第90話 王国軍の不協和音 そして・・・
ハイン王国城下町。
石造りの城壁が城下町そのものを囲うそこはさらにその城壁の周囲を水のない深さ30メートル以上の空堀が四方を囲んでおり、外敵の襲撃に備えて万全の体制を整えている威風を感じさせる。
城下町へは東西南北各所にある空堀をまたぐ通行用の巨大な跳ね橋を通る必要があり、夜間や今回のような戒厳令下ではそれらの橋は上へ跳ね上げられて物理的に空堀を渡れなくするようになっており、さらに巨大な門も固く閉じられ、その上から鉄製の檻のようなシャッターが二重に降りるようになっており、堅固な要塞都市としてハイン城とその城下町は屈指の威容を誇っている。
城下町は各所に山地から引かれた水道と井戸が完備され、さらに城下町内には広大な畑や畜産場もあり、食料の自給もある程度可能であることから、長期の籠城戦が可能であり、さながらその実態は戦国時代の小田原城を彷彿とさせる。
そのうえ、城や城下町から数十キロ以上外部へとつながる秘密の地下トンネルも無数にあるため、いざという時の脱出も可能であると噂されている。
城壁の上の通路に数メートルおきにある物見用の塔には常に監視兵が陣取り、それらの脇にある階段は階下の兵員控え所に直結している。
控室には常時交代で一つの部屋につき20名ほどの兵士が控えており、彼らは弓兵及び擲弾兵として敵襲時に主に矢を射かける、または投石器から石や火薬を詰めた古典的な爆弾を投擲する役割を担う。
そんなハイン城は今、数十年来の緊迫感に包まれていた。
「おい、あれを見ろ!!」
監視塔の上。
何かの一団がこちらに向かってくるのをかすかに肉眼で確認したハイン王国正規軍の監視部隊の兵士が叫ぶと、すぐさま近くにいた兵士が伝声管の蓋を開けて指揮官に伝達する。
数十メートル離れた詰所。
「わかった」
伝声管から伝えられた報告を聞いて指揮官と思われる立派な甲冑を着込んだ中年男性は城壁上の詰所内ですぐさま別の伝声管の蓋を開けて指示を出した。
「魔導兵、識別しろ!」
別の塔の上。
「了解!」
伝声管から伝わる声を聴いて下級指揮官が近くにいるローブを着た女性兵士に指示する。
「魔導兵!遠隔視!それから魔力周波数判別!」
「了解!」
命を受けた女性兵士、正確には魔法を扱う魔導兵がはるか彼方に見える馬車の一群を遠隔視認魔法で視認する。
同時に魔力測定を行い、固有の魔力周波数を識別する。
人間や味方に成り済ました敵が城下町ヘ親友するのを防ぐため、あらかじめ到着予定の通告がなされていない馬車の一団などは必ず魔力の周波数を測定して敵味方かを識別する。
まして戒厳令が布告された現在、通常よりも現場の雰囲気は張り詰めた緊張感に包まれていた。
今回の戒厳令は表面上、魔王軍が西部戦線と北部地方で同時に大攻勢をかけてきたという理由で布告された。
当然、実際は“魔王軍”が攻勢をかけるなどという事実は存在しない。
布告されてから24時間以内に領国全土の主要都市にはすべて本来首都のみの治安を担うのが建前の“国内治安騎士団”の部隊が即座に要所に配置され、不審者はその場で殺害、または連行されて過酷な取り調べの対象となった。
戒厳令の規定により、もし魔法その他の手段で外部と通信する、兵士や役人の心理を探ろうと魔法を行使する者には“国内治安騎士団直属の第二級魔導士”がすぐさま探知し超法規的な処罰が加えられることから、魔法を使える者たちもみな萎縮して自主規制し、城下町と各地の主要都市との情報連絡は事実上完全に遮断された。
魔法を使う者それぞれに固有の周波数があり、ハイン王国は50年以上の年月をかけて領域内の住民の魔力周波数を住民調査の名目で人間種はもちろんのことモンスターに至るまでほぼ全員把握することに成功しており、もし魔法を使おうものなら即座に特定・逮捕される高度な監視体制が敷かれている。
魔力周波数監視は国内治安騎士団が一手に担っている。
一説によれば、他国でも類を見ないほどのハイン王国政府による魔力周波数の特定住民調査、正式名称「魔力周波数基本住民登録法」への登録を免れられたのは、相当高度なレベルを持ち、魔力周波数そのものの偽装工作が可能な第一級クラスの魔導士、魔女か、あるいは死んだ魔法使いの長年の愛用品から不正に抽出した魔力を使った偽造周波数アイテムをブラックマーケットで入手して使うことで一時的に自らの魔力周波数を役所への登録の際のみ“死者のそれ”に偽装できた者だけとされている。
「馬車に友軍国内治安騎士団の紋章あり。魔力周波数・第521部隊のそれと一致。スコット様の部隊です!」
「国内治安騎士団だと!?帰還連絡は受けていないが?」
伝声管から聞こえる監視兵の報告に指揮官は別の伝声管で門の開閉係に伝えた。
「直ちに門を開け!」
「指揮官、確認せずにいいのですか!?」
「国内治安騎士団とは事を構えたくない!また死人が出るぞ!」
「りょ・・・・、了解しました・・・」
この時、ハイン王国の正規兵はスコットとその部隊が全滅したとは知らされていなかった。
ハイン王国には2つの軍が存在する。
1,一つは外敵との戦いを主に担当する正規軍。
2,もう一つはその名の通り主に城下町や有事の際に指定された大都市の治安を担う国内治安軍である国内治安騎士団。
前者はルミナバールに元から存在する人間種からのみ構成されている。
彼らは戦闘の練度はそこそこあるが自国の女王のことに盲目的に従う以外のことを知らない、よく言えば純粋、悪く言えば自らの任務に関すること以外何も知らない無知蒙昧な兵士たちである。
その兵士たちを含め、この世界の在来種の人間には何らかの理由で権力者に絶対服従する(住民への飲み水などに何らかの物質が混在しているからとも言われるが定かではない)気質を持つ者がもとより多い上、一部を除いて最低限の教育しか施されていないが故、多少の不満は言っても女王に逆らおうなどと考える者はほぼいない。
対する国内治安騎士団は正規軍とは同じハイン王国の軍隊でありながら指揮系統を異にする部隊であり、同じ人間種でありながらこの世界に人間種にはないかなりの知識水準を持つ者が存在することで知られる。
しかし、それはこの世界の知識水準と比較しての事であり、中には粗暴な者も多く、しかも本来国内治安を名目に創設された立場を逸脱し、単純な警察組織を越えた“第二の国軍”とでもいうべき外征すら可能な軍事組織へと変貌した。
ハイン王国では同じ王国の軍事組織でありながら正規軍と国内治安騎士団は指揮系統が異なり、両者は軍事費や各管轄区などでの各種権限、さらには裏ビジネスにおける各種利権をめぐって対立関係にあり、意思疎通がないとは言えないがあるようでないに等しかった。
だが対立とはいっても序列的にはルミナバールとは違う世界からやってきたと噂される人間種が中枢を占めるとされる国内治安騎士団の方が上の地位を占めており、正規軍で国内治安騎士団に批判的な人間は皆不審な死を遂げており、現在表面上正規軍は国内治安騎士団に逆らえる状態ではない。
戒厳令が布告されたことにより正規軍でも一応緊張は高まっていたものの、戒厳令下において主導的役割を果たすのは国内治安騎士団の方であり、しかも、国内治安騎士団は近年、首都城下町だけでなく各主要都市にも“有事”の際のみという決まりから逸脱して平時から常備部隊を駐屯させるようになり、さらに正規軍の管轄であるはずの他国などへの外征も独自に行うようになったことから正規軍との軋轢が水面下で激化していた。
今回も正規軍には戒厳令布告に至る詳細は開示されず、内心面白く思っていない正規軍兵士もちらほらいる。
遠くからこちらへ向かってくる馬車の一団を見て若い正規軍兵士がため息をつきながら愚痴った。
「けっ、あいつら城下町の警備が業務だろうが!なんで数年前から堂々と遠くへ外征するようになったのかね?」
「おい、大きな声で言うなよ!どこに国治の要員が聞き耳立ててるかわかったもんじゃないぞ!」
「ふっ、あのスコットとか言う訳の分からん傭兵もなんか急に国治部隊の指揮官の地位になって突然兵を率いて出征するとか。おまけにオレらを見下しやがって毎度の如くオレらには奴がいきなりあれだけの権限を持ったことに関して一切理由の開示なしだぜ」
「おい、ヤーコプ。お前疑問を感じねえか?」
「よせグリム!疑問を持つことは女王陛下より禁止されている。学校で教わらなかったのか?」
「はいはい、“無知は力なり”でしょ?」
「分かったら黙って監視だけしてろ。わしは長生きしたいからな」
そうこうしているうちに国内治安騎士団の紋章をつけた軍用長距離横断用の幌馬車数台が空堀手間で止まった。
「よーし、通行橋を下ろせ!」
城門脇の詰所の正規軍兵士が叫ぶと、キリキリと太い鎖が耳に響く金属音を立てながら天を仰ぐように鎖で引っ張られた巨大なかまぼこ板のように上へと上がっていた跳び橋がゆっくりと城壁中央の門と対岸の街道を隔てている空堀の間にかかり、重厚な音とともに対岸の地面に土ぼこりをあげながら降ろされた。
国内治安騎士団の威圧感のある紋章が描かれた幌馬車が次々と城内に入っていく。
全馬車が城下町内へ入った後、馬の手綱を握っている兵士に正規軍兵士が声をかけた。
「すみません、国内治安騎士団第521部隊の方とお見受けしますが帰還連絡を受け取っておりません。何かあったのでしょうか?」
正規兵は緊張気味に、丁寧な言葉づかいで尋ねる。
「今日は」
覆面をした兵士は口を開いた。
「お前らの国を攻め落としに来た」
「はあ?」
直後、乾いた音とともにその正規軍兵士の額に穴が開き、後頭部から大量の血と脳みそが飛び散った。
FN・ハイパワーことブラウニングM1935調整可能タンジェントサイト付キャプテンモデルから至近距離で放たれた9mm×19パラベラム弾は兵士の金属製兜を簡単に貫通した。
兵士は糸の切れた木偶人形のように地面に倒れて動かなくなった。
覆面をとった男は・・・。
冒険者・須藤兵衛だった!
「おっ、お前は一体!?」
「みんな作戦通りいくぞ!!!!!!!」
「ええ!!」
他の馬車に潜んでいたエルフたちが何かを唱えると、次々と何かの人形が馬車から飛び出していった。




