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芽吹きの日

朝早く快晴の一日、排気ガスを撒き散らしながら走る車の走行音と鳥達の鳴き声の下、小走り気味に足を早める成人女性、『天童アマネ』は仕事の始まりとして、手にしたスマホを見る。

そこには上役から起床前に届いた住所と合流時刻が記され、事前に調べたその場所までのルートが載っており確認の為に視線を落とす。


「朝早いって!?」


声に出た悪態は誰に聞かれる事もなく消え、靴音だけを道に残し駆けていく。


緊急事態?いや、ボス達に限ってそれは無いと思うけど・・・。


普段と違う状況に妙な予感を感じるも、胸騒ぎのような予兆は無く、走る速度と反し思考は穏やかなまま目的地の高層マンションに辿り着く。

息を整え、羽織っていたジャケットを叩いてから畳み身支度を整える。

部屋番号を押し幾つかのやり取りを終え開くオートロックをくぐり、エントランスを抜けエレベーターヘ向かう。

中層階にある目的地の階のパネルを押し緊張から一度胸に手を当てオートロックをくぐってからの動きを脳裏に浮かべる。


監視カメラが回っている場所で一連の行動に不信な点は残してないよね?

うん大丈夫。不要な独り言も言っていないし、監視カメラの画角内でスマホ画面の確認もしていない。大丈夫の筈。


問題ない事を確認し、エレベーター扉が開き廊下ヘ足を踏み出す。

コツコツと靴音と共に目的の部屋に辿り付きインターフォンを鳴らした。





玄関のロックが開き招かれたアマネは室内に一歩踏み入れると同時に立ち込める甘い匂いに顔を顰め手で鼻を覆う。


なに?ジュースでも煮てるの?誰?馬鹿なの?


匂いの発生源をコンロのある厨房と予想し扉から顔を覗かせたアマネはマスク姿で作業をしている男と目が合い、顰めていた顔を緊張に移す。


「ザキさん!?」

「うん?あぁアマネさんおはよう。元気いっぱいで何よりだ。」

「なにしてるんですか?私代わりますんで休んでて下さ・・・。」


ザキさんと呼ばれ振り向いた男、『神崎アンリ』とステンレス製の大鍋と茹でられているコンドームを見たアマネは、一度天井を仰ぎ見る。


なにしてんの本当に・・・?


自身の人生経験から正解を探ろうと思考を数巡させ、見間違いかもと結論を出したアマネは鍋の中身を確認し、流しの三角コーナーに捨てられているコンドームのパッケージの山を見て項垂れる。


「ザキさん。本当、悪い事言いませんので休んで下さい。何時にも増して馬鹿になってしまうのは疲れてるんですよ。」

「ハハ、失礼が口から溢れているよ。」

「いやだって・・・じゃあなにしてるんですか?」


棚から差し出されたマスクを受け取り口元に当てたアマネは正面から見据えられた視線を受け止める。


「香り付きコンドームからエチレングリコールを分離させているんだよ。」

「エチレングリコール・・・不凍液?」

「そうそうそれそれ。博識だね。」


細められた目に肩を竦めるアンリは、レンジフードの同時給排気の稼働を確認してから火力の調整をする。


「コンドームには、耐久性や伸縮性を高めるためポリウレタンが含まれているからね。

まぁ、その合成ゴムの原料ポリイソプレンや匂い付けに使われるグリセリンやらといった・・・ふふ、小難しい話は興味無いか。」


デフォルメされた鬼のアップリケ付きのエプロンを外し言葉を続ける。


「簡単に言うと香り付きのコンドームをしっかり煮出してから8時間位置いておくと、ポリウレタンが破壊されてエチレングリコールが出るらしい。

ポリウレタンから芳香族炭化水素と非常に中毒性の強いアルコールに変化させられるなら自家製ドラッグとして使えるって事だ。

成分濃度か服用量を整えれば半日程度はハッピーになれると思うんだよ。」


困惑の表情で鍋を覗こうとするアマネに飲みやすくする為の香料と甘味、酒精の配合表も渡し場所を空ける。


「興味本位で飲んじゃ駄目だよ。

ドラッグってのはどれも長期的に見て非常に有害だからね。これもその例にもれず骨や腎臓、聴覚、視覚等の神経系にもダメージを与える良くない成分だ。」

「大麻というよりは・・・シンナーと似た悪影響ですね。」

「だが安く量産出来る。巷では睡眠薬を飲んでから眠気を我慢したり市販の風邪薬の大量摂取て脳内麻薬を出して遊んでるガキが多いんだろ?

その程度のキマり方で満足出来るのは健全で慎ましい事だが、そもそも薬局や病院で薬を処方して貰うならそのまま使わず一手間加えて自家製ドラッグにすればいいだろうに・・・精製水やエタノールで分離と再結晶化程度手間でもなんでも・・・いや、彼等は化学に触れる機会が無かったのか?」

「いえ、学生を経験してますのであったとは・・・。」

「では脳味噌に知能が備わる程の容量が無かったのか。実に哀れな事だ。

だが、そのようなアホ達ですら俺は見捨てないよ。我々の商品を購入する消費者として人的資源の1つとして捉えよう。」


気楽な口調で手を洗いタオルで水気を拭うアンリの横顔を見るアマネは、相変わらず嫌な性格してるな。と思う。


やっぱりザキさんは苦手だなぁ。私達の組織がトラブルに巻き込まれた時に大変お世話になったとはいえ、正直に言うならあまり関わりたくない人だし、もう一人の・・・。


思考の途中で扉が開き、ラフな服で濡れた髪を拭きながら顔を出した茶色の長髪と豊かな胸の美女に会釈をする。


「お、来てたか。お前も朝風呂入るか?さっぱりするぞ。」

「おはようございます。サラさん。今日も寛いでますね。」

「朝帰りだったからな。私はアイス食って呑むから邪魔するなよ。」


勿論です、と乾いた笑いで冷凍庫からお気に入りのアイスを取り出す背を見送るアマネは緊張から喉を鳴らす。

その雰囲気に苦笑したアンリは場を繋ぐ言葉を作りながら冷凍庫へ歩を進めた。


「ほら、先月から隣街で麻取り関連の特捜が立ち上がっていただろ?お巡りさんの活性化の関係で行き場を追われたワンパクな子たちのせいでこの辺りの勢力図が変わって調整役に出てたんだよ。」

「あぁそれは・・・ボスの要請ですか?」

「要請というか懇願だね。これはその時に知り合った子らに回すようの商品なのさ。」

「行きつけのコンビニの店長が困っていたってのもあるぞ。いつも廃棄品をおまけしてくれるから助けてやらなくちゃ。」


善行善行、と笑いながらアイスを吟味し始めた2人から視線を切ったアマネは鍋に向き直る。


やっぱり怖いなぁ。この2人の目にはこっちの業界でもそういない何人も殺している冷酷さが垣間見える。

それにサラさんがご機嫌って事は・・・昨日はその数を増やした日だったんだろう。


こういう時は関わらない方が良いと経験で知っているからこそ、上機嫌でリビングに向かう2人から物理的距離が取れることに胸を撫で下ろす。


「朝早くから呼び付けて悪かったね。」

「はへ!?」


すぐ横からの見知った声に気の抜けた返事をしたアマネは、いつの間にか並んでいた青年に気付き姿勢を改めた。


「ボス!」

「役職で呼ばなくてもシゲでいいよ?」

「あ、いえ。」

「ほら、万一、外でボスなんて呼ばれたら大変だ。

電子のやり取りでは名前を残せないから役職で、直接のやり取りは愛称で、この業界の基本だよ。そうでしょアンリさん。」


ソファから伸びたサムズアップを見て苦笑するシゲこと斉村茂は、置かれた配合表を見ながら鍋の火を止める。


「こういうのをうちで作らないでほしいな。」

「すまないね。やはり匂いとか考えると高層マンションの排気設備を介した方が出処がバレないからさぁ。」

「貴方も高層マンションの一部屋程度セーフハウスとして持っているだろ。そっちでやってくれ。」

「オーライ。次からはそうするよ。」


うん。と声を置いた斉村はソファで寛ぐ2人と手にしたアイス、そして机に置かれた年代物のウイスキーに気付く。


「人の物を勝手に食べるのはやめてくれ。」

「五月蝿い事いうなよシゲ、昨日の件の報酬さ。

甘味と酒でチャラなら文句はあるまい。」

「ふむ、サラさんの言葉通りに受け取っていいのかな?」

「ハハ、死体の処理とかもあったから困るんだけどね~。まぁサービスとしておこう。」


アイスを片手に振り向いたアンリは目を細め視線を送る。


「それで?アマネさんを呼び出してくれたって事はこちらからの要請は受けて貰えるのかな?」

「彼女次第だね。無理強いはしない質なんだ。」

「その精神はシゲさんの数少ない美徳だから尊重するよ。」


うるさいよ。と苦笑した斉村は、アマネに向き直る。


「アンリさんの組織から出向要請だ。」

「出向・・・?」

「正確には俺が世話になっている組織の下部組合の形だけど独立した組織の方だね。

まだ運営したての若い組織だから運営に必要な人材をスカウトする為、この街で頼りになるシゲさんにご挨拶ついでに打診したんだ。」


スプーンを加えながらモゴモゴとした言葉混じりに届く声に視線を向けたアマネは首を傾げる。


「あの、ザキさんの所属している組織ってたしか過激派環境保護団体ですよね?」

「そうそう、所謂、終末思想のヤバい組織。

世話になっている身であまり言いたくないが、世界遺産や美術品を狙うテロ気味のパフォーマンスで世間様から大変な顰蹙をかっている困ったさん達だ。」

「わかっててやっているんですか・・・。」

「テロは金になるからね。」


振り向いたアンリは口端を吊り上げ笑う。


「世の中には過激派の行動を見た際、幾つかの反応があるんだ。

1つは、批判なり賞賛なりの声は出すが行動しない無能。

もう1つは、社会の本質を理解せず思想に染まり行動を美化し始める使い捨ての駒候補。

そして、声も行動も出さないが賛同して金を出す素晴らしきスポンサー様。」


3つの上げた指を収め目尻を深くし続ける。


「うちの組織の主なお仕事はスポンサー様から毎月の運営資金を得る為に無能を煽り、使い捨ての駒に過激な行動を取らせ、世間様に広く活動しているって事をお伝えする事さ。」

「私その分野のお手伝い出来ませんよ?」

「いや、スカウトしている組織は俺の個人的な管理が認められているからもう少し自由が効くものでね。

具体的な事業内容は、とある地に商品を輸出をする貿易商とその資金集めを最重要業務としている。」


額に手を当てたアマネは、数秒考えこんでから項垂れる。


ここに呼ばれた以上この話は確約でしょ。面接とかで人事課が希望を聞くけど業務先は既に決まっているっていうアレと同じ。

こっちに選択権はないけど、自分で選んだからにはお仕事はしっかり取り組んでね?という無言の脅迫を秘めた問いだ。


つまり断れば殺される。という確信と、その不条理が当たり前にまかり通る組織に所属している不運から頷く。


「了解致しました。身を粉にする献身でお役に立ちましょう。」

「だそうだ。うちの組織からは幹部候補の彼女を出すんだ。納得してもらえるね?」

「勿論だよシゲさん。そして素晴らしい回答だが気負い過ぎさアミーガ。

エコノミックアニマルと揶揄された日本人の奉仕精神をここに発露させる必要はない。

良い仕事とは十分な休みと報酬があってこそだ。俺は自らの無能が招いた失点を部下に押し付けるゴミの標語そのものであるサービス残業もノルマ制も掲げないから安心したまえ。」

「ハハ、本当であれば助かります・・・。」


朗らかな笑顔で立ち上がるアンリにビクリと怯えた表情を浮かべたアマネの前に立つ斉村は、仲介するかのように間に立ち柔らかく背を支えるように手を当てる。


「心配する事はない。

アンリさんは人として尊敬出来る部分は無いクズだが悪党としては学ぶ事の多い方だ。

アマネが最低限の敬意さえ払うなら礼節無くとも気にしない寛大さがある。」

「ハッハッハ。この業界は金目当てで杜撰で目も当てられない仕事をするゴミが多いからね。

貴女が成すべきことをキチンと取り組む限りは俺も敬意を払うとも。」


握手を求め差し出されたその手を見て呼吸を整えたアマネは頷く。


「よろしくお願い致します。」

「あぁよろしく。貴女を誰が見ても軽蔑する生粋の悪女に仕立てよう。」

「え?いや、それは・・・。」

「安心したまえ。非情とは身につけられるものさ。

こう見えて俺も少し前まで良識と秩序を愛する健全な社会人だった。」

「「「それは無い。」」」


サラも含めた全員の言葉に項垂れたアンリは肩を落とし、迎えるように手を広げるサラの隣に戻っていく。


その頼りない背を見る今日が生涯における最悪の知人にして共犯者となる男との仕事の始まる日。

これは一端の悪党として社会の掃き溜めで才能を咲かせた女の物語だ。

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