発揮良い
「相手を土俵から叩き落すかひっくり返せば勝ちだよ。武器などは使っちゃダメだけど、他は何をしてもいい。」
初心者のリーアにはハンデとして眉の小さい上級生がセコンドとして付く事になった。相棒となる蟲をリーアは飼っていないので、貸し出し用の単一角種を仮の相棒とする事になった。対戦相手は大顎種だ。私達は土俵のある中庭を見下ろせる位置の校舎に上り、二階からリーアを応援している。
「引き倒せー!」
「やっちまえ!」
人気のある事なのか、中庭を囲む校舎からは一通り生徒が顔をのぞかせている。そこかしこから野蛮な掛け声が聞こえる。私は特別目がいいわけではないのでリーアの表情を隅々まで読み取ることはできないが、口の端が上がっている事はわかる。目線では「私は緊張しています」と言っているが、ワクワクを隠しきれていないのだ。
「どっちが勝つと思う?」
「そりゃ上級生だろ。」
「じゃぁ賭けるのは?」
「リーアだね。面白いから。」
ロックとフウワンが賭けの音頭を取り始めた。声をかけられる人全員に声をかけている。あろうことか教員らしき人まで賭けに参加するようだ。顔を布で覆った小太りなおじさんがどこからともなく現れ、行司として両者に確認を取っている。確認が終われば行司は右手を前へ突き出し、その時を待つ。リーアと上級生は互いに睨み合い、気迫を放つ。少しずつ野次を飛ばすものが減っていき、辺りはしんと静まり帰る。誰もがその瞬間を見逃すまいと微動だにせず土俵に注目している。誰かが生唾を飲む。
「発揮良い!」
行司が突き出していた手を挙げながら背後へ飛びづ去る。ガンともゴウとも聞き取れる重低音が、観客たちの内臓を打つ。一本角と大顎がかち合った。最初に優位を取ったのはリーアだ。尋常ならざる反射神経か、山勘か、行司の宣告とほぼ同時に蟲は加速を始めていたのだ。受け手に回った上級生と大顎種はやはり先輩、細やかなフェイントでリーアの強烈な勢いをいなしている。とっていたはずの優位が徐々に覆されて行く事を感じたのか、リーアの顔に焦りが伺える。観客のボルテージが一段上がる。上級生は好機と見たか、観客に一瞬気を引かれたリーアの隙を付いた。僅かに蟲の上体を逸らせ、蟲同士の隙間を開け、そこに大顎をまわし込んだのだ。それによりリーアの蟲はがっちりと左右をホールドされてしまう。そのまま膂力に任せて背負い投げ、とはいかない。激しく上下に揺さぶられ、蟲の外骨格に必死につかまっているリーアはそれでも細かに指示を出し、何とか投げ飛ばされまいと食いしばっているのだ。なるほど、フウワンとロックはリーアが私の体をぐわんぐわんと揺らすのを見て、この腕力ならば試合に耐えられると見たのだろう。またボルテージが上がる。いつの間にかリーア達は土俵際だ。このまま揺さぶれれ続けては負けてしまう、と誰もが思ったその時だった。
「やぁあ!」
という掛け声とともに、リーアが相手の蟲へ飛び移ったのだ。そのまま困惑している上級生を一本背負いにして蟲の背中どころか土俵の外までぶん投げた。あまりにも突飛な行動に、観客は一瞬唖然とするも、またブワっと沸き立った。しかし、リーアがまた飛び移って戻ろうとするころには、単一角種は足を一本、土俵の外についてしまっていた。観客たちは一斉に拍手をしたり落胆したり奇声を上げたりした。私達は一斉に階段を駆け下り、リーアの元へ飛び出した。行司に詰められているリーアの前に私は割って入り、他の三人もリーアを囲んで四方を固めた。
「違うんです。わたしてっきり乗ってる人を外に出せばいいとおもっちゃって。悪気はなかったんです! 確かにやけに気を抜いてるなとは思ったんですけど。」
「だからって投げ飛ばしちゃいかんでしょ!投げ飛ばしちゃー!」
さすがの私もこれは堪えきれない。ぐふっと少し吹き出してしまった。リーアへ寄り集る野次馬にも伝播して、皆一様に笑い始めた。目をまわしていた対戦相手の上級生まで笑っていた。
「禁則事項にしろそうじゃないにしろわたしは負けちゃったのね。勝てると思ったんだけど。」