えたアンリは、あぁ、と頷く。
「主にアマネさんに任せているんだが斉村さんの所から離脱した掛け子を探してくれないか?
見つけたら俺が回収するから報告後に監視してくれるだけでいいし、見つからなくても咎めない。でも見つかって報告してくれたら少なくない謝礼を払おう。」
「・・・やります。」
「ありがとう。アマネさんに写真とツールを渡してあるから受け取ってね。」
じゃ、楽しんで。と続けバーテンダーから差し出されたカクテルを受け取った山崎は一息に飲み干し席を立つ。
「後輩達の指導を始めるんで自分はこれで失礼します。
ある程度見せれるようにしてアマネさんへ報告します。」
「頼むよ。着手前に主だった問題はありそう?」
「大丈夫です。問題は潰します。」
素晴らしい。と応えたアンリは頷きサイフから一束近くを掴み取り山崎に差し出す。
「前報酬だ。失望させないでくれよ。
それと・・・外で俺達に会っても挨拶はしなくていい。他人の振りをしてくれ。理由はわかるね?」
信用されていないからだ。と頷いた山崎は、穿つようなアンリの視線を正面から受け止め喉を鳴らす。
おっかない人だ。見た目も雰囲気も普通。何処にでもいて気にも止めないような一般人のガワを被った狂気の怪人。コレが神崎夫妻のアンリさんか。
二度と会いたくない。関わらないよう生きたい。と思いながらそれは手遅れだと理解し前報酬を受け取り室内に向け深く一礼をし踵を返した。




