人身売買 ⑤
古びたマンションの角部屋、その一室にて下着姿で撮影されている2人の女がいる。
引き攣った笑顔と青ざめた顔色から否応無しに風俗に沈められたのだ。とわかるその女達の1人は、自らの名であるサヤカの名を隠す源氏名を考えながら宣材写真の撮影を続けながらつい先程までの記憶を思い返していた。
夕方前、鬱屈とした大学生活を終え、前々から意気投合した人達との待ち合わせの駅に付き改札を降りたサヤカは、トイレ内で着替えを済ませると指定された場所へ向かう。
自殺を仄めかす。本当にする気なんて無いけど若く女であるだけでSNSの世界ではチヤホヤしてくれる。構ってくれる。
今日会うのはそんな人達の中でも一番話が合いそうな人達だ。
「ふふっ。」
日常生活からの離れ口元が緩み笑みを溢したサヤカは駅前のシンボルに立つ4人を遠目に捉え、事前に聞いていた服装や特徴との一致を確認し駆け出した。
そこから数時間は本当に楽しい時間だった。
普段では行けない価格帯の店や経験をさせてもらい、溢した日常の愚痴や辛い過去にも共感を得られ、優しく包容してくれた。
それは普段は勿論、過去出会った誰より居心地が良く、得難く本当に楽しい時間だった。
だから今思うのは5人で過ごした最後の時間、あの部屋で3人の行動を止めてしまった自責の念だ。
ケンさんもキーちゃんもアマネちゃんにも死んで欲しくなかった。
楽しい人達だ。弱さに寄り添える人達だ。過去も生き方も認めてくれる人達だったから3人が自殺する準備に取り掛かった時、私はそれを止めてしまった。
宣材写真を取り終え服を来たサヤカは、暗い表情でその時の3人の顔を思い返す。
裏切られた。と表情から読み取れる程の落胆と失望。それを覆い隠すような違和感のある苦笑、そして最後と決めていたからこそ自暴自棄に近い散財を打ち明けられた事まで鮮明に思い返す。
PCによる宣材写真の加工をしている店長やシフト制作に取り掛かった面々の作業を待つ時間に続きを思う。
それは強面の男が来た瞬間だ。
ケンさん達を捲し立てる言葉に独特の特徴とイントネーションが混じり、その雰囲気からおそらく中国か韓国のマフィアだと思った時だ。
数人の部下が3人を暴行する言葉から察するのは今日の散財費用として3人がヤミ金、もしくはそれに準ずる所から借りたという事。
私が自殺を止めたから死による返済逃れが出来ない。と判断しチェン、と名乗る男に謝罪した事。
きっと、寸前まで決意していた自殺を止められてしまったから、その瞬間まで支えていた覚悟、そして皆で行うからと精神を麻痺させていた狂気が霧散し、再び死のうと奮い立たせるより謝罪と制裁を選んだのだと思う。
結果、自分達全員はチェンとその部下達から暴行に合う事になった。全ては自分が甘かったから、ただ構って欲しいだけの認識の甘さが今眼前に広がる状況を招いた後悔だったといえる。
「覚悟・・・かぁ。」
「静かにしろ。お前等は借金が返済終えるまで自由はない。それだけ理解しておけ。」
「逃げたら?」
「・・・その覚悟があるなら試してみれば良い。ここで働ける事が天国と思えるような店に売り飛ばしてやる。」
「・・・。」
舌打ちをしたサヤカが悪態を続けようとした時に正面の扉が開き、スーツ姿の女、マナが現れると室内にいる自分以外の全員が立ち上がった。
「「「社長。お疲れ様です」」」
「はいお疲れ様。今日も1日よろしくね。」
頭を下げてから作業に戻る面々の後ろ抜け、店長と幾つかやり取りをしているスーツ姿の女の軽い一瞥した視線を受け止めたサヤカは寒気がする程の冷酷な視線に思わず顔をそらしてしまう。
なにあの女。どんな精神してたらあんな目で人を見るの?
まるで、と続けようとした思いを遮るように声が来る。
「サヤカさんとユメカさんね。あらあら、中々の金額を借りられたようで。」
「無理矢理よ。ここに売られたって事はあのチャンとかいう奴とグルでしょ。」
「えぇ。でも返済しなくてはならないのは世の常。
各社サラ金の方は自己破産か自殺後の遺産破棄で帳消しに出来るけどヤミ金側はそれでチャラにはしない。」
「確か・・・金利的に違法だから返さなくてもいいんじゃない?」
「それを言うなら貸金業者として許可を取り付けて無いから。で無視出来るわ。やれるならね。」
ポケットから取り出したスマホを操作しある動画を選んだマナは冷酷に笑う。
「私達がどんな人間かこの動画を見ればわかるかな。」
動画をスタートすると、女の絶叫とガスバーナーの音が聞こえ、鼻歌混じりに頭皮から炙る男の背が写り、その惨状から逸らした顔を髪を掴まれ戻される。
「ほらほら目を背けないの。今から火傷をサンドペーパーで剥がして痛覚神経を露わにする為に表皮を剝いてくんだから。
あ、その奥にいるのは女を逃がそうとした彼氏よ。ね、両目潰され腹から腸が出てるけど・・・まだ動いて何か言ってるわ。」
音量上げる?と屈託の無い笑顔で問われた時、込み上げる嘔吐感を実物として口から溢したサヤカ達は、哀れみの声と動画内から続く謝罪や懇願混じりの絶叫を聞く。
「仕事したくなった?それともこの下処理後のスナッフビデオまで見たい?なんなら出演させてもいいけど・・・。」
「やります・・・仕事します。」
「私も働きます。キチンと返済します。」
「ふふ、聞き分けの良い子は好き。なら先ずは自分が汚した床の掃除からお願いね。」
掃除道具を収めたロッカーを示したマナは一度手を叩き晴れやかな笑顔でサヤカ達を立ち上がらせ言う。
「じゃあ今日はうちのスタッフ相手に研修からね。明日はシフトいれるからしっかりよろしく。」
「研修・・・。」
「路上の小娘がしてる援交と違ってお店の看板背負った商売ですもの。客相手に股開いて終わりじゃリピーターにならないでしょ?」
そんな事も理解出来ないの?と蔑んだ声に赤面する2人を他所に適当に3人程スタッフを指さしたアマネは言葉を続ける。
「研修室使っていいから2人の登校時間まで仕事を覚えさせて。撮影も忘れずにね。」
「貴方は2人の学校終わる時間からシフト組んでね。それが終わったら研修に協力してあげて。」
「貴方は2人の身分証から家族や住所の裏取りね。
後、落ち着いた頃に監視カメラ下で面接し直すから・・・ヤリたければ研修参加してもいいから急ぎでお願い。」
そして、と掃除道具を手に俯いたサヤカ達の肩を叩いたマナは頷く。
「改めてこれからよろしく。逃げたりおまわりさんにウタったりしないなら借金完済で手を切れるわ。
あぁ、しないでね?ってお願いじゃないの、抵抗も逃亡もしてもいいけど代償はキチンと払わせるって忠告だから、わかる?」
「「・・・・・・はい。」」
「オッケー。じゃ、皆後はよろしく。私は帰って可愛い生徒達の中間テスト用の問題作らなきゃだから。ばいば〜い」
手をヒラヒラさせて扉に向かうマナにサヤカを含む全員が一礼をし見送った。




