第101話 須藤、イーストマン、駆け引き
今、俺はゴーレムに乗った状態でやや崩れかけた3階建てくらいの石造りの建物の影に隠れ、イーストマンと国内治安騎士団の攻撃から姿を隠している。
時折RPG7が飛んでくるが、距離をある程度取っているせいかこちらに命中することはない。
イーストマンの野郎はさっきまで空中浮遊していたのを止め、いつの間にかRPGを構えた兵士たちの後ろにいた。
考えられるのは奴が俺たちの30mm機関砲弾を避け続けたことだ。
強固な防御魔法といえどもその実、無敵ではないと聞く。
ベルリオーネさんに魔法を習った時に聞いたことを思い出した。
「須藤様、あなたは割と魔法の飲み込みが早い。どこかで何かの修行をしていたのですか?」
「俺にもわからない。ただ頭の中のイメージをそのまま外に押し出す感覚でいると魔法をすぐ繰り出せる感じがするかな?」
「すごいです、そのイメージなんです。それこそが魔法の要諦なんですよ」
日本でゲームとか漫画のシーンを頭で思い浮かべていた時の感覚を思い出したらできるようになったとか言えないよな・・・・。
「それと須藤様、気を付けていただきたいのは魔法は物理を超えるとは限らないということです」
「どういういうこと?」
「魔力も所詮はそれを駆使する者の実力に比例します。単純に物理的な力が魔力を上回ればいかに強固な防御魔法も破られます」
「特に、物理だろうと攻撃魔法だろうと力が一点に集束している攻撃は強固な防御魔法でも破られやすいので気を付けてくださいね。それを食らうと魔法を展開している術者にもかなり負担とダメージがきます。あと集束された攻撃は魔力の消耗も激しいです。そういう時は俊足魔法でスピードを上げてかわす方を優先した方がいいですよ。格闘技と同じくその場で立ち止まって敵の攻撃を受け続けるのは厳禁です。移動し続けて敵の攻撃の的を絞らせない方がいいです」
さて、どうしたものか。
先ほどのイーストマンの黒い魔力を周囲一帯に張ってその空間に入った物や生物を丸ごと消滅させる技。
あれはたしかに危険だが、“回天冥獄陣”を使えば大した敵ではない。
すぐに無効化できるし、奴を無力化するのは簡単だ。
だが、今、俺に課せられた問題点はそこではない。
俺は一度チンピラ転生者相手に初めて本格的に“回天冥獄陣”を使用した際、ルイーゼさんたちには隠し通したが、相当疲れた。
そしてその時、“回天冥獄陣”のリスクに経験的に気づいた。
これはなぜかガトリングさんも教えてくれなかったことだ。
ガトリングさんに教えてもらっていた時はその感覚に気づかなかったが、あの時はそれほどの消耗は感じなかったのになぜ今になって・・・・・・・。
1つ目の問題は“回天冥獄陣”を発動できる回数は今の俺にはあと2回か3回が限度だ。
ハイン王国の女王は間違いなく途方もない力を秘めているはずだし、誰かより強大な敵がさらに控えている可能性もある。
むやみやたらに繰り出すわけにはいかない。
2つ目の問題は “回天冥獄陣”は想像以上に魔力を消耗する大技であるうえに、魔力だけでなく体力と気力そのものをかなり奪われること。
そしてさらに、その回復にかなりマズイ問題があることに気づいた。
ルイーゼさんたちも消耗していたから備蓄の回復薬を使ってもらったとはいえ、アジトに備蓄していた魔力と体力の回復薬をほぼ俺一人ですべて消費してしまった。
かつてないほど大量に回復薬の類をラッパ飲みして貪り食いながらもなかなか俺の体力と魔力が回復しないことにルイーゼさんたちは驚いて心配していた。
俺の魔力総量が上がったから体力と魔力が完全回復しないのではない。
この“回天冥獄陣”は使用すると体力と魔力の消耗が激しいだけでなく、“回天冥獄陣”を使用した際に消耗した分の体力と魔力については通常の魔法を使用した時よりも回復が明らかに遅い。
通常の戦闘で消耗した体力や、通常の魔法を使用した時の魔力を消耗の3分の1くらいしか回復しない。
レアもののポーションなどの高級回復薬や、上位回復魔法を使用しても、だ。
よって、マブクロに魔力と体力回復用の薬草や回復薬とポーションなどを大量に持ってきたとはいえ、消耗が激しい“回天冥獄陣”の回復には時間がかかりすぎるし、敵は俺が悠長に回復薬などを飲み食いしているのを待ってはくれない。
上位回復魔法でもやはり全快に時間と魔力がかかりすぎ、しかもそれだと今度はルイーゼさんたちの戦闘遂行能力に支障が出る。
それにゴーレムを動かすにもそれなりの魔力を消費し続けないといけない以上、やみくもに繰り出すとあっという間に魔力がなくなってしまうし。
あの大技を取得できたとはいえ、今の俺の実力ではあまりにも燃費が悪すぎる。
万が一に備え、できるだけ体力と魔力は温存しておかないといけない・・・。
気を取り直して建物の影からゴーレムをわずかに乗り出し、イーストマンの方を見た。
距離は150メートルほどだが、さっきまでとは違いあまりRPGを撃ってこない。
担架で運ばれる兵士が見えた。
今のうちに負傷者を移送する気だろう。
そんな中、一瞬だけ検知できた奴の魔力周波数の性質が俺の脳内ステータス上で表示され、かつその性質が俺の思考の中でモニター画面のように表示された。
これはベルリオーネさんが教えてくれた相手のステータスを脳内にまるでパソコンの画面の様に表示する探知魔法にガトリングさんから教えられた相手の魔力周波数の性質を探知する機能を追加したものだ。
これには相手の魔力周波数を探知することで通常の相手のステータスのみならず、魔法や特殊攻撃への耐性、さらには精神状態まである程度探知できる優れものだ。
それによるとイーストマンの性質は想像した通り手強い。
強固な対魔法防御力を持つがゆえに魔法を封じる魔法やアイテムはまず効かないだろう。
何より奴は素の戦闘力が他と段違いに強い。
白兵戦、肉弾戦に追い込まれれば勝ち目は薄い。
――――どうすれば・・・・?
そんな時。
――――どういうことだ!?
俺の脳内ステータスとゴーレムのモニターに気がかりな情報が表示された。
極めて微弱だがしかし強大な魔力を内包する感じの周波数を持つ存在が、急激に魔力と戦闘力が増大した何かと共にかなりの速度で移動している。
魔力の発生源を探知してモニターに表示された城下町の地図と照らし合わせると、あの曰く付きの国内治安騎士団本部からハイン城の方向へまっすぐ向かっている。
そして、それをこれまた強大な魔力を持つ存在2つが少し間をおいて追いかけている感じだ。
直感的に微弱な魔力を発する存在は周波数の感じからベルリオーネさん。
キリっとした凛々しさを感じる雰囲気を感じる魔力周波数だからほぼ間違いないと思う。
もう一つ、戦闘力と魔力を急激にアップした存在は周波数からしてクラウディアさん。
静かだがどこか内に秘めたる力と激しさを持つ雰囲気を前から感じていたから、多分クラウディアさんだろう。
だが、一体どうしてこれほどの力を手にしたというのか・・・?
何か攻撃力とかをアップする補助魔法の類でも使ったというのか・・・?
後の2つは一つは分からないが、もう一つは恐らくシュヴァルツ。
得体の知れない粘着性の余裕を持った嫌な感じ。
この強大でかつつかみどころのない魔力周波数の感じはあの女しかいない。
どのみちベルリオーネさんたちの身に何かあった可能性がある!
速いとこイーストマンを片付ける必要があるな!
俺は映像を相手の脳内にダイレクトに転送できる通信魔法の上位版を発動してイーストマンの魔力周波数に合わせた。
―――おい、イーストマンとか言ったな!
俺の問いかけにイーストマンがやや困惑の声を上げた。
―――なんだ!?俺の脳内に直接通信魔法を仕掛けているのはお前か須藤!?
―――そうだ。
―――――命乞いの交渉か?
―――お前は国内騎士団の人間なんだろ?
―――――そうだ、それがどうした?
―――スコットとどういう関係だ?
―――――お前に話してやる理由はない。
―――お前に問いたいことがある。今から送る映像を見ろ。
――――時間稼ぎは無駄だぞ、小僧。小便ちびって命乞いしようと無駄なことだ。
―――だとしたらこいつは何だ?
俺はマブクロから取り出したスコットからの捕獲品の手帳を取り出して通信魔法でイーストマンにその映像を送った。
俺がマブクロから取り出した黒い手帳を見せた時、イーストマンの声の感じが変わったのが遠距離でもわかった。
相手の話を遠距離でも聞き取りやすくする魔法の効果のおかげでもあるが、通信魔法で通話しながら物陰からわずかにゴーレムに乗ったまま遠隔視認魔法で奴の表情を見ると明らかに動揺の表情が見えた。
―――――貴様それを一体どこで!?
警察手帳の映像を奴に送り付けた瞬間、イーストマンの心理に明らかに動揺が出た。
魔力周波数がウソ発見器のポリグラフのように大きく周波数が動いたのが俺の脳内画面に表示された。
俺は畳みかけるように言った。
―――スコットは俺が倒した。奴が身につけていたものの中にこいつがあった。まさか俺がいた世界の警察官の手帳が出てくるとはな。顔写真はスコットと全く同じだ。スコット本人のものとしか考えられない
―――――・・・・・。
―――おまけにこいつの所属が書かれているはずのページはなぜか真っ白ときている。しかも、スコットはお前と同じ国内治安騎士団の紋章が描かれた旗とその紋章付きの甲冑を身につけた兵士どもを率いてエルフ狩りをしていた。知らないとは言わせない!
――――・・・・・・・
―――お前たちは俺がこの世界になぜ転生したのか、その理由を知っているんじゃないのか?答えろ!
―――ボウズ、お前はとうとう本気で知ってはならぬ領域にまで首を突っ込んだようだな!
―――――いかん!!!!お前は想像以上に危険な存在だ!この場で殺してやる!絶対にだ!好奇心は身を亡ぼすと知れいいいい!!!!!
次の瞬間!
建物の影に隠れていた俺が搭乗するゴーレムの真上に奴が瞬間移動してきた。
俺の頭上で浮遊する奴の両手にはさっきのどす黒い光を放つ魔力が集中している。
「呪言・原子分解いいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!」
「スドウさん、危ない!!!」
別の建物の影に隠れていたルイーゼさんたちからの通信が聞こえた時、イーストマンの“原子分解“はまさに須藤のゴーレムを直撃しようとしていた!!