キャクマ
ジルガンティア教国国立学校には、それらをぐるりと囲む形で都市が形成されている。元は学校関係者のみが近くに住み着いたのが始まりであったが、時が経つにつれてめきめきと人が集まり大きな街になったのだ。あらゆるインフラ類や売買の値、税、法、自治組織は度重なるテコ入れで整備されている。しかし、道と建造物だけはあとから制定し治すにはあまりにも労力がかかるため、いまでも古い商業区などは複雑で入り組んだ構造のままである。適当に作っても軽くて丈夫なレンガになる性質の土が出土する地域なので、平面だけでなく立体的にも入り組んだ大変厄介な区域も多数ある。
この商業区にも、新たな人物がやってきたようである。しかし客では無いようだ。
「なぁオッサン。この辺に店だしたいんだけど、だれか紹介してくんねえか。」
若い女に話しかけられた水売りの男は、剃り上げた頭と髭を交互に撫で始めた。
「金物屋の向かいの鞍職人の老夫婦が、別の町で一旗揚げた息子に厄介になるんで店を引き払いたいって話を持ってる。水を買ってくれるんならもっと良い事を教えてやるぜ。」
女はいくらか聞いた。男は指を二本立てた。しぶしぶ金を払うと、男は水をくみ上げながら話し始めた。
「見たとこアンタは反物売りだろ。それもシェルギスタンの。靴やら鞄やらはやけに貧相だが、来てる服はなかなかのモンだ。ポンチョの模様はシェルギスタン独特の模様も入ってる。違うか?」
女は目線と首を僅かに傾けて、続きを促した。
「肯定と見たぜ。なら、ウチの裏なんてどうだ。水売りの周りにゃ毎日人がくるし、その道をちょいと行くと反物売りがいくつもある通りへ繋がってる。反物を買いに来た客も寄り付くし、反物を買いに来ない客も寄り付く。いいことずくめじゃあねえか? 男手がいくつかほしかった所でね。安くしとくよ?」
男は饒舌に語ったあと、女の驚いた顔をみて満足気に鼻から息を吹いた。
「なんでアタシが男手を連れてるって分かったんだ?」
男が指を指した。その方向には、山のように反物を背負った男が二人、少女に道を案内するようにこちらに向かって歩いて来ていた。三人とも独特な模様のポンチョを着ている。
「お嬢!」
女は少女に向かって駆け寄り、喜色満面の笑みを浮かべて少女を抱きしめた。少女のかかとが少し浮いた。
「大声でお嬢は止めてくれ。ロゼって呼ばれてるんだ。」
「合えて良かった!」
「ああ、私もだキャクマ。ドマとセツマも元気そうで何よりだ。着いたばかりか?」
女は恥ずかしそうに靴についた泥を払った。
「ええ。今、出店場所の情報を集めてた所なんです。もう決まったような物なんですけど。」
男二人は、道の真ん中で話していては水売りの邪魔になることに気が付いて、さりげなく二人を隅の方へ誘導している。水売りは話題に上がったからか、少女に手をひらひらさせて合図を送った。
「なるほど水売りの裏手か。いいじゃないか。反物通りはすぐ近くだし、水はいつでも買い手がいる。」
「それで、アタシらに合ったってことは何か入用で?」
「話が早くて助かる。」
少女はバンダナで止めた髪からはみ出たくせっけを指でくるくる回しながら答えた。
「塩屋から大量に塩を買い込む者が居たら、調べておいてくれ。その使い道までわかれば上々だ。」
水売りの男はこちらに聞き耳を立てている。抜け目がない。それから少女は女と二言三言話した後、どこかへ行ってしまった。女は、水売りに向き直ると「安いったってどのぐらいになんの?」と聞いた。男のうち一人がもう一人の荷物を受け取って、片方身軽になった。その、身軽になったドマと呼ばれた男は少女が安全に帰られるように、後を急いで追いかけた。人混みの中で小さい少女はすぐに見失ってしまいそうだった。