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人身売買 ④

清掃の行き届いた室内、そのロフト上部から壁を伝い床を覆う一面のブルーシートを整えたアマネは、三脚の置き位置を示すバミりに従いセットを完了し額の汗を拭った。


「ふぅ、いいんじゃない?良くわからないけど。」


一度扉に向け数歩後退し、ロフトから垂れるロープの位置等を絵図通りに調整しPERFECTな仕事だと力強く頷き扉を開け声を作る。


「さて、ケンさ〜ん!!確認お願い致します!?」

「お、は〜い。ちょっと待ってね〜。」


数秒やり取り交わす声の後に姿を表したケンに会釈をしたアマネさん扉を開き招き入れる。


「お〜いいんじゃない?カメラの画角も・・・バッチリ。アマネちゃん良い仕事するねぇ。ね、キーさん。」

「本当に良いセッティング。初めてでコレならボスに捨てられたらうちに来てよ。」

「こらこら、アマネちゃんは、斉村さんの組織からの出向扱いだからね。向こうと揉めるのは困るからスカウトは駄目。」


え〜、と不満気な表情を浮かべるキーと呼ばれている木村と名乗った女性に会釈をしたアマネは一度首を横に振る。


「ザキさんに不要とされたなら全力で姿くらましますよ。後が怖すぎますんで。」

「それはそうか。ウンウン、その時は俺達を巻き込まないでひっそりと消えてね。」


屈託の無い笑顔で返された言葉とその横で頷くケンの姿から、この人達は利他の享受を前提とし横繋がりや人間関係が希薄なのだと伝わり引き攣った笑顔を作る。


「あの、それで・・・。」

「あぁうん。この後は商品のお迎えだよ。

一応、アマネちゃんも俺もキーさんも自殺志願者として集まった。って設定で出迎えるから振る舞い気を付けてね。」

「えっ!?聞いてないです!!?」

「言っていないからね。でも大丈夫、シナリオはちゃんとあるから説明するよ。」


先導するケンの後に続き部屋を出たアマネは廊下を挟みリビングに向かうとケータリングに並ぶ出前品と高級なシャンパンや酒類、そしてゲーム類が置かれているのを見る。


「最後位思いっきり遊んで楽しく死のうってね。俺達は生理食塩水を注射、商品の娘達は陳さんの臨死薬。

同調圧力による行動協調を取らせる為、みんな同時に打つか、率先して流れを作る為に1人が打って後戻り出来なくさせるかは状況次第で俺が判断するよ。」

「注射を嫌ったらどうします?」

「商品の娘が首吊り希望ならその時は俺達は演技をやめて撮影班に変身ね。

ただ、あり得ないとは思うよ〜死刑囚の絞首刑は落下の衝撃で頸骨が脱臼して心停止するけど、ここじゃあ頸部圧迫となるからめちゃくちゃ苦しい。

余程知識が無いアホな商品じゃなきゃ選ばないって。」


肩を竦めたケンは、不安気な表情のアマネの肩に手を置きウインクする。


「良いかい?首吊りの経過を教えてあげるよ。

先ず、縄の負荷が数kg程度で内頸静脈が締まり顔面が赤黒く変色するんだ。

その後、重さを増す事で内頸動脈が締まり網膜、粘膜部を中心とした毛細血管圧力上昇により溢血斑の出現となる。

ここまでならまだ助かるが大凡18kg程の重さで気道閉塞、そして椎骨動脈閉塞まで進めば激痛から暴れだし、やがて痙攣を繰り返し始めた頃には、血が頭に登らず青ざめた表情で糞尿を撒き散らした死体となる。

その姿はスプラッタ無しも相まってスナッフビデオの入門編として販売されるんだ。

あぁ、勿論死体は陳さんに渡すのは変わらないから安心していいよ。」


流れはこんな感じ、と気軽に言う姿から手慣れた雰囲気を感じ取り生唾を飲み込む。

少しその姿を想像すると唇が震え足元が覚束なくなる感覚に、すいません。と声を置き、震える足を叩き活を入れる。


「ケン。あまり怯えさせちゃ駄目、可哀想だよ。」

「あぁごめんごめん、落ち着いて大丈夫、大丈夫だからね。」


背を擦る木村に、再びすいません。と謝り項垂れるアマネは、視線を低くし伺うような表情のケンの声聞く。


「ほぼほぼ、ここに来る娘達は死ぬ気も無い構ってちゃんだからそこまでいかないんだ。

そういう娘達に無理やり死を強制させるのはうちの業務じゃないから安心して。」

「そうそう。ちょっと話聞いて遊んだら満足って娘がだいたいよ。

そういうイケナイ娘は部屋使用料やパーティー代金、勉強代としてサラ金と組織の系列の闇金で取り立て可能な限度額まで借金させてからマナさんが管理している風俗店に売り飛ばすって流れ。だから大丈夫、ね?」


落ち着いた?と覗き込まれる優しい目と乖離した言葉に一瞬フリーズ仕掛けるもそういう職場なんだ。と理解したアマネは頷く。


「す、すいません本当にすいません。まだ覚悟とか全然出来ていなくて・・・。」

「大丈夫大丈夫。アマネちゃんは人間と商品の区別がついていないんでしょ?だったらその感覚は普通だから謝らないで。」

「そうね〜。斉村さんの職場は特殊詐欺を主な業務にしてたんでしょう?

そっちは人心に寄り添い不安を煽る人じゃなきゃ仕事にならないもの。仕方ないわ。」


そうだよね〜。と声を合わせるケンと木村に乾いた笑いを返す事しか出来なかった。




〜数時間後〜


机の上に置かれた6つの札束を前にしたケン達は息をつくように椅子に体重を預けた。


パーティー後さながらの荒れた室内と、所々に土足跡や血糊が残る床を見渡し苦笑する。


先程までSNSで自殺願望を仄めかす娘達の相手をし、反社を装った陳が部下を引き連れ脅しと見せしめを兼ねた軽いリンチを終え、無事各金融金に借り入れをさせ、風俗店で返済完了まで働かせる事を契約させた所とあって一仕事を終えた充実感から全員の表情に笑みが溢れていた。


「無事終わって良かったです。」

「アマネちゃんが一番年近いから絡まれてたもんね。お疲れ様。」

「ここに来る娘達ってだいたい家族や学校、友人関係の不和を抱えているか自分中心で世間が理解してくれない勘違い系が多いから話を合わせるの大変だったでしょ。」

「いえ、その・・・相手を理解しようと思わないでただ肯定してただけなので・・・。

ケンさん達が仕事前に人間と商品の区別について教えてくれたおかげで少し割り切れました。」


罪悪感からか苦笑したアマネは仕事前に2人から聞いた話を思い返す。


同じ姿をして、名前があって、国籍があって言葉を喋るからといって人間では無い事。

自分達にとって今後も付き合いを続けたいと思う有益な者が人間であり、それ意外は人的資源『ヒト』と考える事。

資源である以上、処理工程を経て価値を生む存在と割り切り、その過程も事情もその後にも興味をもつ必要が無い事。


教えの言葉を胸に置き、小さく頷いたアマネはそう捉えなければならない業界であり、コレが入門編となる組織に自分は席を置いてしまったと再認識する事で覚悟を薄っぺらい言葉ではなく実感として捉える。


「動物としての人間と知人としての人間の境を引けた。この感覚を知らなければきっと病んじゃう所でした。」

「そうそう、その感覚は大事だよ〜。

ほら反社じゃなくてもホストとかキャバクラとか風俗で勤務している人は皆、その感覚で相手をATMとして捉えてるでしょ?

長く健全な精神でいたければモノと者は区別しなくちゃ。」

「キーさんは良いこと言うなぁ。

アマネちゃんは若いからこれから多くの人に会うからね。利用するだけのゴミと価値ある人材か判断する選美眼は大事な事。そしてこれはもっと大事な事。」


机に置かれた札束を全員の前に一つずつ投げたケンは笑う。


「ボスへの支払い50%を除いた残りを3等分でいい?」

「え、私教わるばかりであまり・・・それに経費もかかってますよね?」

「いいのいいの。むしろ報酬を渋ると裏切りや密告が出るから『報酬は手厚く』が神崎夫妻の組織方針。勿論、ケンも私も文句ないから。」


そうだよ〜。と同意を示したケンは破顔し頷く。


「経費もボスに請求出来るから気にしないで。

うちらは、ただ酒飲んで美味いもの食って遊んで若い女を売り飛ばす。生きてるか死んでるかで販売先が違うだけでやる事はこんな感じって覚えといて。」

「は、はい。」

「あと、今日は陳さんが見せしめ役に来たけど状況と仕事次第じゃアマネちゃんが実行役もあるからね~。

部下の教育や演技指導共々ちゃんとしないと加減がね・・・。」

「そうそう、マナさんの所のスタッフはその辺りの演技指導下手だから痛いのよ。痕も暫く残るし・・・。」


嫌そうに顔を顰めてから目の前に置かれた札束を鞄に突っ込んだケンと木村は立ち上がり微笑む。


「今日はお疲れ様。今後もちょこちょこ仕事する事あるかもだけどよろしくね。

あ、あと演技とはいえ打ち身した箇所はちゃんと治療しなよ。サボると後日に引きずるから。」

「あ、はい。ありがとうございました。」


言われ、腹や腰まわりに感じていた鈍い痛みをさすってから自分の報酬を仕舞おうとしたアマネは、開けた鞄にもう3束投げ込まれ顔を上げる。


「明日ボスへ報告行くんでしょ?ついでに取り分渡してよ。経費申請は後でケンからって伝えてくれれば良いから。」

「私等はこの家の後片付けあるからよろしくね〜。」

「片付けってより仕事終わりはアガるから・・・さ。」


2人が唇を重ねる姿に邪魔にならないよう急いで身支度を終えたアマネは頷く。


「今日はありがとうございましたっ!失礼しますっ!!」


服を脱ぎながら手を振る2人に一礼したアマネは、仕事終わりの気怠さと高揚感が混じる身体で玄関を潜り帰路に着いた。

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