山崎賢治の災難 ②
人の営みが生む綺羅びやかな夜景を背に進む車は目的地である登山道ヘと走らせていた。
運転席でハンドルを握る石田は、足元の無線機から聞こえる情報と助手席のアマネに目配せをし尾行の有無を確認する。
「今の所は大丈夫です。山道に入るなら尚更見間違える筈がありません。」
「二代目ありがとうございます。サラさんもお客様に問題ないですか?」
「ないが・・・酒が無くなりそうなのが心配だな。」
クーラーボックスを足で示したサラは、顔を鞄で覆ったまま震える男と肩を組む。
「まだ殺してはだめですよ。」
「あぁわかってる。和やかなお話後に、ってな。」
震える男は一言も声を発せずエンジン音と荒れた路面を走破する音だけが空間を占めていく。
星と月の明かりが僅かに見える葉群の山で両手を拘束されたまま直立姿勢をとる山口賢治は、自身の正面に位置する車のヘッドライトの眩しさから薄目を開き周囲を確認する。
背後には背を預ける大木と崩れそうな崖があり、遠く聞こえる水の流れる音から沢に続いていると判断し緊張から喉を鳴らす。
車での移動時間はそれなりにあり、道中の車駆動音は四駆で登山道へ向かうとの声も聞こえた。
ならここはそれなりの標高がある沢近くの崖・・・突き落とせば後は動物が証拠を片付けてくれる天然の墓場か。
何故自分が?との問いは頭には浮かばない山口は改めて喉を鳴らし今できる事を思う。
悪行はそれなりにこなした。
いつか報いが来ることもわかっていた。
だが今日がその日であると決まった訳じゃない。
なら諦めるのは違うだろ。と自身を奮い立たせ決意を秘めた目でヘッドライトの前に立つ3人を見る。
「発言してもいいのか?」
「お、逃げないか。なかなか肝が座ってるな。」
「いやぁ人違いって線を確認してからでも遅くないかな、とか強がる位はカッコつけたい歳なんでね。」
「ハッハッハ。おい石田。こいつ良いな。私は気に入ったぞ。」
石田。と呼ばれた男が苦笑と共に一歩踏み出しヘッドライトの明かりを背で隠した事で3人のうち1人の顔が確認でき、要件を察した山崎は一度髪を掻く。
「茂君の組織の・・・天姉か。俺はなにかあんたらを怒らせるような事しちまいました?」
「あの、天姉って私呼ばれてたんです?」
初耳のあだ名に少し狼狽えたアマネは、やっぱり威厳とかないからかぁ。と落ち込みつつ言葉を続ける。
「地元は好きですか?」
「・・・?」
「最近、土屋総長の所の若い子達とよく会っているようで。」
「あぁそういう事か。オッケー天姉が言いたい事はよくわかった。
だとすれば俺が言える事は、『あんたらは幾ら出す?』だ。」
吹き出すような笑い声を作ったサラに全員の視線が集まり、気にするな。と手を振るサラは手にしていた缶チューハイを飲み干す。
「クク、今日来ていたのが私で良かったなぁ。」
「いや本当です。神崎がこの場にいたら交渉ではなく処刑を行わなくてはなりませんでした。」
「えぇ!?今の返答だけでです?」
「神崎は金で立場を変えるようなガキを信用しないので。」
懐に手を入れた石田は、本当に運が良かったと苦笑する。
神崎の思想は半グレよりも過激派ギャングや傭兵に近い。
一度でも金額の大小で立場を変えるような者は交渉や契約する価値が無く信用しない苛烈さは死地を潜った者が身に着ける覚悟にも似た予防策。
そしてそれはある適度まで『死』を身近に置いている職業者達の共通認識であり不可侵の信頼関係の源でもある。
だからこそ今後の立場や商売に多大なマイナスとなる裏切り行為が行われる事はそうそうない。あるとすれば裏社会の仕事を捨てても問題ない莫大な額と身を隠せる用意が揃った生涯で一度きりの瞬間だけだろう。
改めて本当に運が良かった。と苦笑を濃くしながら胸を撫で下ろす動きでライフガード22LRを取り出し構えた石田は、山崎の直ぐ横の木に射撃する。
銃声が森に木霊し硝煙の臭いが風に掻き消される時間で何が起きたかを理解した山崎はその場に尻餅を付き目を見開いた。
「ニ代目。構えて下さい。」
「え?あ、はい。」
指示に従いライフガードを構えたアマネは震える手を隠すように両手で強く強く握り山口に銃口を向ける。
「山崎さん、申し訳ありませんが私共が貴方に出すモノは金銭でなく鉛玉となります。
私共の指揮下で街の管理者として甘い蜜を啜るか、耳元の素敵なピアスさながらの穴を額に空けるか、貴方の発言で決まります。」
「は?あ?いや、はぁ?」
「貴方の生涯最後の発言はいまのでよろしいですか?」
「あっ!?待て待てっ!待ってくれって!!」
片手を上げかけた石田に落ち着くよう何度も待つよう繰り返す山崎は最善を求め思考を回していく。
天姉が使いっ走りだから茂君絡みかと思ったが荒っぽさが段違いじゃねえか。
なんだ?石田って誰の所だ?わかんねぇ・・・わかんねぇが待て俺。
後ろの酒女の顔を何処かで見た気がする・・・。
サラと石田の会話を思い返し、『神崎』の名に気付いた山崎は、やべぇ。と声を洩らし血の気の引いた顔を3人に向ける。
「神崎夫妻絡みっすか!?」
「えぇはい。因みにこちらのサラさんはその夫妻の片割れです。」
「んなっ!?」
手を振る女の姿を正面から確認し、マジだ。と呟いた山崎は冷や汗を背に浮かべる。
「あ〜なら仕方ないっ。従います。従いますんでそのおっかない獲物向けんのやめて下さいよ。」
「お、嘘はないな。ソレしまっていいぞ。」
「サラさんが仰るなら保証出来ますので。ニ代目もお疲れ様でした。」
ライフガードを下げたアマネは弾丸を取り出し革のケースに仕舞うと大きく息を吐く。
撃たなくて済んで良かった・・・。後は打ち合わせ通りにするだけで・・・。
顔をあげようとしたアマネは射撃するかも。と覚悟を固めていたストレスからの解放により腰を抜かしその場にへたり込んでしまった。
悪党としての覚悟も経験も浅く割り切りも切り替えもできない未熟な精神に苦笑したサラは数歩と前に進み、自らの身体でアマネと山口の間を遮る。
「色よい返事が聞けた今なら私とお前は友人だ。そうだろ?」
山崎の手を拘束していた手錠のロックとガーター部位を事も無げに引き千切り外す。
その膂力と威圧感に圧された山崎は緊張から呼吸すら止め続く声を聞く。
「私達は友人に難しい事は言わない。アマネがお前の上司であいつの指示に対する返事は『はい』か『イエス』のみだ。
もしそれ以外の馬糞とも見分けのつかない戯言がお前の口から漏れ出たなんて聞いたら私は悲しくなってしまう。わかるよな?」
高速で首を上下に動かし肯定を知らせる山崎の両手から外した手錠を手の中で収めたサラは、金属が急激に圧力をかけられた際に鳴る悲鳴のような音と共に圧縮しビー玉サイズにまで丸め込んだ。
「理解ある友人にプレゼントだ。外部からの誘惑に心が揺れ動いた時に見ると良い。
お前の頭を同じサイズまで潰す位わけないって理解出来るようにな。」
歯をカチカチと鳴らす山崎の胸ポケットに手錠だったモノを入れたサラは、アマネが見えるように横にズレる。
「お前の上司がピクニックさながらに座っているぞ。紳士的に手を貸してやれ。」
「はいっ!!」
一瞬でもサラから速く、遠くに距離を取りたい一心でアマネに駆け寄った山崎は、失礼します!と声を掛けてから腕に手を回し腰を支えるように立ち上がらせ車へ運ぶ。
その一連の動きを見ている石田は自身が手にしていたライフガードを懐に仕舞いながらサラに向き直り言う。
「やり過ぎです。」
「そ、そうか・・・まぁ手駒が手に入ったんだし良いじゃないか。怒るなよ。」
「二代目の手腕で従わせるのが最良で理想でしたが・・・こうなった以上今後も手を貸して頂きますよ。」
「わかったわかった。暇な時ならな。」
自由人め。と内心で舌打ちした石田はそれでも最悪ではない。と思い直し頷く。
「帰りましょう。新しい友人の歓迎会をしなくては。」
「なら焼肉がいいな。日本式だぞ。あと飲み放題だと酒類がしょぼいから別途でいこう。」
「神崎への経費申請はサラさんの責任で通して下さいよ。」
最後の言葉を無視したサラが後部座席に駆け寄る姿に肩を落とした石田は一仕事終えた安堵と、歓迎会で山崎への業務通達をしようと決め、運転席のドアを開けた。




