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燃えよ  作者: 帽子男/Hatt
入学不正編
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スルペーニョ

「脅迫状を書いた者と、いたずら書きをした者は別人だ」


 ロゼの一言で、リーアも思い至ったのか表情が変わった。


「ロゼだって特定できたなら、もう一度くらい揺さぶりをかけるのが普通だってことね」


「それもある。敵が一人だとすると、いたずら書きをしても強請りのネタが消えるだけで、何らメリットがない。脅迫状に細工をするぐらいは頭の回るやつが、それをするとは思えない」


 リーアは納得がいった。ロゼが今朝最初に笑った時、もう一つの理由があったのだ。それは、せっかく強請れるネタを掴んだのに、どこの誰かも分からない者に計画を台無しにされた脅迫主がマヌケに思えたからだ。


「でも、いたずら主はどこから情報を得たのか……あ、それでこの場所なのね」


「ああ。いたずら主は聞き耳を立てていたと読んでいる。そしていたずら主は明らかに害意がある」


 古今東西、自分の利益の為に動く者は動きを予想しやすい。逆に感情的に振る舞う者はなにをしでかすかわかったものではない。時には周りを巻き込んで、理由もわからず転落人生を送る者もいるのだ。


「闇雲に何か起こして来るかもってことね」


「そうだ」


 ロゼは体を起こし、ゆっくりと歩き始めた。リーアも足音でそれに気付いて姿勢をもどす。


「明日からは授業だ。昼休みにでも社会的信用のあるものの心当たりをたずねる」


ーーーーーーーーーーーーー


 この世界において、最も恐れられている物はなにか?人か?蟲か?否、キノコである。

 彼等にとって、固く、強く、大きな蟲達は勿論恐ろしい。しかし、車を引き、畑を耕し、糸を作ることもある蟲達は良き隣人でもある。その隣人と人とをなすすべなく殺すキノコに人々は恐れ慄いているのだ。食用になるキノコも沢山ある。しかし、胞子を蒔き散らし、体を蝕み、幾つもの街を菌糸で覆って滅ぼした実績は、人々に強烈な印象を残している。そして、それは何処からかいつのまにか根を下ろしているのだ。

 よって、人々はある対策を嵩じた。毎日、体を拭くようになったのである。キノコ類は目に見える形で胞子をばらまく。それが植物の様に根を貼る前に拭き取ってしまえばよいのである。水の少ない地域に住む者達はその限りではないが、少なくともここジルガンティアでは、早朝に体を拭く習慣が根付いている。

 ロゼはその習慣に則って今朝も井戸端へとやって来た。昨日の朝と違うのは、一人きりである事と早朝と言うにはまだ太陽が顔を出す前であり、早すぎるといる事だ。ガラガラと音を立てて滑車が回る。やがて音は止み、桶が水に付いたのがわかる。井戸に備え付けられた取っ手をくるくると回せば、ロゼでも比較的楽に水を組み上げられる。

 上がってきた桶から手元の桶に水を移し、適当な布を使ってロゼは体を拭き始めた。日が出るよりも早くに井戸辺へ来ている物は他にはいないようだ。しかし学校内には水路が張り巡らされ、沢山の井戸がある。調理場の井戸には人がいるのかもしれない。

 誰もいないので服を全部脱いでも良かったが、学校内に脅迫状の主がいて且つその者がロリコンの可能性がある以上、おいそれと全裸になるわけには行かなかった。

 何度も布を洗っては絞り、体を拭いた。そして拭きながら考える。今から技術棟に向かえばギリギリ授業に遅刻せずに彼等に会えるだろう。技術棟には目的の人物である社会的信用のある者がいる。勿論、脅迫主やいたずら書きのヌシに対応するために味方になってもらうつもりだが、其れだけではない。どうせ何か行動するならそれが幾つも効力を持つように動くべきだからだ。つまり、会うことで少しでも城を手に入れるのに近づくような人物を選んだのだ。

 体を拭いた水を側溝に流し、桶を片付けてからロゼは井戸端を離れた。目指すは技術棟の最寄りの井戸だ。技術棟内部に入るより幾分か近く、待ち伏せなら会える可能性も高いと踏んだのだ。

 本来ならこの時間に寮から出る事は許されていないが、体を拭くために許可してもらった。井戸から井戸に移る分には、見つかった際の言い訳も聞くというものである。しかしそれでも変な動きをして疑われるの避けたいので、周りを何度もサッと見渡して誰もいない事を確認しながら移動した。

 嬉しい事に、件の人物は変わり者らしい。その人物もこの早すぎる時間帯に体を拭いていたのだ。井戸に近づいた時点で誰かいる事はわかっていたが、授業ギリギリまで粘るつもりだったロゼにとって、それはかなり嬉しい誤算だった。

「やぁ早いですね」

 ロゼが声を掛けると、人物は顔を上げた。彼女こそ、ロゼが接触したかった相手、スルペーニョである。スルペーニョとはペンネームのようなもので実名ではないと聞いている。彼女は国中にコアなファンが付いている芸術家である。ロゼが筆記試験で特待生なのに対し、彼女は技術試験で特待生であるらしい。

「キミの方が早い」

 ロゼは、リーアに「昼休みにでも」と言っていたにも関わらず、早朝に声をかけている。つまり、嘘を付いたのだ。理由は単純だ。ロゼから見た場合、いたずら書きをした者の可能性が最も高いのはリーアなのである。

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