第89話 国内治安騎士団地下特別獄舎
マリー・ベルリーネこと冥龍穂香。
ハイン王国第一級魔導士である彼女は今、暗く湿気に充ちたカビくさい地下室で両手に鉄の枷をはめられて鎖で宙に吊るされている。
彼女が目を覚ました時にはすでに地下室で拘束されており、しかも、法眼による強力な魔法封じの魔法がかけられ、ただでさえ魔力を消耗しきっていた上に魔法を封じられた彼女にできることはなかった。
法眼審査官が用意した早馬により彼女は戦闘メイド・クラウディアの監視の元、数時間で城下町に連行され、到着と同時に国内治安騎士団へと引き渡され、国内治安騎士団本部地下特別獄舎へと即時幽閉された。クラウディアは直後に急に倒れ、直ちにコンスタンチンの元に担架で運ばれた。
地下特別獄舎のことを知る者は正規軍は愚か国内治安騎士団の中でも一部の者しか知らないとされ、危険人物への“高度な尋問”が行われる場所である。
「それじゃ始めよっか♬」
法眼夏美、またの名をセレーヌ・シュヴァルツはいつもの黒づくめの魔女の格好で手にはアメリカのナイフメーカー・コールドスチール社のダガーナイフ・タイパンを手にして薄暗く蝋燭の火だけがちらつくよどんだ不吉な地下室内を行ったり来たりして、目の前で吊るされた“同僚”を見て舌なめずりした。
「ベルリオーネちゃん♬」
法眼夏美ことシュヴァルツの馴れ馴れしい問いかけを冥龍は無視した。
戦いでついた土などの汚れの付着した冥龍の顔をシュヴァルツは持っているタイパンでなぞった。
皮一枚切らない絶妙なタッチでなぞられるそれは金属の冷たさのみを冥龍の神経に送り込み、内面から彼女を脅迫した。
そうこうしているうちに階段から誰かの足音がしてきた。
鉄格子の軋むような音とともに冥龍穂香の前に現れたのは国内騎士団治安局長モールスと同団長イーストマン。
モールスは成金貴族が着るような不自然に小綺麗な服装に腰には何かの拳銃が入ったホルスターを身につけている。
イーストマンは騎士団長の勲章付きの立派な甲冑を着込み、腰に両刃のロングソードを差していた。
「モールス局長にイーストマン騎士団長・・・。いや」
「特別公共治安局異能課異界担当官・野黒恭平に狗藤狂之介!」
「覚えていてくれたんだなベルリオーネちゃん・・・、いや、冥龍穂香!」
イーストマンはそう言った直後に走って冥龍に迫った!
ドッッッ!!!!
「ぐうっ!!!」
イーストマンこと狗藤狂之介の右フックが冥龍の腹部を深々とえぐる!
さらに。
ドッ!!
ゴッ!!!!
「うぐうううっっガハッ!!!」
鮮血が少女の口から零れ落ち、冷たい石畳の床を真っ赤に染めた。
「あ~、イーストちゃん♬あんまりやりすぎないで!私の楽しみがなくなっちゃうから~♬」
「うるせえ黒魔女法眼!俺だってこいつにむかっ腹立ってんだよ!でもよ~く見たら結構いい体してやがる♬たっぷり楽しませてもらうぜ♬」
「ちと待ちな狗藤に法眼。その前にこいつにまず自白のチャンスをやる必要がある」
苦悶の表情を浮かべる少女を上から目線であざ笑う狗藤と法眼の背後で、拷問用の棘付き鉄棒などが複数備え付けられた石造りの壁にもたれかかったモールスこと野黒恭平が懐のケースからマニラ葉を取り出し、ジッポーを擦ってそれに火をつけた。
重く湿った地下室内に強烈な匂いの煙が充満し、冥龍は思わずむせこんだ。
「んなことしてめんどくせえよ野黒さん」
「“あの時自白しておけばよかった”という絶望感を味わせながらじっくり泣き顔を鑑賞しつつ楽しんだ方がよりスパイスが効いていいだろ」
「あっ、そっかそりゃそうでした♬」
「ヒュー♬さすが野黒局長分かってんじゃん♬」
口から煙を勢いよく吐き散らしながら野黒は冥龍に落ち着いた口調で質問する。
「既に法眼審査官から色々聞いてる。お前ブロッケン渓谷にある“特別研修研究所”に不法侵入したそうだな?」
「・・・・・・・」
冥龍穂香は答えない。
野黒は何も言わず顎を上にクイッと上げた。
それを見た狗藤はケラケラ笑いながら瞬時に攻撃魔法を展開する。
「加減しろよ、お前が本気出すと第一級魔導士といえど魔力はほぼゼロの状態、死ぬぞ」
「へっへっへっへ、サンダースラッシャー!!!!」
すさまじい電撃が容赦なく冥龍を直撃する。
「アアアアアアアアガガガアガアガガアガッッッッッッッ!!!!!!!」
すさまじい電撃が冥龍穂香の全身に走る!
手かせをはめられた腕が限界まで鎖をきしませ、か細い指が尋常でない苦痛に狂ったように曲がり、手の甲には苦痛に耐えんと少女らしからぬ太い青筋がくっきり浮かび上がった!
「くひひひひひひひひひ!!!!これだから国内騎士団長は止められねえ!!!!若い生娘がのたうち回るのは格別だぜえええ!!!!」
「はあっ・・・・はあっ・・・・!!!!」
野黒が尋問口調で怒鳴った。
「おい冥龍警部!!法眼からも聞いたがお前、“桔梗”の一味だろう!?」
「“桔梗”の構成員は誰だ!答えろ!!!!」
冥龍は苦悶に満ちた表情になりながら一切答えない。
野黒の額に筋が立った。
「法眼審査官。記憶探知はしたのか!?」
「あ~、やったんだけど~、冥龍ちゃんこういう時タチ悪いくらいしぶとくて~。なんか強烈な外部からの記憶閲覧防止プロテクトの魔法をピンチの時に自動でかかるようにこの子してたみたいでさ~。魔力ほぼゼロでこれでしょ~。しかも私が魔法封じ唱える直前に探知したみたいにプロテクト魔法発動しやがってさ~。私もお手上げ♬」
「でもね~冥龍ちゃん♬もし“桔梗”の一味に関することを吐かないのなら冥龍ちゃんの御婆さんがどうなってもいいのかな?」
「!?」
一瞬見せた同様の表情。
だが、それでも冥龍は何も言わない。
呆れた表情になった野黒が葉巻をふかした。
「やっぱり“お楽しみ”の時間が必要なようだな、冥龍穂香よ!!」
その時だっ。
ドゴグワアアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!!!!!
ガシャンッッ!!
バリンッ!!!!!
すさまじい地響き!
何かが着弾したようなけたたましい音とともに拷問用の金属製用具が棚から床に落ちて響くような音を立て、壁のフックに掛けられていた金属製棍棒などが衝撃で床に落ちた。
「なんだ!?地震ではないな!?」
狗藤が狼狽していると、金属音の足音とともに甲冑姿の若い兵士が階段を下りてきた!
「モールス局長!ゴーレムです!!ゴーレムの群れが!」
「何!?ゴーレムだと!?何故そんなものがこの城下町に!?」
「先ほど帰還されたスコット様の馬車からいきなり出てきてそれで巨大化して!!」
「分かった!!直ちに我々も向かう!!すぐに撃退せよ!!」
兵士が慌てて階段を駆け上がっていった後、野黒が吐き捨てるように言った。
「正規軍の連中にはスコットの死は伏せていたからな。おそらくスコットを殺った連中がその馬車を捕獲して成り済ましてきやがったんだ!チンケなことを!!!!」
ギイイイッンッッッッッッッ!!!!
怒りに身を任せてモールスこと野黒は手にしたダガーナイフを冥龍に向けて投げつけた!
ナイフは彼女をそれて後ろの石壁に当たり、鈍い金属音を立てて床に落ちた。
「とりあえず敵は厄介な感じだ、行くぞ!」
「はっ、はい野黒局長!!」
「そんじゃまた後でね冥龍ちゃん♬」
ガシャンッッッッッッッ!!!!
ガチャっ!!
重い鉄格子が閉じられ、3名は冥龍を地下室に一人残して階段を駆け上がっていった。