人身売買 ③
次々と荷解きが進む中、作業を邪魔しないよう部屋の隅に立つアマネは、陳とケンがダンボールから取り出した大きめのスーツケースを開けると中からブルーシートと紙おむつ、縄、カメラや三脚を取り出し、新品の替えの衣服や猫砂を取り出していく動きを見る。
「陳さん陳さん。臨死薬も頂戴。」
「今回は何人分ね?」
「2人。大学1年生の女の子達。」
「それはいいね。若い娘プラスティネーションで肉体保存すると死姦用に高く売れるよ。」
元々人相の悪い顔を邪悪に歪ませ笑う表情に寒気がするアマネは自分は置物、と何度も唱えながら空気のように気配を消していたが2人と目が合ってしまう。
「どうしたの?」
「あ、いえ、その薬ってなんですか?なんて・・・ハハ。」
「塩化カリウム製剤をベースに製法した薬。
静脈注射すると血流に乗り心臓から全身に拡散するね。個人差あるけど大体10から20秒程で心肺停止になる優れものよ。」
「静脈注射だからちょっと痛いけどほぼ苦痛無く死ねる陳さん特性の魔法の薬さ。」
首をくくるジェスチャーをとるケンは笑う。
「自殺志願を口にする人の大半は、口だけの構ってちゃんなんだけど、中には商品になる本物もいる。
でもそんな人でさえ過激な言動とは反して苦痛は嫌とワガママさんが多いから、眠るように死ねる手法がほしいんだよ。
ほら、首吊りやオーバードースは苦しいから人気無いだろ?かと言って睡眠薬服用の練炭自殺は閉所空間の用意と煤掃除が大変で、やるなら廃棄車両内とマフラーを管で繋げた排気ガスの手法だけどこっちも用意が中々に手間じゃない?だからこのお薬が超オススメ。」
「あの、商品なのに本当に殺すんですか?」
「あれ?人身売買って聞いてない?死体は売れるんだよ?
後、殺すんじゃなくて死にたいって願望を叶えてあげるだけだから間違えないでね。」
ね〜。と声をかけられた陳は、忘れ物が無い事を確かめながら頷く。
「欲望の極みが過ぎた富裕層は頭イカレるね。他者がやらない、出来ない、ソレやりたいよ。」
「人食、死姦、人体部位の収集・・・ハッハッハ。そんな探求者の異常なニーズに応えられるのが俺達って訳さ。
勿論、入門編として死ぬまでの状況も撮影するし販売する。スナッフビデオってやつは存外金になるんだよ。」
悪意無い朗らかな笑顔に吐き気を催したアマネは、泣きそうな笑いを顔に貼り付け背一杯の虚飾とする。
死体処理業者さんと合流って時点でなんか変とは思っていたけど、普通人身売買って売春の事じゃないの・・・?
「・・・今回は社会勉強だから見てるだけで良いよ。その調子で参加したら病んじゃいそうだし。」
「神崎もケンも甘いね。俺が仕事始めた時拒否権無かったよ。」
「時代が違うんだよ陳さん〜。今はなんでもハラスメントって面倒な時代なんだよ。困っちゃうね。」
ケンの言葉と雰囲気に安心したように胸に手を当てた時、声のトーンを落とした言葉が来る。
「いつまでも、という訳にはいかないよ?」
「は、はいっ!それは勿論!?」
「うん。じゃあ準備を終えたら職場に出掛けようか。道すがら説明するから・・・陳さんチェックしよっか。」
スーツケース内を覆うように厚手のビニールとシリコーン樹脂で加工してから開封した荷物をスーツケースとリュックサックに分けながら順に収め、積載漏れが無いよう2人で二重チェックを行う。
「遺体は筋肉が緩んで排泄物が漏れるからね。オムツとかも使うけど念の為こういう処置をしておくんだ。後、今みたいな夏場は腐敗が早い事もあるし色々配慮として必要なんだよ。」
「死体運びリスク多いね。頻繁に大きい荷物運ぶの怪しまれないよう個人運送業なったよ。
スーツケース内死体収めダンボール梱包して車載せたら職質でも開封しないね。」
説明を受けたアマネは成程、と思いながら首を傾げる。
「ここが職場じゃないならセーフハウスですか?」
「ここは俺の生活保護の実地調査用の拠点だよ。行政の確認や追加調査がある時と人目につかない準備をする時に使うんだ。」
「・・・因みに普段は?」
「今から行く愛人の家に住んでる。多分もう少しで迎えが来るから・・・。」
スマホを起動しTelegramにより送られた到着時刻と時計を見て頷く。
「OK、こっちの作業終わったら陳さんに連絡するね。」
「わかった。今回は商売なるの期待するよ。」
立ち上がり扉に背を向けた陳は片手を上げる。
「ではね。アマネもしっかりやるように。」
「は、はい!ありがとうございました。」
そのまま玄関の扉が閉まるまで見送ったアマネは室内の片付け手伝いながら迎えを待つ。
掃除と手入れの行き届いた地下室は換気扇の駆動音とホルマリン系薬剤の臭い、そして死臭に満ちていた。
ブラシ掃除が出来るタイル張りの床は僅かに濡れ、その上を水音と歩く長靴の陳は、手術台に模した台座に横たわる若い娘の死体に触れる。
「準備何処までできてるね?」
「ホルマリン処置済と内蔵を抜き保管してます。死姦用途なら陰部にオナホールの着用アタッチメントも付けますが・・・。」
「ここ縫合痕荒いね。コレ商品よ。もっと丁寧に扱うね。」
「す、すいません。」
説明を遮り指摘した箇所を確認し、頭を下げる小柄な助手に手振りで作業を進めるよう促し進行を見守る陳は顧客リストから販売先を選んでいく。
縫合跡はエンバーミングで化粧処置、身体に欠損無く年若い女。鑑賞目的でもそれなりの値段つくね。
ただ、と内心で言葉を置き、リストの横に書かれた グロの許容度ランクを見る。
プラスティネーションを施した死体やミイラ、剥製等の美術品は保有者、鑑賞者のグロ耐性が求められる難しい商品だ。
美術品として傷の無い姿を求める顧客もいれば異形と化した継ぎ接ぎの姿を求める顧客や腹部、陰部、胸部といった皮や筋膜を剥ぎ内部の鑑賞が可能な状態こそ至高とする者もいる。
更に処置に手間がかかり、気温や湿度等の保管場所、運搬、設営と文字通り専門家でなければ扱えないこの商品はとにかく値が嵩むものだ。
その上、趣味嗜好の披露界隈は限定的で万一、外部に露見すれば人生において相応の代償を支払う事になるリスク商品。
リストを捲りながら時折作業指示を出す陳は過去の販売歴を思い返し言葉を作る。
「今回は闇オークション回すよ。用途も仕上げも任せるよ。出来次第で制作者名載せるから頑張るね。」
「え!?いいんですか?ほんとに!?」
「神崎も後進育成始めたね。こっちも倣う事にする。」
「は〜、ボスの指導は厳しそう。僕は陳先生で良かったです。」
「当然、当然。神崎夫妻に人を導く力ないよ。アマネはきっと苦労する。違いないね。」
同意する2人の笑い声が地下室に木霊した。
クシュンっとくしゃみをし、鼻を啜るアンリは目の前に差し出されたティッシュケースを受け取り会釈をする。
「すまないね。ガレージ作業多かったから身体を冷やしたのかもしれない。」
「夏場ですからね〜体力も落ちますし汗で冷えますから・・・ご自愛下さいね?」
スーツ姿の女性の柔らかな微笑みとオブラートに包んだ苦言に頬を掻いたアンリは苦笑する。
「気を付けるよ。それで?急に連絡が来るなんてどうしたの?」
「たいした事ではないのですが、近くまで来る予定が合ったから顔出しついでについ・・・ご迷惑とか?」
「女性の誘いを迷惑とする程モテた人生ではなかったからね。無理にでも時間は作るよ。」
それに、と言葉を置き、離れたソファーでTVを見ているサラと腕に抱えているケンタッキーバーレルを示す。
その先には骨も肉も関係なく咀嚼しビールで喉を流し込む豪快な後ろ姿がある。
「サラの手土産付きとなればなおさら断る理由がない。」
「相変わらず神崎さんはサラさん第一ですね~。いつか弱みにならないかと心配です。」
「ふふ、誰より強いサラが弱みとなる時が来たならそのギャップに惚れ直してしまうだろうね。」
「愛してますね〜いやぁ本当に。」
照れたように口元を袖で隠したアンリは数秒の間に表情を戻し口を開く。
「戯れはこの辺りにしてマナさんの要件を聞こう。」
机を挟み微笑み合う2人は、その慈愛に満ちた柔和な表情からかけ離れた話題を進める。




