第31話 妖精剣舞
巨大な爆発音の後、砂煙とともに大きな叫び声とともに何者かが大通りを走りながら魔法をそこら中に乱射し始めた。
強盗!?
いや、魔王の手先のテロリストか!?
砂煙が晴れてきて事の元凶がはっきり須藤とクラウディアの視界に映った。
それは・・・。
長い耳に金髪、白い肌の端正な顔立ち。
エルフだった。
これまでの戦いで須藤はエルフを見たことがなかった
ゴブリン、オーク、オーガ、スライム、リザードマン、スケルトン、飛行竜の類は山ほど見てきたし、街中でもゴブリンの荷役とかはよく見かけるが、なぜかエルフは見かけたことがなかった。
エルフとは須藤の中でおとなしい種族というイメージで通ってきたが、今回初めて出くわしたエルフからそのような雰囲気は全く感じられない。
「※※※※※※※!!!」
「※※※※※※※※※※!!!」
5名ほどの連中は全員フードの付いた長袖のレインコートのような目立ちにくい白みがかった灰色のローブを身につけ、何かを叫んでいる。
いずれもフードは被らずに後ろに垂らしているので、彼ら彼女らの特徴的な耳がすぐに須藤たちには分かった。
しかし、それ以上に須藤は彼らが何を言っているのか分からないことに違和感を感じていた。
知能が低いと分かるモンスターならいざ知らず、一応モンスターの中にも人語を介する者が多いにもかかわらずである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「※※※※※!※※※※※※※※※※、※※※※※!!!」
どういうことだ?
何かを言っているようだが聞き取れない。
俺らでも理解できないこの世界の言語があるのだろうか?
エルフは耳が長く、全員金髪で、男性4名、女性1名のようだ。
表通りのど真ん中で攻撃魔法を乱射し始めた。
氷属性の矢を放つ者、火球を放つ者などそれぞれが手当たり次第にそこら中に放ってくる。
「クラウディアさん危ない!!!」
ドググオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!
女エルフが放った爆発系の攻撃魔法が俺たちのカフェ横のホテル2階付近の大きなガラス張りの窓を直撃した。
ガラス窓を突き抜けた爆発系魔法がホテル内部で爆発を起こし、細かいガラスと石などの破片がスコールのように降り注いできた。
俺はとっさにクラウディアさんに覆いかぶさって伏せた。
「大丈夫ですか、クラウディアさん!!」
「ええ、ありがとうございます。そっ、その・・・・」
俺は彼女の体にのしかかってしまっていた。
彼女のやわらかいふくらみが俺の胸に当たってしまっていた。
「す、すみません!!!」
俺はすぐに離れて体を起こした。
「あいつらを何とかしないと・・・」
俺が立ち上がって愛刀の柄に手をかけたその時。
剣を引き抜こうとする俺の手にか細い手が添えられた。
クラウディアさんの手だった。
細くて暖かい掌から伝わってくる感触に俺はドキッとして一瞬沸騰しそうになった。
「スドウ様が戦うには及びません」
先ほどのおとなしくおしとやかな声が一変。
冷酷なマシーンを彷彿とさせる言葉が聞こえてきた。
「ここはわたくしが!」
「えっ!?」
スドウが尋ねる間もなく、脱兎のごとく飛び出す彼女。
前方に加速しながら両手でロングスカートを自らめくった。
なまめかしいガーターベルトとストッキング。
そこに装着されていたのは短剣!?
だが、須藤は彼女の得物に何か違和感を感じた。
確かに短剣のようだがこの世界のものではないような・・・・・。
一瞬でそれらを太もも両側のシースから抜いた彼女はエルフたちに鬼神のごとく突進する!
「※※※※※※!?」
「※※※※※※※※!!」
「※※※※※!!!」
「※※※※!!!!!!!!!!」
ところかまわず攻撃魔法を無差別に乱射するエルフたち。
それを木の葉のごとくかわすクラウディアさん。
無差別に放たれた火球や氷の針が周囲の建物や通りがかりの人々に命中し、負傷したり、火だるまになってのたうち回る人々。
周囲にいた人が伏せながら回復魔法を負傷者にかける人、水属性の魔法をわざと放って火だるまになってのたうち回る人を消火する魔導士も見えた。
すさまじい悲鳴とともに人々は逃げ惑うか、伏せて動かない人もいた。
彼女は短剣2本を逆手に持ち、すれ違いざまに斬りかかる。
だが、初太刀をエルフたちはかわした。
素早さが段違い。
恐らくあのフード付きのローブは身のこなしを早くする魔法生地で出来た服。
それをエルフたち全員は身に付けており、いつの間にかフードを深くかぶっていた。
だが、上下左右に素早く動きまわってクラウディアをかく乱していた5名のうちの一人の動きが止まった。
「ブグヴャッッッッッッッ」
口から何かの塊を含む血反吐を吐きだし、一人の男エルフは膝をついてうつ伏せに倒れこんだ。
背後から首を一突きされていた。
エルフが倒れこんだあと、その背後に立っていた彼女の表情は。
無表情。
そこには一切の感情はなかった。
一瞬の出来事だったが、少なくとも須藤にはそう見えた。
石畳の白く乾いた地面が見る見るうちに真っ赤に染まり、乾燥した地面に黒みがかった深紅がスポンジのようにしみこんでいく。
血反吐を吐く音だけは須藤にも聞き取れたが、当然それは言葉の体をなしていなかったので聞きとる意味はなかった。
他のエルフの男はしかし動揺しながらも間髪入れず手に炎で剣を作り出し、それで首を刺した女に斬りかかる。
ズカッッッッッッッ!!!!!
刃渡り70センチほどの燃え盛る剣が華奢なクラウディアを袈裟斬りに左肩口から切り裂いた。
が、斬られたクラウディアの“映像”は揺らいでいる。
エルフが何かに気づき上空を見上げた時にはすでに遅かった。
ドズッ!!!!!
エルフの左目に深々と突き刺さる短剣。
他の3名が短剣を突き刺さすクラウディアへ向けて各々得意とする攻撃魔法を一斉掃射したが、そこにクラウディアの姿はすでにない。
標的を仕留めたと思ったエルフたちの顔から血が引いた。
彼らの攻撃魔法は目から血を吹き出しながら倒れかける途中のエルフを直撃していた。
「※※※※※※!!!※※※※※※※※※※※!!!!!」
言葉にもならぬ悲鳴と何かのセリフが大通り全体に響き渡り、近くで伏せていた住人の体が一瞬震えた。
だが、大声であるにも関わらず、相変わらずスドウの耳には何を言っているのか聞き取れなかった。
エルフの死体が焼ける死臭の中、炎をバックに徹頭徹尾相手を見下したクラウディアの視線がエルフたちに突き刺さる。
「あと3匹・・・・!」