金魚袋
金魚袋という言葉がある。きんぎょたい、と読む。
金魚すくいで採った金魚を入れる袋みたいな名称だけれども、袋を「たい」と読ませる辺りに、何か引っ掛けの罠のようなものが感じ取れる。
調べてみると、やはり、すくった金魚を入れるための袋という用法の他にも意味があった。
名詞で、束帯の装飾具の一つ、とある。日本や中国の朝廷で着用した衣服に付けるアクセサリーということだ。
それの形が金魚の姿をしていたのだろうか? それとも、金属製の魚をかたどった袋なのだろうか?
説明はあるが絵が添えられていないので詳しい形状が不明だ。そういった肝心なところが分からないのだけれども、話を続ける。この袋には着用者の身分を示す役割があった。つまり偉い人だけに与えられるステータスシンボルだったのだ。
その金魚袋を朝廷から賜った人がいた。自慢したくて仕方がない。客を呼んで見せるだけでなく、通りを歩く人にも見せた。その中に、汚らしい格好の爺さんがいた。
「オイ爺さん、これを見ろ。いいか、これは俺様が朝廷から賜った大切な宝物だ。お前なんか一生目にすることがないだろうから、ありがたく拝むが良い。ただし、触るなよ」
ありがたがる爺さんへ金魚袋を存分に見せつけ、その日の見せびらかしは終わった。毎日やりたいところだが、翌日は朝廷で執務があった。大事な金魚袋を束帯に付けて宮中へ向かう。宮廷に行くと百官を引き連れた宰相が通りかかった。金魚袋よりも格式のある装身具を束帯に吊るす身分なので、その男は平伏した。宰相が男の前で立ち止まった。宰相は小声で言った。
「次に屋敷の前を通る時は金魚袋に触らせてくれ」
男が金魚袋を見せて自慢した汚らしい格好の爺さんは、変装して市中の様子を見回っていた宰相だったのである。事実を知った男は恐縮して金魚よりも顔が真っ赤になったと唐代の書物『制度通』に記されている。